お正月コール その6

 お参りを済ませたら人集りが出来ている建物に、陽花が細い人差し指を伸ばしていた。

「おみくじでも引く?」

「うん!引く!」

 小銭を木箱に入れて、おみくじ箱からゴソゴソと二つの紙を取り出して手に取る。

「せーのでひらこ?」

 そう聞くと、なぜか陽花は少し笑みの混じる得意げな表情をしながら「いいよ」と、呟いた。

 少し人混みから離れてから「せーのっ」とお互いに手元が見えるようにして、おみくじを開く。

「吉!」

 微妙かなって思って、陽花のおみくじに視線を移そうとすると、俯く事で普段より少し立体的に見えている陽花の唇に、つい目がいってしまった。

「あ、私も吉…」

 そんな可愛い唇がぼそっと一言。

「い、一緒だね」

 こんな小さなことで舞い上がれる私は、きっと幸せ者だ。

「吉って良いんだっけ?」

「どうだろ?普通じゃない?」

 と、陽花は何とも無いような顔をする。

 私としては君とお揃いというだけで、宝物なんだけれど。

「でもなんか、日向嬉しそう」

「そうかな?」

「なんて書いてあるの?」

 陽花が一歩、私の方に近づいて私のおみくじを覗き込む。

 ふわりと陽花の匂いが漂ってきて、一瞬ドキッとしてしまう。

「えーっと…諦める事を無く努力すれば、距離が縮むって…」

「なんで恋愛運?」

 眉を細めて、微笑みながら困り顔をする。

 見透かされているのか、それとも本当にわかっていないのか。

「なんとなく?」

「そっか…」

 目をパチパチさせて姿勢を戻すと「どうする?」と聞いてきた。

「陽花は、お守りとか買わない人?」

「昔は親に買ってもらってた気がするけど…今は買ってないかな」

「そーなんだ」

 お揃いのお守りが欲しいって言ったら、距離置かれるのかな。

「日向は買うの?」

「え?あ、うん。毎年買ってるかな」

「買いに行く?」

「陽花が買うなら買おっかな…」

 陽花は少し首を傾げて、視線を横に流す。

 そんな姿に踏み込みすぎちゃったかな、なんて思ってしまうけれど、それでも君は「じゃあ、買おっかな」と言ってくれる。

 そんな気遣いが、たまらなく嬉しくて「うん!」と子供みたいに返事をしてしまった。ちょっと、あからさまに喜びすぎたかな。

 ガヤガヤとした屋台で、お守りを選ぶ。周りのお客さんも押しくらまんじゅうになって、自然と陽花との距離が近くなると他のお客さんに押されていって、陽花の肩と私の肩がぶつかってしまう。

「ご、ごめん」

「ううん。平気だよ…。ど、どれ買う?」

 周りに迷惑にならないよう、でも陽花には聞こえるよう気をつけながら声を出す。

「ひ、日向と同じのでいいかな…」

 ふと視線をお守りから陽花に持っていくと、陽花は正面だけを見つめていて、まるで私と顔を合わせないようにしているようだった。

「じゃ、じゃあコレ」

 そう言って、ピンク色で可愛い健康祈願のお守りを指さす。

 本当は、恋愛成就のお守りが良かった。でも、ここで焦って距離を詰めてしまったら、きっと私たちは反発してしまう。そんな予感がある。

 ほんとにこれで良かったのかな、なんて思いながら、巫女さんにお金を渡す。そして、一際大きいスギの木の下にまで移動した。

「はいこれっ」

 手の平に、お守りをちょこんとのせる。

 陽花の手の平は、力が抜けてていてほんのりと拳のなり損ないのようになっている。

 触れるととても柔らかくて、もっと触れていたいけれど、そんな欲をそっと胸の中にしまう。

「日向って、センス良いよね」

「そ、そうかな」

「うん。普段着も可愛いし、今日の晴着も、似合ってる」

「……。陽花も、可愛いよ」

「そうかな。私なんて、こんな格好だし…」

「そんなこない!」

 つい大声を出してしまって、陽花は目を見開いて、驚いた表情を浮かべた。

「は、陽花の方が、ずっと可愛いよ!」

 陽花の「私なんて…」という言葉で、私はつい、お守りを握っている陽花の手を両手でギュッと握りしめてしまった。

 そんな姿に戸惑いながらも、陽花は「あ、ありがと…」と言葉を返す。

「う、うん…」

「日向の手、冷たい」

「ご、ごめん!」

 そう言いながら、一歩陽花から遠ざかる。

「焚火にでもあたる?」

「そうしよっかな…」

 少し、気まずい空気にしてしまった。

 焚火の周りには、甘酒を飲んでる人とか、去年のお守りをお供えする人で囲まれている。そんな中、少し空いているスペースに、ちょこんと二人で肩を並べた。

 パチパチと音を立てて、木が焦げる匂いがする。白い煙が空に昇っていて、火の粉が時々上から降ってくる。

「綺麗だね」

 陽花の一言に、またドキッとさせられる。好きな人が隣にいて、目の前に焚火がある。

 左手をほんの少しずらせば、陽花の手がある。

 馬鹿だと思いながらも、ロマンチックな雰囲気に惑わされて、陽花の右手に指先で触れる。

「手、繋いでいいかな…」

「いいけど…?」

「ありがと…」

 隣にいる陽花を見ると、少し寂しそうな顔を浮かべて焚火を見て黄昏ている。

 何を考えているんだろう。と、君の顔を見る度に考えてしまっている気がするよ。

 私の胸の中にも、目の前にある焚火のような熱があって、今もなお、パチパチと音を立てて鼓動している。

 その熱を絶やさないでいさせてくれるのは、君の優しさなんだと思う。

 何もない場所で、一人で座り込んでいたところに君が来て、静かに木を積み上げる。そして、その木に火を焚べて今もなお、焚べ続けてくれている。

「ね、陽花…」

「なに?」

「来年も一緒に初詣、行きたいな…」

「わかった」

 ほんの一瞬、私の手を握る陽花の手が、ギュッと力を込められた気がした。

 もしかしたら勘違いで、強く握ったのは私のほうかもしれないけれど。

 それでもーー。

 それでも、君と来年まで一緒にいられると思うと、胸がいっぱいだった。

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