第33話

 いつもより大きくしたプレイリストの音楽がイヤホンを通じて流れていく。

 半分眠った脳ではその歌詞は心を撫でるだけで響きはしない。

 しかし、眠気覚ましにはちょうど良かった。

 遊園地の最寄りはいつもの駅より二駅先だ。

 知らない景色が高速で流れていく。

 音楽をバックグラウンドにして、待ち合わせ場所までの経路を検索する。

 そこにはユーザーが撮影したであろう写真。

 あの頃と変わらない遊園地前広場のマスコット像だ。

 不意に腕を突かれる。

 

「よっす」


 その声の主に思わず私は破顔した。


「おはよう、長南さん」


「うん、おはよ」


 思えば彼女の私服姿を見るのは初めてだ。

 ついまじまじと見てしまう。

 ゆったりとしたオバーサイズのTシャツに下はチェック柄が入った短めのスカート。


「長南さん、目が覚めるような可愛さだね」


「あくびを噛み殺しながら言われても説得力ないんだけど」 


 眠たいのはそうだが思ったことは事実だ。

 ええい欠伸め


「あとそういうのは別に言ってあげるべき人がいるでしょ」


 長南さんが真面目な顔で言い聞かせるように言う。

 はて、誰のことだろう。

 有栖は何着ても似合うだろうし私服姿も見慣れているといえば見慣れている。

 どんな服を着てくるか想像できないが星科さんのことだろうか。

 私と星科さんってあんまり仲良しって感じじゃないし長南はその点を心配してくれているのだろう。

 長南が言うのだから、後でそれとなく褒めておくか。


「音無さんも今日はおしゃれさんだね髪型とか」


「そうかなぁ」


 妹に朝5時に叩き起こされセットされた髪を触れる。

 妹に明日有栖と出掛ける事を伝えたところ有栖の熱狂的なファンであった妹が張り切ってしまったのだ。


「これなんて言うんだっけスーサイドアップ?」


「自殺しちゃったよ。てかツーサイドじゃなくてワンサイドだし」 


「へー」


 電車が目的の駅へと到着する。


「少し、急ごうか」


「うん」


 スマホで時間を確認すると開園時間でもある待ち合わせの時間に近かった。

 



「うぃー綾園、早いな」


「……星科さん、おはよう」 


「あれなんか距離感遠くなってない?関係値リセットされた?」


「ソンナコトナイヨ」


「……音無が来るからってもうちょっとどうにかならん?」


「……芽衣子さん……星科……ほしなん……コレだ」


「『コレだ』じゃないが」


 像の前で何やら言い争い?をしている2人に近づく。


「ごめん。ちょっと遅れた?」


「ここ来るの初めてだから私も音無さんも手間取っちゃった」


「んいや、私らが早かっただけだよ。時間ぴったし」 

 

 星科さんのサムズアップを無視して有栖の方に顔を向けるとパッとそらされる。

 やはり気のせいではなく避けられているようだった。

 こうして事実として突きつけられると傷つく。

 いやのっけからこんなんじゃダメだ。

 今日はみんなで遊園地を楽しむそれが第一目標だ。

 星科さんの方に向き直る。

 さっきまで、長南さんとさんざん考察していた星科さんの服装は、黒のおしゃれなロゴ入りTシャツに青のジーンズ。

 私と長南さんは地雷系を予想していたのだが見事に外したらしい。


「星科さんその服似合ってるね」


「おう、なんの嫌がらせだ」


 割と本心で言ったのだがなんかすごい嫌な顔をされてしまった。


「確かに、ホシナンすごい可愛い」

 

 有栖が星科さんに笑顔を向ける。

 どうやら2人ともいつの間にか仲良くなっており、彼女をかえせば普通に会話可能らしかった。

 しかしなぜだろう、星科さんホシナンって呼ばれることすごく嫌がっている気がする。


「おおーい3人とも早く」

 

 少し話込みすぎたらしい。

 少し離れた所で長南さんが手を振っていた。

 

「行こうか2人とも」

  

「うん、そうだね」


 久しぶりの会話らしい会話。

 それに覚えたのはやっぱり安心で嬉しさでそれを掴み取るように拳を握り込む。

 そうして私たちは、開園直後のゲートの列に並んだ。


 

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