この飴玉が溶ける前に

@awaoka

第1話

 電車が駅に着きプシューという音とともに人が吐き出されていく。

 改札を通り駅の外に出る。

 その景色は高いビルが立ち並んでいる。

 しかし雑多なわけではなくむしろ整然としており、おしゃれな街の雰囲気を醸し出していた。

 少なくとも私の最寄り駅周辺の、閑散とした景色とは大違いだ。

 あくびを噛み殺し続いてため息をする。

 そのため息は中学時代より一時間も早く起きたことへの憂鬱を孕んでいる。

(何してんだろ)

 その答えはあるいは明白で学校へ向かおうとしている。

 ここから15分も歩けば✕✕高校につく。

 県内有数の進学校であり本来私の頭で行くようなところではない。制服も可愛らしく一時期SNSで話題になっていた。

 少なくとも高身長と死んだような金髪がトレンドマークの私には、どうこねくり回しても似合わない。

 そんな制服に着られスマホのマップを開く。

 合格発表のとき一度行きはしたが、それでも全く知らない街を、迷わずに歩ける自信はない。

 歩きスマホにならないよう立ち止まりスマホを確認しながら歩く。

 新品のローファーのサイズがいまいち合ってないような気がして足取りを重くさせていく。


「おはよう波瑠」


 鈴の音が響く。

 スマホの画面から顔を上げ、その女を認識する。

 流れるような黒髪にまだあどけなさの残る顔立ち。

 まるで、童話の世界からぽんと飛び出してきたかのような美少女がそこにはいた。

 私、今すごく嫌な顔をしているそんな確信がじわじわと広がっていく。


「おはよう委員長」


 なんとかそう返す。


「もう委員長じゃないよ!」


「おはよう…有栖」


「その…名前覚えてたんだ」


 一瞬の沈黙の後、彼女はそう答える。

 忘れたことなんてない。

 

【綾園有栖】


 私が関係を断ちたい相手。

 私は、あのときの事を彼女に謝りたい。

 そして離れて行きたい。

 しかしわだかまりなく彼女との関係を断つには時間が足りなさ過ぎた。

 だから私は、彼女との関係を延長するために同じ学校に進学した。

 この結びつきの最後の一本が切れるときこのわだかまりがなくなっていることを私は望んでいる。

 もっとも、こんなものは私が勝手に拗らせているだけであり、彼女にとっては迷惑なだけだろう。

 でもそうしないと私は前に進めない。

 何してんだろ。

 心の中でため息をつく。

 

「じゃあ行こっか早くしないと遅刻しちゃう」


 いっしょに行くのか。

 確かに私と彼女は友達ではないが、知り合いではある。

 ここで離れていく方が不自然だろう。


「波瑠は部活なにするの陸上?」


「部活はやるつもりないよ通学時間もあるし陸上はもういい」


「……そっか」


「有栖は?下宿してんでしょ」


「なんでわかるの」


「私と別の道から来たから」


「なるほど頭いい」


 本当に頭いい人間に言われても嬉しくない。


「私はまだ決めかねてんだよね。また、陸上でもいいんだけど、高校めっちゃいっぱい部活あるし。とりあえず全部、見学にしようと思うんだけど。天文学部あるんだよ、天文学部すごいよね」


 そうだねと当たり障りない言葉を返す。

 というか有栖がやたら喋りかけてくる入学初日でテンションが高いのかも知れない。

 少なくとも、ここ数年で一番楽しげに会話できている。

 (今、あの時の事を謝ってしまえばいいのではないか)

 そんな考えが首をもたげる。

 その時、視界が開け立派な校門が飛び込んでくる。


「あっ!」


 彼女が駆け出す。

桜はすでに散華を始め道にピンク色の絨毯を作っている。

 そんな彼女をみて、先程の考えが霧散する。

 彼女が、満面の笑みで私を振り返る。

 舞い散る桜は、ただ彼女だけを祝福しているように思えた。

 いや違うな、こういうのはもっと適切なタイミングがあるはずだ。

 そんなタイミングが来るのか分からないけれど。


「みてみて自販機が学校の中にある」


有栖が嬉しそうに、自販機ペタペタと触り返却レバーと商品ボタンを同時に押すドリンクの温度が分かるコマンドだ。

 金額表示機には、金額ではなく5という数字が表示される。


「あっ私入学式の挨拶があるから急がなきゃなんだった。後でいっしょになにか買おうね」


 唐突にそう言って颯爽と去って行く。

 相変わらず嵐の様なやつだ。

 わかったと素っ気なく言ってその背中を見送る。

 自販機の前で立ちつくす。

 有栖の様にはしゃぎはしないが、自販機に心躍る気持ちは、理解できる。

 特に、このメロンパンサイダーなるものは気になる。

 後で一人で購入しよう。

 そう心のノートに書き留め特にすることもないので自分も入学式が行われる体育館へと向かった。

 その後、当然のように首席で合格した有栖の挨拶を聞き入学式を終える。

 知っている鈴の音のような声が知らない体育館にこだましていた。

 それ以外の記憶が既に要らないものとして消えかかっていく。

 張り出されたクラス表の元へ向かう。


「……同じクラスかよ」


 もちろん、それはごくごく小さな声で誰にも気づかれないようなものだ。

 良いことなのだが、うれしいとは思わない。

 失くしてしまっていた宿題が、存外早く見つかってしまった様な感覚だった。

 そして、当然のように有栖はクラス委員長になった。

 彼女の、すっと伸びた背筋と真っ直ぐに上げた手に反論をする者はもちろんいなかった。

 クラス委員長は男女1人づつ選ぶのだが、もう1人は田中とかいう名前だった気がする。

 何にしろ、これまでどおり気兼ねなく彼女を委員長と呼べることに安堵を覚える。

 明日発表するための自己紹介シートが配られ今日はこれにて解散となる。

 教室に入ってからというもの私と有栖は目を合わせてすらいない。

 別に他人を装っているわけでもなく、本来私たちはこういう距離感なのだ。


「へー出身地ここじゃないんだー」


「今は一人暮らしなんだいいなー」


 カーストが高そうな女子にそれなりに顔のいい男子。

 彼らに、さっそく質問攻めにされている彼女を横目に見やる。

 不意に目が合ってにこりと笑いかけられた。

 私はそれに曖昧な笑みで返し手元の自己紹介シートに目を落とす振りをする。

 今日はまだ半日しかたって居ないのにとても疲れた。

 ずっとこれが続くと考えると少しぞっとする。

 それに明日からは弁当が必用だ。

 夕飯の余り物や冷凍で済ますにしても、少なくとも今日より30分は早く起きることが確実だ。

 降り積もる憂鬱を振り払うように荷物をまとめ教室を出た。

 心のメモに書き留めておいたメロンパンサイダーは、いつのまにか消えていて再びその文字が浮かび上がったのは布団の中だった。


(いつでもいいか)


そう思い眠りに落ちる。

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