第7話

 ガバッ

 っと、抱き着かれた。


「ごめんなさい。申し訳ありません」

「いや、まあ」


 うん。言ってて鬱々とした気持ちになっていた。「気にしないで良い」とは言えない。


「どうせ大切な人の一人や二人死んだだけだと思っていました。聞いてるだけでなんか苦しかった」


 うん。……うん?それはどうなんだ?大切な人が死んだら悲しいでしょ。


「なんか前半の話必要かな?とか思ってましたけど、後半重くなりました」


 それは話すの下手くそでごめんなんだけど、物心付いたところからとか言ったのはどの口だ。


「まあともかく、そんな感じでした」


 抱き着かれたままでは話しにくいので、引き剥がす。


「はい」

「付き合うの?」

「結婚してください」

「飛んだね。一足飛びに」

「遊びで付き合ってるとか思われても困りますし」

「なんで俺なの?」


「……説明しましょう!」


 なんか始まった。


「サンケタさん」

「はい」

「あなたは思っている以上に有能です。あー反論はよして下さい。許しません。私がみじめになりますよ?」

「えっと、はい」

「貴方のような人は言っただけでは納得しないでしょうから、理由を説明します」


 よく分かっていらっしゃる。


「まず、貴方のいた時代は他から見ても特別ヤバい時代です。現状を含めてぬるいと言われるタイミングはありますが、私は違いますし修羅場もくぐってきました。その立場から見てもちょっとおかしいんです」

「でも俺何もしてないし」

「違います。あなたの言う『何もしていない』は色んな事をしています。そもそもサンケタさんはそこら辺の冒険者より強いんですよ?不思議に思わないんですか?」

「下を見てもしょうがないし」


 パチーン!


 叩かれた。なんで?


「サンケタさんのいう周りって誰ですか?恐らく伝説級の人たちですよ?この町にはサンケタさんの言う下しかいませんよ?」

「護衛は俺より強いんじゃない?」

「疑問形の時点で意味不明です。なんで大金払ってる護衛なのにワンチャンあるかも?みたいな雰囲気で言ってるんですか。叩きますよ?」


 もう叩かれてる。

 というかアケミさんってこんなに喋る人だったんだ。今日はずっと、滅茶苦茶喋ってる。


「このエベナという世界では強いだけでモテモテです。生きるための最重要事項ですから。つまりこの時点でもうサンケタさんは十分な価値があります。その上雑用やってただかなんだか知りませんが何でも出来るじゃないですか!花嫁修業の料理がけちょんけちょんにやられましたが何か!?」


 アケミさんが止まらない。


「でも、アケミさんの方が頭良いでしょ」

「頭良いってなんですか?テストでもしますか?この世界でテストするなら最初に実技ですよ。力こそ正義です。軍師ぶって指揮したところで一人の冒険者かモンスターに全部潰されてお終いです。第一私はサンケタさんに好かれたいんです。仕事でマウントとったらお終いじゃないですか!さっきの暗い話に出てきた指示する側の人間になっちゃうじゃないですか!私はどうすれば良いんですかうわーん!」

「落ち着いて、どうどう」


 駄目だ、アケミさんのキャラ崩壊が止まらない。こんな人ではなかったと思ってたんだけど。


「サンケタさん」

「はい」

「私と結婚しなさい」


 今度はさっきの話を利用してきた!指示すれば従うと思ってる!


