お正月コール その4
電話の発信音が、耳元で鳴っている。
無機質で感情の無い音が、時間が経つにつれて少しずつ大きくなっていっているような気がする。
出ないなって思った直後、電話が切れる音がした。
「……。」
なるほど、確かに失ってからじゃ遅いのだと自覚する。だって、電話が切れる音に胸がこんなにも締め付けられるのだから。
ため息をつきながら空を見上げる。
新年を祝っているような晴天が私を見下ろしていて、そよ風が吹くと何処かで焼き芋を焼いている匂いが、ここまで運ばれてくる。
おばあちゃんの家の木の根元。
どうしょうもなく鈍感な女子高生がぽつんと一人、世界に取り残されている。
「ごはん、食べよ…」
背中にある木を少し押し出して、木から離れる。何も思い入れは無いけれど、何かを置いてきてしまったような気がして振り返る。
すると、手に持っているスマホが振動し始めた。
期待するなと言い聞かせ、スマホ確認すると、日向からだった。
私は緑色の応答ボタンを震える親指で優しくタップしする。
「もしもし陽花!?」
スマホから鳴る声が大きくて、割れている音が耳元まで伝わってきて、少しキーンとする。
それでも、私の事を好きだと言ってくれたその必死な声に、心が温かくなる。
「もしもし…?」
日向は鼻を啜るように笑ってから、ベッドに横になったのか、木が軋む音が伝わってきた。
「朝、ごめんね。電話…」
「ううん。こっちこそ、出られなくてごめん」
「もしかして、今外?」
どうしてわかったの。なんて思ってしまい、思わず笑いながら「うん、そうっ」と返す。
すると少しゴソゴソと寝返りの打った音が聞こえてから「初詣…?」と、小さく籠もった声で聞いてきた。
「ううん。おばあちゃんち」
「そっか…。遠いの?」
「そこそこ?富士山はよく見えるかも」
「そうなんだ…」
「うん」
少し寂しそうな声。会いたかったのかな。
「もしかして、一緒に初詣とか行きたかった感じ…?」
「…!」
息を呑むように吐息を吐く日向の声を聞くと、きっと当たりなんだろうなってわかる。それがちょっと嬉しい。
「そっち戻ったら行こっか。二人で」
日向は息の混じった嬉しそうな声で「うん、うん」と、何度も返事をした。
日向の温かい声を聞くと、電話をするのをなんで戸惑っていたのかなんて疑問は、吹き飛んでしまいそうだ。
そしてほんの少し、私たちの間に静寂が訪れる。
耳元から日向の寝返りを打つ音とか、少し鼻を啜る音が聞こえてきた。
「あ、そういえば陽花っ」
「ん、なに?」
「明けましておめでとっ」
「あ、うん。おめでとう…」
改まって言うと、なんだか恥ずかしい。一日しか変わらないというのに、新年というだけで特別な挨拶をするというのは、少し違和感がある。
「今年もよろしく」
「うんっ。よろしく」
「ね」
「ん?」
「いつこっち戻るの?」
「明日の夕方には戻ってるかな」
日向は少し息を呑んでたから「会いたいな」と囁いてくる。スマホを口元に近づけたからなのか、その言葉の余韻が、じんわりと耳元に残る。
そして、そんな日向の言葉使いに、ほんの少し違和感を覚えてしまう。
前より大胆になったというか、自分の感情に素直になっているというか。
日向の真っ直ぐな好意にどう向き合えばいいのか、まだ答えは出ない。
それでもそんな戸惑いには、蓋をしようと思う。日向から目を逸らすためじゃなくて、日向を見つめるために。
そう思い「うん。いいよっ」と、軽く返してみせる。
「うん!待ってるね!」
「うんっ」
少し、口元が硬い気がする。
指で触れてみると案外柔らかくて、口元が笑っている事に今さら気がついた。
ドライヤーをかけていない髪はパサついてしまって、風に飛ばされた土やホコリが足の指の間にジョリジョリと溜まってしまったけれど。電話が切れた後も耳には日向の声が残っていて、なんとなくじんわりと暖かい気がする。
お土産とか、買ったほうがいいのかな。
帰り道のサービスエリアで、微妙に割高で客の足元を見ている値札を見比べてると、何だか損した気分になる。
「クッキーか、プリンか…」
「陽花?何か買うの?」
お母さんが手に引っかけている買い物かごには、丁寧に紙に包まれたお菓子がいくつか積んであった。
「うん…」
あまりこういうところ、見られたくなかったな。
「誰かにお土産?」
親という生き物は、こうやって詮索してくるから。
「うん。友達に」
「なら、さっさと選びなさい。一緒にお会計しちゃうから」
そんな言い方しなくて良いのにと思った。でも逆の立場だったら、私は話しかけようともしなかったかもしれない。
そう思うと、おばあちゃんの言ってたことが少しわかる気がする。
もし今のが、買ってあげる。って言いたかったのなら確かに不器用だ。
結局、量の多いクッキーを買ってもらった。
何かが変わったわけじゃない。
きっとこの変化は長続きしない。
五日も経てば、元通りになると思う。
それでも、静かだった行きの車の中とは違って、ラジオの雑談を挟みながらだけど、私とお母さんとの間にほんの少し会話が生まれていた。
家について、日向にメッセージを送る。
足早に階段を駆け上がって、洋服を着替える。
なんだか、青春って感じだ。
予定があって、心の声が少し騒がしくて。
土で汚れたスニーカーから、少し綺麗なスニーカーに履き替える。
「陽花?出かけるのか?」
お父さんは休む気満々で、シャツのボタンをいくつか外しているので、少しだらしない。
「うん。ちょっと友達のとこ」
「そっか。夕飯、いるのか?」
「いる」
「……行ってきます」
久しぶりに行ってきますを言った。
少し、顔が熱い気がする。
「お、おう。行ってらっしゃい」
お父さんは戸惑いながらも、頭を掻いて返事をしてくれた。
きっと明日は「行ってきます」を言わないと思う。それでも今日は、なぜかその言葉が口から溢れていた。
扉を開けて静まり返る住宅街に足音を響かせながら、焚火の匂がする方向に歩いている。
お正月の静けさが漂う住宅街とは違って、神社の方へ近づくと家族連れが多くなってきた。
同じ方向に進む人、もうお参りを済ませた人とすれ違ったりもして。
少し進むと、一際大きな木に囲まれた鳥居があって、その足元に一際目を引く人影があった。
その人影は私の方に手を振っている気がして、周りに手を振り返している人がいないことを確認してから、控えめに手を振り返す。
その人影は青い着物に身を包んで、髪の毛は綺麗にまとめられている。
その女の子は、私の方に着物が着崩れしないように気を使いながらも、小走りに向かってきた。
「あけおめっ!はるか!」
「それ、電話でも言ったよ?」
日向はムッと眉を困らせて、肩を落とす。
「今年もよろしく」
「…!」
「よろしく!陽花!」
その笑顔を見ると、本当に私のことが好きなんだなって思う。
だって普通、友達との初詣に着物なんてー。
気合い入れすぎだよ、日向。
日向の好意に目を逸らそうとしても、両手で顔を掴まれて、私を見てと言ってくる。
それでも私が日向といて、その好意が嫌にならないのはきっとー。
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