第37話 リンダさんの憂い
私とジェローム様は黙って歩いて新月へと向かった。
新月に向かう途中には市場があり、ジョルジョさんの話を聞いた後では、リンダさんとここで会ってたのかな、といないはずの二人がベンチに座って話しているのを想像してしまった。
ジェローム様と歩いて新月に向かうと、道に迷う事も無く、あっという間に宿屋新月に着いた。
新月の前では傾いた門を直している人がジェローム様を見て、すぐに奥に入って行った。
「まあ、すぐに案内がくるでしょう」
ジェローム様は傾いた門を潜り、新月の扉を開けて「すまない、誰か」と大きな声を奥に掛け、私も「失礼します。オゥルソさんいらっしゃいますか?」と大きな声で訊ねた。
奥からタタタと人が走って来る音が聞こえると、オゥルソさんとロズさんがやってきた。
「フレイ!!」
「オゥル伯父さん!!」
「フレイ!無事だった、ぐえ!」
私に飛びついてきそうなオゥルソさんをロズさんが脇腹を殴って止めていた。よかった、あの勢いで抱きしめられたら肋骨が何本か逝ってしまっただろう。
オゥルソさんに見事な腹パンを決めたロズさんは涼し気な顔して困った様に笑っていた。
よかった。無事な二人を見てほっとした。
「フレイ!よかった。元気そうだな!」
むくっと起き上がり、復活したオゥルソさんはゆっくりと私に近寄ると、おそるおそる私の身体が無事なのか確認した。
「はい、二人も無事でよかった」
ロズさんはジェローム様に礼をした後に私の方にも礼をした。
「スペンサー令嬢、この度は、我が宿の危機を騎士団にお知らせ頂き、有難うございました。おかげ様で誰一人欠けることがありませんでした」
「フレイ、まだ汚いが、奥で話そう。菓子もある」
ロズさんはオゥルソさんを睨んだが、ふうっと息を吐くと、「どうぞ、騎士様も」と言って奥の部屋に通してくれた。
奥に入るとすぐにお茶とお菓子が運ばれてきた。
「お口に合うか分かりませんが」
「有難うございます」
「フレイ、ちゃんと食ってたか」
「はい、オゥル伯父さん」
「そうか、しっかり食えよ」
ニコニコしながらオゥルソさんは私の前にお菓子をドンドン置いていた。
「はあ、オゥルソ、およし。あんたが世話したんだろうけど、スペンサー令嬢は伯爵家の方だ。もう、あんたの甥ってフリはしなくていいんだ。失礼な事をするんじゃないよ」
「あ、すまねえ。ついな」
「いえ、有難うございます。私は暫く王都にいますので。これからも宜しくお願いします」
私がそう言うと、ロズさんは困った様に、オゥルソさんは「そうかそうか」と嬉しそうに笑った。そして、天井からふわっとリンダさんが現れた。
『フレイヤ!元気?私は死んでるけど元気よ!!』
私は瞬きを一度するとにっこりと笑った。
『ねえ、私、全然女神様の所に行けないのよ。悪者やっつけて、皆が救えて、心残りはないと思ったのにさ。まあ、これならこれでいいのかなー。こうやって皆とずっと一緒にいれるのも、悪くないのかなー』
リンダさんはそう言いながらも、オゥルソさんを見てロズさんを見て嬉しそうにしていた。
その顔は本当に綺麗で、嬉しそうで、心から本当にそう思っているのが分かった。
あ。そうか。
「ああ、成程。ロズさん、今から、私は最後の仕事をします。その仕事が終わったらオゥルソさんの小屋の裏にあるごみ入れの下の物を取って出て行きます。それは、リンダさんからお礼にと私が頂いた物です」
「うん?仕事?ゴミ?リンダからの物ならどうぞ、お好きに持っていって下さいな」
「はい、では。リンダさんの好きな人はオゥルソさんです」
『きゃああああああ!!!!!何言ってんのよ!!無し、無し、今の無ーーーーーし!!あーーー聞こえないーーーあああああああ!!!!!』
「「は?」」
私は二人の顔を見ると、ゆっくりと礼をして、立ち上がった。
