第15話
「ふぅ」
「お疲れさまです」
「終わりか?」
話し合い中に頼み事が出来たら請け負う予定だったアルマンが、確認のためにドアを開け顔を覗かせる。
「今日は終わり。また明日話を詰めるから、その時はまた頼む」
「分かった。自分の仕事に戻るぞ」
「上手く行ってますよね、多分。とはいえ不安です」
「全部が都合良く、上手く行くと考えるのは愚かだろうなぁ」
最初から向こうの頼みを読み違えている。だが、アケミさんの言っていた件も間違ってはいなさそうだ。人数が増えたは良いものの、それの対処に困ってる。
どうせ移民が来るなら労働を用意する必要がある。順序が入れ替わっただけで、結果は同じ。向こうとしても、実はこっちが本命という可能性がある。
「でも、あの研究者は本当にただの研究者みたいですよね」
「そう思った。だから護衛っぽい人が本命なのかと思ったけど、最後まで喋らんかったね」
手の内を隠すとか交渉で有利に立とうというよりも、何とかして実験をしたいとしか思っていなさそうだった。組織を動かす人間の喋り方かと言うと微妙だし。そう思わされているだけの可能性もあるが。
「どういう人なんでしょうね。キュピーン!って何かを感じたり、閃いたりしません?」
「しません。今更ふわふわしてるというか、ちょっと不安を感じてるよ」
「なんか心臓に悪いですよねー。正直、破談になる方が精神的には楽です」
「自分で考えておいてなんだけど、そう思う」
今回の反冒険者という組織への対応は、二パターンに分けて考えてある。
迷惑野郎をちょっと懲らしめて終わりのパターンと、絞れるだけ絞るパターン。
懲らしめる方は簡単だ。デクル達を紹介してあげれば良い。今はむしろデクルの被害が少なく済むように計らっている状態なので、あっという間に逃げ出してくれるだろう。
そしてもう一つが、思い付いちゃった搾り取る方だ。
◇
「風俗街を作ろう」
人口が減り始め、空き家だらけになったとき。俺はみんなにそう言った。
「それはちょっと」「流石に……」「他の方法は無いんですか?」
「他の方法があるなら教えて。ないなら町が潰れるので作るしかありません。今やらなければ蓄えを食い潰す一方になるので、もう何もできません。それでも嫌なら、潰れる町の町長は嫌なので辞めます。ありがとうございました」
この発言を脅しだと捉えるなら、それまでの人間だ。嫌だというのなら代案を出すべきだし、嫌な発言をする人間を町長に据えたままにするのなら、尚更意味が分からない。
別に風俗に信頼を寄せていたわけではない。たまたま、他の町長から金にはなるが扱いが難しいと聞いていただけだ。
幸運なことに、マルエスの人間は割り切りが良かった。……あるいは、デクル以外どうでも良かった。
デクルは観光産業足り得ない。あまりにも害獣過ぎた。それでも釣れる極端な人間は、もう集まり切ってしまっている。
細々と暮らすのなら平気かもしれない。だが、俺は町長をするのならばしょぼい町は嫌だった。町を任されたのであって、村を任されたわけではない。
デクル好きのための町、マルエス。デクルが好きな人以外には負の価値しかなく、風俗に頼るようになった町。
マルエスにはあまり失うものがない。
無敵の町なのだ。
◇
「では、これからよろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いいたします」
三日間、計五回の話し合いを経て契約を締結した。
これが短いのか長いのか、少ないのか多いのかは分からない。三百の人間を動かすには簡単過ぎる気もするが、規模の大きな組織ならそんなものなのかもしれない。
あるいは、後ろめたさからそう感じているのかもしれない。
この件において関わる職員が妙に少ないのは、いくつか理由がある。
「風俗街、ですか。確かに契約上は居住地の指定はありませんが……」
「いえ、これは親切心で言っています。マルエスの町はどの程度視察しましたか?」
既に話し合いは済んだので、俺一人で町を案内している。この人を含め半分くらいはそのまま残るそうだ。人員は順次送られてくるそうで、二週間から二か月くらいの間で来るらしい。
「話し合いに集中していたので、あまり」
「大通りに関しては、使節団の方々のためにデクルの悪戯を何とか控えさせるようにしていました。これが私たちなりの歓迎の形だったのですが、伝わり辛いと思いあえて言っておりません。分からないことに関して頑張っていますと言われても、困るでしょうから」
「そうだったのですね。ありがとうございます」
「いえ。そして明日からはいつも通りに戻ります。本当に気を付けてくださいね。慣れるまで護衛を連れずに出歩くのはご遠慮下さい。また細い道はワイヤートラップも仕掛けやすいので、危険度が上がります。迂闊に入らないようお願いします」
正確にはいつも通りに戻るのではなく、反動でより酷くなる。
「それほどに、ですか」
「殺人及び殺人未遂のデクルは殺処分が許されていますので、護衛の方は覚えておいて下さい」
