十 悪魔の花嫁

第11話

「はあ、疲れたわい」

「でも見て。あそこに村が見えるよ」


 足の重い龍牙であったが篠の声で目を見開いた。これに馬上の笙明は目を細めていた、


「さてさて。どのような魔物がおるかの」

「澪にはまだ視えませぬ」


 妖隊の彼らは寂れた村にやってきた。しかし、春の小鳥が囀る中、人家に人は無く寂れた様子であった。

 そろそろ日暮れで宿探しの彼らはここで村はずれに煙が立つのを見た。彼らは妖話集めも兼ねてここにやって来た。


「ここは……ずいぶん立派な畑だね」

「ああ。手入れがされて見事な作物じゃ」

「わしが声を掛けます。すまんが、これ」


 龍牙が声を掛けると平家から男が出て来た。


「なんだ。あんた達は」


 大柄な男は髭を生やし、大きな目で彼らを睨んだ。着ている服は毛皮であったので思わず龍牙も怯んでしまった。


「わし達は都から参った。今夜の宿を探しておる」

「……」


 無愛想な男は澪を一瞥し一旦部屋に戻ったが、再び出て来た。そして小屋で良ければ使えと言ってくれた。

 この親切に感謝した一行は言われるまま小屋に入って行った。干し草の上に腰を据えた彼らは歩き疲れた足を伸ばしていた。


「それでは私。夕餉の支度を」

「まだ良いよ。少し休めば?」


 澪は微笑むと馬に括っていた鍋を下ろし出した。そして道すがら集めた食材で料理を始めた。


「良い匂いだね」

「フフフ。今日はね。竹の子もあるのよ」

「ご馳走じゃ。都でもこのような美味い物はありつけぬぞ」

「まあ?龍牙様はお腹が空いているのね」


 庭先で機嫌よく食事を作る澪であったが、笙明は干し草の上でゆったりと横になっていた。こんな夕餉を作った澪は、平家の男に汁を分けようと言い、篠に碗を取りに向かわせた。すると大男はこの場にやって来た。


「うまそうだな」

「どうぞ。みんなで食事にしましょう」


 火を囲み一同は夕餉となった。男は名をマサと言った。体格の良い彼はここで一人暮らしだと語った。


「そうか。旅を、その娘さんもか」

「そうだよ。澪は仲間だよ。マサさんにはやらないよ」

「な、何を言う?」


 頬を染めた彼は必死に話し出した。


「わしだって、嫁が来るんだ」

「お嫁さんが?」

「それはめでたいの」


 篠と龍牙の祝福に男は気を良く話し出した。それは今通ってきた村から娘が嫁にくると言うものであった。


「しかし。誰もいなかったぞ?」

「隠れておったんだ。それにわしは村の外れ者だし」


 祖父が村で悪い事をしたせいで仲間外れをされていたマサは親を亡くし一人暮らしであったが、肥沃な田畑と丈夫な馬がいるおかげで食べ物には困っていないと話した。


「だから村一番の娘がここに嫁に来たいと言って来たんだ」

「そうか。だってここは食べ物があるもんな」


 呑気に話す彼らであった笙明は静かに問いた。


「マサとやら。あの村の男供はどうした?おらぬようだが」

「最近姿が見せないが、わしは村に行かないので知らん」

「そうか」


 こうして澪の食事で満腹になった彼らであったが、マサは澪に家に来て欲しいと言った。


「嫁が来ると言うに、わしは何をしたら良いかわからんのじゃ」

「世話になっておるのだ……澪よ。龍牙と共に行って参れ」

「はい」


 そして彼らが去った小屋で、笙明はポツリと篠に尋ねた。



「どう思う」

「何が」

「嫁じゃ」

「別に。来てもおかしく無いでしょう」


 粗末な作りであったが、豊富な食べ物を話す篠に笙明は腰に手を当てていた。


「もしかして。笙明様。澪を取られると思ったの?」

「寝ろ」



 そう話すと笙明は夜の庭に出た。この夜は月は出ていなかった。







 翌朝。雨であったのでマサは休んで行けと言ってくれた。そんな彼を交えて朝餉を食べた彼らは少しでも恩返しに彼の農業の手伝いを買って出た。しかし笙明だけは小屋の中で寝転んでいたのだった。



