第54話 リンドール侯爵家へ 

『ふれい


 だいじょうぶか? なにかあれば いえよ。おれはげんきだ。めし くえよ。こんど まつりがある。ひと ふえる。きをつけろよ。うりかいがおおい。おーくしょんもある。いきたいのならつれてってやる。 


 おぅるそ』


 朝早く、オゥルソさんから手紙が届いた。市場の肉屋で働いている人が手紙とお菓子を届けてくれたので、その場で私もオゥルソさん宛に手紙を書いた。


「伝言はあるか?」


「あ、お肉をオゥルソさん届けてほしいんですけど。ロズさん達お姉さんは何が好きですかね?」


「姉さん達は甘い菓子か、綺麗な物じゃねえか?」


「そうですか、じゃあ…皆の分なら…このお金で買える物ってありますか?」


「ああ。量がいるんだろ?知り合いのハギレ屋に布やリボン探させてやるよ」


「よかった。新月のリンリンさんにお世話になったので。ハギレとか、リボンとかはリンリンさんからって届けて下さい。コレでお肉と布を買えるだけお願いします」


 市場の人にお金を預けて、肉をオゥルソさん宛に届けて貰うように頼んだ。


「分かった。こんなに…。布はリンリンからお前が頼まれたって言っておくぜ。ああ、あとアニキが移動する時は教えてくれって。フレイはいつもふらふらしてそうだからって心配してたぞ。坊主、アニキに心配かけんなよ。今、王都は人が増えだしたからな。今週末から祭りがあるんだ。アニキからそのことも伝えてくれって言われたよ。アニキは字が書けるだけで、すげえけどさ。一応、俺からも言っとけってさ。フレイもすげえな」


 今日は掃除をする為、またマシューのお古を着ていて髪の毛を適当に結んでいたのだけど、安定の男の子間違えをされた。


「オゥルソおじさんに宜しく」


 私がそう言うと、「おう!坊主もな!じゃあ、この金でアニキの好きな骨付き肉を届けておくぜ」と手を振って探偵事務所を出て行った。


 王都に出て来てから知り合いも増えた。こうやって手紙のやり取りができる相手がいるのは嬉しい。


 お母様の遺産と借金の為に王都に出て来たのだけど、良い事も沢山あった。


 領地からも速達で私の事を褒める手紙が届いた。お父様からは相続もしていないのに借金が減っていっているのを不思議に思いながらも、無理はするなと心配してくれていた。


 が、多少の無理はしないと、借金は減らないのだ。


 私は自分の相続の件も終わったけれど、その後も探偵事務所の上に住まわせて貰っている。私へのボーナスで、好きなだけ住んでいいって事らしい。なので王都への滞在中には遠慮なく住まわせて貰う事にした。



「さ。そろそろ準備しないとかな」



 私は今日はリンドール侯爵家を訪れる事になっているのだ。


 今回はスペンサー伯爵家の伯爵代理の代理と言う事なので、所長もいない。


 何故か護衛でジェローム様が家から馬車を出し、私を送り迎えをすると言う事になったのだがまあ、筆頭侯爵家にいくのだ。騎士が横にいるのは心強い。


『ジェローム家の三男か。ふむ。悪い人間ではないな。ジェローム家の長男は成績優秀な男だったな。次男は辺境伯領に婿入りしたのではなかったか?武勇に優れたと聞いていたからな。優秀な息子が三人もいて羨ましいことだ』


 ジェローム家の事情までリンドール侯爵はなんでもご存じだった。


 馬車に乗るとジェローム様はすぐに話し掛けてきた。


「スペンサー令嬢、手続きが無事に済んだとの事。よかったですね」


「はい。特別措置を取って頂いて、すぐに手続きが終わりました。何を私が相続したのかも分かるそうです。やっとこれで領地に帰れます」


「…手続きが終われば、すぐに帰られるのですか?」


「早く弟達に会いたいですし。お土産を沢山持って帰ってあげたいのです」


「領地まではお一人で?危険では?」


「うちの出入りの商人に連絡を取って、領地に帰る馬車があれば乗せて貰います。行きもそうしましたから大丈夫ですよ。護衛の冒険者さん達もいますしね」


「そうですか…」


 その後は騎士団の話を聞いたり、今度の祭りの話を聞いていると、あっという間にリンドール侯爵家に着いた。


 ジェローム様は私を馬車からエスコートをして、侯爵家のホール迄私と歩くと執事の方が礼をして私達を迎えてくれた。


「スペンサー令嬢様、ジェローム騎士班長様、どうぞ、こちらへ」


 と、広いホールを抜けて立派な応接室に通された。



『お嬢さん、アンディから儂の金庫の中の金を受け取ってくれ。本当にお嬢さんのおかげで助かった。私もコレでやっと旅立てると思ったのだが。おかしいな、なかなか女神様の元へと行けぬようだ』