「いや、あの、アケミさんは正直好ましいのですが」

「ですが?」

「キャラ崩か……キャラ変わり過ぎじゃありません?全然印象が違います」


 アケミさんはもっと、ほんわか落ち着いていて、こんなビックリマークだらけの人じゃなかったはずだ。


「普通に考えてください。私もこの町に数年間住んでいるんです。何回殺されそうになったと思います?」

「あー、たしかに」


 デクルのせいで何が起こるか分からない、ドキドキの町ですからね。


「一般市民からすると、他の町よりきついかもだ」

「かも、とかじゃありません。サンケタさんは狂っています」


 告白した直後に狂ってるって言うのはどうなんだろう。


「私はサンケタさんやアルマンさんのように、最初から平気な顔をして町を歩けるようなわけじゃなかったんです。変わらないと生きていけません」


 貧弱そうだったものね。


「逞しくもなります。ちょっと他人を利用するくらいではなんともなりません。髪の毛長くて良い事なんてないと自覚もしました」


 良いところのお嬢様って感じから、変わったものだ。


「サンケタさんは何度も助けてくれましたし、どうすれば良いのか優しく教えてくれました。好きにもなります。そんな中、逞しくなっていくと困るんです。だってそれまでモテていたんですよ。好きになってもらうためにキャラを維持する必要があると思ったんです」

「まさか俺がきっかけにおかしなことになっていたとは」

「命の恩人ですからね?そりゃ最初は怖い人だと思ってましたけど、今では全部サンケタさんが正しかったと思ってます」

「全肯定ってのも困っちゃうけど」

「いいえ。これについては全肯定します。あなたは私の恩人で、愛する人です。それくらいはします」


 強い。シマもいつになく礼儀正しく座って大人しくしている。あれ、俺もなんか正座してる。いつからだろう。


「あーっとじゃあ、問題ないです。付き合いましょう」

「結婚は?」

「結婚……しましょう」


 そういうのよく分からないけど。


「……え、本当ですか?」


 あれ?


「いやあの、さっきの命令みたいなのは聞き流してくださいね。本当に申し訳ありません」

「別に何でもかんでも命令に従うわけじゃないけど……。それに今は俺が町長だし」


 誰かに従う必要のない立場になっている。というか簡単に従ってはいけない。ある意味そこから俺は独り立ちし始めた。


「ですよね。いつも冒険者相手にも毅然とした態度で対応してますし。あーでもほら、ちょっと勢い任せが過ぎたと申しますか」


 それはそう。とんでもない勢いだった。


「何かもう、どうせ駄目なら言いたい事言ってやると思って好き勝手言いましたし、叩いちゃったりしましたし……本当にごめんなさい」

「それは気にしないで良いよ」


 ちゃっかりバリアで防いでたりすんだな、これが。

 まだ生きていた食材から攻撃されることを防ぐために鍛えられた、反射神経と技術を舐めちゃいけない。本当にダメージの危険があったなら俺は即座に無力化してるぞ。


「ありがとうございます。……でも、本当に無理しないで良いですからね?サンケタさんじゃありませんけど、私と付き合う利点なんてありませんし」

「利点?」

「自分の身を守れず、その他の見返りもないじゃないですか。話を聞く感じ、料理以外だって私よりも上手くこなせそうですし。サンケタさんならそれこそハーレムだって築けますよ。一夫一妻の決まりなんてありませんし」


 そこそこ上手く行ってる冒険者ならハーレムを築く者は特別珍しいものじゃない。何もかもが常人より上な冒険者は、むしろ一般的な異性一人で相手するのは大変だとすら言われてる。


「同情もよしてくださいね。折角男女差がないのに、女の身に甘えて碌に鍛えてもない私が馬鹿なんです。私に限らず転生者の女性って大抵そんな感じで呆れちゃいますよね。エベナの女性の方が素直で可愛くて、能力もあります。髪を伸ばす発想もありません」


 なんかネガティブキャンペーンが始まってる。あと、髪のこと結構根に持ってるね?


「イルちゃんさんも長髪だよ」

「高位冒険者と比べないでください」

「あ、はい」


 難しいぜ。


「それで、何でサンケタさんは付き合ってくれると行ったんですか?」

「え?えーと……」


 あれ、まだこういうやり取り必要なのか。アケミさんにとって都合の良い形で了承したはずなんだけどな……。


「顔なんてエベナでは大抵良いし、能力もない。性格もこんなんになってます。好きになるところなんてあるんですか?」


 何で詰められてるんだろう。でも、俺は正解を導き出した!


「アケミさん」

「は、はい」

「それでもアケミさんは」


 そう、答えは今までのやり取りの中にあったんだ!


「おもろい」


 ベチーン!

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