 こうした一日を過ごした彼らであったが、翌日にこの家を出た。

出る時のマサは澪に手伝ってもらい嫁の用意ができたと嬉しそうに彼らを送ってくれたのだった。


「あーあ。この村には魔物はいなかったね」

「ああ。マサ殿に世話になっただけだ」

「まあ?龍牙様。私と一緒に手伝いをしたでしょう?喜んでもらえたわよ」


 そんな澪は、彼の嫁が輿入りするのは今日だと話した。


「村の人がおかしな事を言うんですって。待っている花婿は農具は危ないから仕舞っておけって。そして神様に身を捧げるから足を縛っておくとか」

「……戻るぞ」

「え」

「戻ると申したのだ。急げ!」


 驚く仲間達であったが、彼らは引き返したのだった。


◇◇◇


「遅かったか……」

「マサさん?」

「これは一体……」

「ひどいわ」


 婚礼の席のはずがマサの家はめちゃめちゃになっていた。笙明達が家にあがるとそこには死んだ村の男達の下に、怪我のマサはまだ生きていた。


「これ。しっかりせよ」

「……はあ、はあ」

「澪。手当てをせよ」

「はい」


 澪に血だらけのマサを床に寝かさせた笙明は呪文を唱え手当てをしていた。この間、篠は持っていた薬草で傷を抑え、龍牙は周囲を窺っていた。


「……これで血は止まった。あとは休まれよ」


 マサは目で返事をし澪の顔を見て安心したように休んでいた。これを見た龍牙は笙明に向かった。


「笙明殿。これは一体どう言う事でございますか」

「龍牙。死んでいるのは村人だよ、でも」

「ああ。疫に罹っておる」



 倒れている男達はみな痩せ細っていた。傷からして彼らはマサの返り討ちに遭い死に至ったと笙明は語った。


「真実は村に行けば分かる。マサ殿は澪と篠に任せるぞ」


 死んだ男達を庭に運んだ彼らであったが、笙明と龍牙は村に行った。すると人気のないはずの村から女達が出てきた。その中の老婆が前に出て来た。


「お前さんは旅の人か」

「そうじゃ。マサ殿を襲った男達はみんな死んだぞ」


 これを聞いた女達は悲鳴を上げ泣く者もあった。


「これはどう言う事だ」

「そこの娘。話をせよ」

「はい……」


 一人泣かぬ気丈な娘は話し出した。それはこの婚礼はマサの畑を奪うための男達の策であったと話した。


「見ての通り。村の男達は疫病にて弱っています。そこで村はずれで疫にかかっていないあの男の畑を奪おうとしたのです」

「……他の男はどうした」

「山に行ったきり帰らぬ者や。家で寝たきりです」


 よく見れば女達も痩せており、食糧不足が深刻なことを物語っていた。これを眉間に皺寄せた笙明は汚らわしいものを見るような目で女達を見た。


「マサを殺して何になる。大事な男ではないか」

「ですが村の掟で」

「参るぞ。龍牙」

「は、はい」


 泣き崩れる女達を見捨てた笙明はマサの家に戻ってきた。夕刻の中、庭には死体が置いてあった。


「笙明様。マサさんが起きました」

「……旅の方」


 澪に抱えられたマサは体を起こしていた。


「まんまと騙されました。あいつらは嫁を出すつもりはなかったのです」


 嫁の到着を言付け通り待っていたマサの元には農具を持った男達が襲って来たと悔しそうに話した。


「油断していたんです」


 屈強なマサは素手で戦ったと話した。死んだ病人同然の男達を見た彼らは、これに納得していた。


「ところで……怪我はどうだ。痛みはないか」

「はい。この娘の手当てのおかげで」


 龍牙の問いにマサは恥ずかしそうに澪を見つめた。これを見た笙明は真相を話した。


「マサ殿が思っている以上に、村では飢餓が進んでおる。男達も命がけであったのだ」

「確かに。わしを襲った男達は最初から弱っておった」


 そういって彼は目をつぶっていた。この時何やら音がしたので篠が庭に出た。


「笙明様。女達が来て死んだ人にゴザを掛けてるよ」

「……伝えよ。明日、我らで弔うと」



 こんな一日を過ごした彼らは朝を迎えた。マサはよろける体で庭に出ていた。これを見つけた澪は驚いて駆け寄った。


「何をなさっているの」

「……畑の手入れをするんだ。こうしないと実らないんだ」

「マサさん」


 肥沃な畑の意味を知った澪はできる事を手伝っていた。しかし傷持ちの彼を朝餉に連れて来たのだった。


 そして集まった村女達と共に笙明達は死んだ男達を弔って行った。女達の家族でもあったので彼女達は泣きながら土を掘り、埋めていった。こんな中、昨日の気丈な娘が話しかけて来た。


「あの……旅の方。マサさんは」

「家の中じゃ。まだ傷が癒えぬ」

「そうですか」


 