 私は首を傾げる侯爵様に言われ、「まあ、アンディ様に会ってから旅立たれては?私はお金をスムーズに頂けるかの方が心配ですよ」と小さく返事をした。


 単なる田舎貴族の伯爵令嬢が筆頭侯爵にほいほいと会えるわけがないのだが、魔導棟の王弟殿下も知り会いで、ジェローム様とも知り合いとかで、人脈があると思われているのだ。


 通された部屋の中には、既に新侯爵様になるアンディ様がいて私達が入ると席を立った。今回、アンディさまが新侯爵になった。そうは言っても、特例中の特例の未成年新侯爵であり、国王陛下が直々に認められたのだが、これから大変な事にかわりはない。アンディ様の後見人として、ダカン様、スミス様、そして、ジェローム様のお兄様が名を連ねたらしい。役に立つか分からないけれど、我が家のお父様もなぜか末席に名前を連ねたらしい。


「今回は貴女が尽力してくれたとダガン様とスミス様から教えて頂いた。スペンサー令嬢、本当に有難う。貴女がお爺様と知り合い、懇意にしていなかったら、我が侯爵はどうなっていただろうか。そう考えると恐ろしくなる」


「お役にたてて良かったです」


「今日は、私から貴女にお礼を伝えたいと思ったんだ。本当にありがとう。これから困った事があればリンドール家が貴女のお役に立てるように力を尽くそう」


「有難うございます」


「そして、ジェローム班長、君の家のジェローム家とも今後深く付き合いが出来そうだ。君が動いてくれたと聞いた。改めて礼を言う」


「いいえ。私はスペンサー令嬢の護衛をしただけです」


「そうか」


 二人は穏やかにそう言うと、お互い頷き礼をした。



「私も新侯爵のアンディ様に伝えたい事がありました」


「私に?」


「前侯爵様はリンドール侯爵家が困った時に、私に手を貸してほしいと頼まれました。そして無事に前侯爵様の約束を叶えた時には対価を払うとお約束されました。対価というのは前侯爵の部屋にある金庫の中のお金、三百万ルーンを頂くと言う話でした」


 いきなりお金の話をしたからか、アンディ様はちょっと驚いた顔になった。


 それまでの穏やか空気が一瞬にしてピリッと氷ついた。


 アンディ様はすっと身体を引いて、足を組み直し、私との距離を物理的にも取った。


「スペンサー令嬢、申し訳ないが、それは信じがたい話だな」


 アンディ様はそれまでのにこやかな顔を一気に曇らせ、冷たい眼で私を見た。


「侯爵様は、もし、侯爵様がいない時、アンディ様に伝え、そしてアンディ様が私に相談料を払うか決めて貰うと言われました。勿論、払わないという選択でも結構です」


 私もそう言って真っすぐにアンディ様の視線に合わせた。


『お嬢さん、すまん、アンディが疑うのは許して欲しい。今迄、肉親同士で争っていたからな。疑心暗鬼になっているのだ。アンディには辛い思いを植え付けてしまった。しかし、これからの道はもっと険しい。侯爵家当主として、疑うのは必要な事なのだ』


 分かる。いきなり、お金下さい。なんて言われたら不審がるに違いない。


 でも、私は三百万貰わないと蛙花嫁コースになってしまうのだ。侯爵は、合言葉を言えば大丈夫というが本当だろうか?アンディ様の目線はもう、私を滅茶苦茶不審者を見る目になっているが。


 こういう目を向けられるのは悲しくなるが、アンディ様も騎士の姿のジェローム様が私の横にいるのを考えたのか、それ以上言う事もなかった。


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