相変わらず無口だが、頷いてはくれる。中級冒険者相当ならば、デクルを殺すのはわけないだろう。犯人が分かれば、の話だが。
「怖いように聞こえるかもしれませんが、慣れれば大したことはありません。ご希望の方はいくらでもこちら側に居を構えてもらって構いませんよ。あくまで、最初は驚くからという話です」
慣れるまで耐えられるかは知らない。
「風俗街の方にはデクルがあまり行きません。それに、風俗街と言っても南側は普通の街並みですよ。普通の飲食店や雑貨屋装備屋に混じって、そういう店が並んでいるというだけです。ある種、この南東部が最も普通の場所だと感じるかもしれませんね。あ、風俗街とこちらとの出入りは特に気を付けてください。デクルラインという特殊なエリアになっています。町から出て外を通る方が安全なくらいです」
「色々あるのですね……」
「住みわけが済んでいるというだけです。反冒険者の方々は、南東部で過ごせば良いというだけの話だと思いますよ。こちらとの行き来はしないでも生活できるようになっています」
「そうなると、私もそちらで過ごした方が良いのでしょうか」
「いえ、教授においては護衛がいますからね。研究の関係で他の人より入用になる物も多いでしょうし、そうなると流石にこちら側の方が都合が良いかと。もちろんお好きなところに住めば良いとは思いますが」
護衛がいてもデクルにうんざりするなら南東になるだろう。そこまで使えない護衛でもなさそうだが、護衛側が面倒がるということもある。
「やけに厳重な施設がありますね。こちらは?」
「ここは孤児院ですね。気になるようですし、少し中を覗いてみましょうか」
孤児院はこの世界の町では定番の施設だ。
この孤児院という存在は、前世のそれと少し、いやかなり違うものだ。
死がありふれている以上、親がいないなんて珍しくもなんともない。もちろん年齢帯によるが、いない方が多いくらいじゃないかとすら思う。
そのような環境では子供は共同体で育てるということが多いものらしく、転生者が来る前から似たような施設は存在していた。
問題、というほどのことでもないが、代わりに託児所や保育園のようなものはない。となると孤児院がその役割を果たすこととなり、その場所に悲壮感なんてものはなく、ただ子供の集まる場所でしかない。
これは効率的なことで良いと思う。将来を担う子供はとても大事なものだが、同時に育児というのは大変なものだ。例え成長の早いエベナであっても。
これまで見て来た感じ、幼児期と児童期が極めて短い。乳児期は変わらず、青年期が長いといった印象だ。
好き勝手に行動する危険な時期が短く、前世よりは手が掛からないと思われる。もっとも、青年期でも厄介な者はいくらでもいるだろうが。
マルエスにおいても、孤児院は特別な施設だ。デクルの侵入は一切禁止しており、街の中で最も力を入れて安全を確保している。とはいえ子供の数自体かなり少ないのだが。
「このような場所を減らすためにも、頑張らねばと身が引き締まります」
と言う教授は、間違えている。
前世と違って孤児院は当たり前の存在だ。なんなら、親が自分の子供を直接入れることすらある。
もはや孤児院という名前が合っていないのだが、転生者と現地民、エベナの民の考え方の違いでこんな事になっている。
狩りなどの危険な仕事をしている者は、「どうせそのうち死ぬから」などと考える者が多いし、最初からプロに任せた方が良いと思っていたりもする。
決して愛情が不足しているわけではない。
孤児院に入れたとしても毎日のように頻繁に会いに来るし一緒に出掛けて家で食事をしたり寝泊りしたりと、大事にしている者ばかりだ。それでも基本的に施設で暮らさせるのは、それが子供のため、親のためになるから。
大事にするばかりで甘やかしてしまうと、結果的にすぐ死ぬ。かといってこの世界ですら逞しいと言えるほどに育てるには、過酷な厳しさを与えることになる。必死に働いた後にやっと子供と接するのに、厳しくしたりはしたくない。
愛する我が子に嫌われたくはない。いずれ分かってくれる時が来るかもしれないが、その時に自分はいないかもしれない。
だからこそ、必要なことは別の場所で学んでもらい、親は愛情だけを与えたい。
実際の考えは親毎に異なるかもしれないが、そうした事情もあるのだ。
マルエスにおいても、エベナの民はほぼいないにも関わらず子供を孤児院に預ける人は多い。それが正解だと思う。
デクルの脅威を考えれば、子育てなど安心してできる筈もない。むしろ産まないことが一番の正解かも知れないが。
ともかく元気に過ごしている孤児院の子供を見て可哀想だと思うなど、とんだ勘違い。失礼だ。
本当に孤児であっても、その親は役目を十全に果たしたからこそ、その子供が無事に過ごせている。何も恥じる事はない。
研究者は研究対象以外に疎いということもあるのだろうが、この世界の実情について無関心な気がする。モンスターの脅威が消えれば全て解決すると言われたら、そうなのかもしれないが。
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