 傷が癒えぬマサを置いていけない笙明達は数日ここに滞在していた。やがてここに昨日の女の代表がやって来た。


「どうか許してください。そして私達の中から嫁を選んでください」

「どう言うことだ!今度は毒で盛るつもりか」

「龍牙。静かにせよ」


 一同に頭を必死に下げる娘は、これは女達で考えたと話した。


「一緒に畑を耕し、村を豊かにしたいのです」

「マサ殿。こう申しておるのだが。いかが致す」

「……女。顔を見せろ」


 傷だらけのマサ。女の顔を上げさせた。日焼けし土に塗れた娘に眉を潜めた彼はこれを受け入れると返事をした。


「いいか。村の女をここに連れて来い。その中から選んでやる」

「はい。わかりました」


 女はほっとした顔で村に戻っていった。これを庭で見ていた篠は共にいた龍牙に首を傾げていた。


「龍牙。これってどういうことなの」

「……マサ殿には食べ物がある。女達は嫁に来たいのだろう」


 そう言って龍牙は薪を割った。貧しい村の現実に篠も悲しく空を見ていた。

その夜。一人月を見ていた笙明はマサに相談された。



「どの嫁にしたら良いかと、悩んでおるのだ」

「好きにすればよい。マサ殿の望むままよ」


 当初、村一番の娘が嫁に来ると喜んでいた彼。笙明は意地悪話すと彼は恥ずかしそうに頭をかいた。


「最初はそうでした。今は澪を見て気が変わりました」

「どう言う意味じゃ」

「……あの娘のような働き者が良いのです」


 マサは澪がいかに優しく働き、そして美しいか説いた。


「お願いです。私に澪を下され」

「そなたは村娘から選ぶと申したではないか」

「しかし」

「それではマサ殿を襲った男達と同じですぞ……」


 月夜を背にした彼はそれは美しく微笑んだ。


「目先の物を大切にせず他所に手を出しても、結局は何も残らぬ」

「何も残らぬ……」

「左様。それに澪は旅の娘。ここにいては籠の鳥、死んでしまいます」

「それは違う……笙明殿が澪を手放したくないのではないですか」


 笙明は返事をせず彼を見つめた。



「明日は私どもは立ちます。世話になり申した」


 そう踵を返した彼は小屋に向かった。藁の中では龍牙がいびきをかき、篠と澪が仲良く眠っていた。これに微笑んだ彼は静かに横になったのだった。





 翌朝。旅支度をしていた時、早速娘達が集まって来た。娘達は精一杯気飾り、マサの前に立っていた。マサは女達をじっと見ていた。


「あれ?あの女の人がいないね」

「……どうしたの篠」

「ほら、澪。昨日、お願いに来た女の人だよ」


 この話を聞いたマサは目が合った女に理由を尋ねた。


「はい。キヨは山に食べ物を探しに行っています」

「……なぜ、ここに来ないのだ」

「キヨは丈夫で、人の分も働けます……いつも私達のために食べ物を探しにいってくれています」

「そうか」


 マサはちらと澪を見た。澪は笙明の傍で微笑んでいた。これをみた彼は決心した。


「……ではその娘を連れて来い。話はそれからだ」


 これを見届けた笙明達は出発する事にした。



「マサさん!俺、何にもできないけどさ。家の屋根直しておいたよ」

「わしは薪を割りました」

「ありがとうございます」


 馬に乗る前の笙明は彼に意地悪く微笑んだ。


「村の畑を祓っておいた。今年はなんとか実るであろう」

「助かります。あのな。澪」

「はい。マサさん」


 彼は彼女の白い手をぎゅうと握った。


「……気をつけて。幸せにな」

「はい。マサさんも」


 こうして一行は東へ向かって歩き出した。




「それにしてもさ。妖いなかったね」

「ああ。まあ、こんなもんだろう。今までが多すぎたのだ」

「……どうかしましたの?笙明様」

「別に……」


 機嫌の悪い彼に首を傾げる澪を見て、龍牙はガハハと笑った。


「ハハハハ。安心したわ?笙明殿が人の子で」

「それ何?どう言う意味なんだよ」

「篠は知らずで良い。ハハハハ」

「黙れ」

「ねえ。見て、笙明様、辛夷こぶしの花が、あ?」


 笙明は愛しい娘をそっと抱き上げ馬に乗せた。彼は背後から髪の匂いを嗅いでいた。


「澪。花など捨ておけ。私だけを見よ」

「……見てます」

「手など貸さぬとも良いのだ?お前は……全く」


 そう言い彼女を抱きしめた彼。二人の部下はため息まじりで共に進んでいた。東の国の春の季節はまだ始まったばかりであった。



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