「では、私はこれで。オゥル伯父さん、いえ、オゥルソさん。これからは中々会えないかもしれません。でも、手紙を書きます。何かあれば第二騎士団に手紙を下さい。本当に助けて頂いて有難うございました」
「あ、ああ。フレイに会うには第二騎士団に行けばいいんだな?え?なんだ、うん、じゃあ、ロズの好きな奴って…」
私がロズさんを見ると、額に手を当てて、眉間に皺を寄せていた。
「ロズさん、有難うございました」
「ああ…、全くだよ」
私は部屋を出るとオゥルソさんの小屋の裏に行った。
「ジェローム様、今から私はリンダさんと話します」
ジェローム様と久しぶりに目を合わせて私がそう言うと、ジェローム様はしっかりと頷いた。
『ちょっとフレイヤ!なんてことをしてくれんのよ!』
「リンダさん。リンダさんの憂い、晴れました?リンダさんの心配はなくなった。皆も救えた。でも、本当の心残りはコレだったのでしょう?」
私がそう言うと、リンダさんは、ハッと、口を開けて、その後、くしゃっと顔を歪めた。
「リンダさん、リンダさんの場所はここじゃありません。皆と離れたくないって気持ちが強いのだと思います。だからリンダさんは恨む事も、呪う事もせず、皆を助けようとした。だけど、このままじゃ駄目です。リンダさんの居場所はもう、ここじゃない。優しいリンダさんだからこそ、女神様の元へ旅立たなければいけません」
『…分かってるよ。私……オゥルソ兄さんの事が大好きだった。でも、オゥルソ兄さんはロズ姉さんが好きで、ロズ姉さんもオゥルソ兄さんの事が好きなんだよ。で、私は二人が大好きなんだ。二人共お互いの気持ちに気付いてないの。私は、二人が好きなのに、それでも、こんなに苦しいなら、二人がくっついてくれればいいのにって思ってた。ジョルジョの事も本当に好きになり掛けてたと思う。でも、ジョルジョを好きになったらお互い不幸になるだけでしょ?私は平民で、しかもこんな場所で働いている。ジョルジョは第二騎士団なら、お貴族様だもんね』
リンダさんの顔が歪んで、ポロポロと涙が流れた。
『兄さんの代わりに好きになったって、上手くいかないよ。ジョルジョにも悪いしね』
リンダさんは笑いながらも涙をこぼし続けた。
『私はこうやって死んじゃった。オゥルソ兄さんにも、ロズ姉さんにも、ジョルジョにも幸せになって欲しかった。皆が楽しく笑って欲しかった。今迄通り、何もなく。だけど、私が死んだことは皆知らない。心配はして欲しくない。悲しい思いもして欲しくない。だけど、私の事を忘れて欲しくなかった。そう思ったら、寂しくてたまらなかった。我儘だよね』
「いいえ、我儘だなんんて。でも、だから、あんなプレゼントを?」
『へへ。ジョルジョ、絶対私の事、忘れないでしょ?オゥルソ兄さんとロズ姉さんも私の事、覚えてくれていて欲しいなあ』
「三人共絶対忘れないと思います。三人だけじゃないですよ。市場の人も、宿の人達もリンダさんの事、心配してました。皆、リンダさんの事忘れません」
『うん、皆、優しいからね。あ、なんだろう、身体が軽い』
「女神様の元へ行かれるんだと思います。リンダさん、リンダさんのお金、本当に私が貰っても?」
『うん、あげる。私、死んでるし。フレイヤ、ぱーっと使っちゃって。きっとこの為に私はお金を溜めてたんだよ。よかった、私が死んだことに意味があって。宿を救えて、フレイヤに会えて、私は皆の事大好きなまま女神様の元へ行ける』
「リンダさん……。リンダさん、私もリンダさんの事を忘れません」
『有難う、フレイヤ!フレイヤにはもっと早く生きてるうちに会いたかったよ!!フレイヤ!楽しんで生きてね!こっちに来る時はおばあちゃんになっててよ!ずっと、待ってるから!』
リンダさんはそう言うと、白く光って消えてしまった。
そしてリンダさんが言う場所を開けるとそこには小さな壺があった。その中にはぎっしりと貨幣が入っていた。
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