第2話

 半年前、受験勉強も終盤戦の中三の十二月半ば、華は通学途中で交通事故に遭った。頭を強打し一時は意識が朦朧となったものの、幸いにも脳に損傷はなく全身の打撲と片足の骨折だけで済んだことを、医者は奇跡だと言った。

 そうして年が明け、事故後久しぶりの登校となった日、不運にも初犯の自転車通学がバレて、圭吾と共に生徒指導に呼び出しをくらった。

 足の骨折でしばらく徒歩通学が困難だろうと判断した華は、しばらくの間バス通学をしようと考えていたのだが、圭吾が「後ろに乗せてやるから自転車で行こう」と言い出したのだ。それでも、自分が話に乗らなければ圭吾を巻き込むことはなかったはずだ、と華は後悔の念に駆られた。県内屈指の進学校を受験すると言っていた圭吾のこの時期の校則違反が内申にどう響くのかと気が気でなかったが、圭吾はどこ吹く風といった様子で、翌日からの“バレない自転車通学コース”を必死で考えていた。

 その日はずっと“ついてないな”と思いながら過ごしていたが、帰宅後、今朝乗るはずだったバスが横転事故を起こしたことを母から聞かされた華は、驚愕し恐れ戦いた。結果として、この日の選択は間違っていなかったというわけだ。後遺症がなく退院できたことも奇跡だったが、更にこの日の出来事が、守護霊に守られていると痛感するきっかけとなった。

 それからしばらくしてサプライズがあった。圭吾が同じ高校を受験すると聞かされたのだ。しかもそれは、願書を出しに行く当日だった。成績が良いはずの圭吾が何故、と疑問を抱いたが、圭吾は「無理してランクの高いとこに行っても、後で苦労するだけだろ」とそれっぽい理由を口にした。もちろん嬉しかったが、圭吾の突然の心変わりがどうしても腑に落ちなかった。



「今日は六月五日だから……出席番号五番の緒方おがた、この場面の主人公の心情を答えてみろ」


 日付と同じ出席番号の生徒が授業で当てられるというのは、万国共通なのだろうか。くだらないと思う。けれども、そんなくだらないことを考え過ぎて胃が痛くなる自分は、もっとくだらないと思う。その流れで行くと、三十一番より後の生徒は当てられないことになる。不公平だと思うが、羨ましく思う。時々数字を足したり引いたりする曲者には毎回悩まされていた。

 緒方は居眠りでもしていたのか、とんちんかんな回答をして失笑を買った。自分ならこの状況に耐えられない、と同情した華は、“明日は我が身”と怯えていた。

 その日は食欲がなく、夕食をスープだけで済ませて部屋に戻った華は、カレンダーと時間割り表を眺めて大きな溜め息を吐いた。


「現国、体育、数学、英語、公共、音楽」


 それからベッドに横たわり、キリキリと痛む胃をさすった。



 翌朝『今日は学校休む』と圭吾に送ったメールの返信は、『了解』のたった二文字だったが、理由は聞かずとも、察しの良い圭吾は気付いているのかもしれない。


 六月六日、出席番号六番――神田かんだ華。

 胃痛の原因は極度の緊張によるものだ。

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