お正月コール その2
「好きだよ。 それだけ…。忘れないでね…」
その言葉が、ずっと胸の奥につっかえて取れてくれない。
日向に、あれってどういう意味?と聞こうとメッセージアプリを開くけれど、指先が液晶のキーボードに触れる瞬間にピタッと思いとどまってしまう。
「陽花?準備できたら行くわよ」
「あ、うん…」
リュックを手に取り車に乗り込んで、数時間かけておばあちゃんの家に向かう。
私は、年末年始が嫌いだ。
お父さんとお母さんは、運転席と助手席で隣り合って座っているのに、たまにしか話さずに気まずい空気が延々と流れている。
たまに話しても、私は蚊帳の外。
「陽花、おばあちゃんの家に着いたら、ちゃんと挨拶しなさいね」
そして、たまに話しかけると思ったらいつもこうだ。
「わかってるよ」
車のドア部分にある、肘掛けのようなスペースに肘をついては景色を眺める。
山だったり、トンネルだったり。
茶色、灰色、時々見える緑色。そんな進んでるのかどうか疑ってしまうような景色を延々と見せられてると、退屈過ぎて嫌でも考えてしまう。日向の事を。
それでも、そういう所は親に知られたくないって感じるのか、数日分の着替えの入ったリュックの隙間にスマホを詰めて触らないようにしている。
そこまでしても、頭の隅から日向の事が離れないのだけれど。いや、そこまでするからこそ、意識して忘れられないのかな。
結局、どんなに距離を置いたと思っていても、車の中では日向の事をずっと考えていた気がする。
おばあちゃんは、ほんの町外れの田舎に住んでいて、畑に囲まれてる場所に瓦の屋根の一軒家が立ち並んでいる。
その中の一つが、お父さんの実家だ。
「あら、いらっしゃい」
「お義母さんどうも~。お久しぶりです〜」
おばあちゃんは、お母さんと毎年恒例のやり取りをしてから、覗き込むように私に目を向ける。
「陽花っ、大きくなったね〜」
「そうかな…」
一年振りで、そんなに変わるものだろうか。
「相変わらず、クールだねぇ」
「ぷっ。 なにそれっ」
おばあちゃんは時々、歳に似つかない言葉を使うので、不意に笑ってしまうことがある。
なんだかんだ毎年来てるのは、おばあちゃんのこういう所があるからなのかもしれない。
「今笑った顔、お母さんにそっくりだったよ」
「似てないよ…」
毎年言われるけれど、お母さんに似てると言われて嬉しいと思ったことがない。
そもそもこの世界に、親に似てると言われて喜ぶ、思春期の高校生がいるのかすら怪しいと思う。
まあ、そんな確かめようがない事は置いといて、今年も来てるのかな…。
「お寿司来た〜!?」
長い廊下の奥から、小学校低学年くらいの小さい子供が走ってきた。
「コラっ!
「もしかして圭介?大きくなったねー!」
お母さんは屈むと、従兄弟にべったりだ。手を少し広げて、会いたかったとアピールしている。
そんな姿を毎年見ていると、たまに思ってしまう。
ああいう子が良かったのかなって。
「陽花?冷蔵庫に陽花のケーキ買ってあるから。後で圭介と食べな?」
「ん。ありがと」
家に上がって、客間に荷物を置く。
リュックを広げようと思ったけれど、スマホを確認するのが怖い。
何もメッセージが届いていなかったらどうしよう。なんて考えてしまう。
もし、日向を傷つけてしまったら、私は自分を許せないかもしれないから。
「……。」
リュックのチャックをゆっくりと開く。
息を呑んでから、手探りにスマホを取り出すと通知ランプがついていた。
恐る恐るスマホの画面をオンにすると、年末年始に使えるクーポン券のお知らせだった。
「なにやってんだろ…」
スマホ畳の上に軽く放り投げ、そのまま仰向けに倒れ込む。
ザラザラしていような、それでいてスベスベしているような、そんな触り心地が指先に伝わってくる。
天井からぶら下がっている蛍光灯が眩しくて、手を額にあてていると、襖の向こうからガヤガヤと音がうっすら聞こえてきて、少し心細い。
襖一枚隔てた向こうでは、既に親戚による宴会が始まってるらしく、おつまみとか、煙草とかの匂いが漂ってきた。
「グフッ!」
面倒くさいな。なんて思っていたら、お腹の上にいきなり何かが乗っかってきた。
「ねーちゃん、食べないの?ケーキもあるよ」
えっと、圭介だっけ。
ここでいじけるのも大人げないのかな。
「んー?食べるよ〜?一緒に行こっか」
「うん!」
ほんの少し開いていた襖を開けて、圭介の横に座る。
「何食べたい?」
「唐揚げ!」
菜箸で唐揚げを取ってあげていると、それを見ていたおばあちゃんが話しかけてきた。
「あら陽花、お姉さんになったわね〜」
「これくらい普通だよ…」
褒められるのは嬉しいけれど、取り皿に食べ物をよそった程度で褒められると惨めになるからやめてほしい。
「はいこれっ。野菜も食べてね」
「えー」
「嫌いなものも食べないと、大きくならないよ?」
「ねーちゃん、大きくないじゃん」
「くっ……」
ぐうの音も出ない。
「………。」
「あ、じゃあ、私みたいになるよ?」
「じゃあ、たべる…」
え、それで食べるんだ。
不貞腐れたように返事をしながら、渋々取り皿の中にある野菜を口にし始めた。
私みたいになるのは嫌か…。まあ、そんなもんだよね。
無垢な子供の言葉は、時に大人の皮肉より鋭い。不意打ちってこともあるけど、思ったより傷ついたな…。
それにしても、なぜ親戚の集まりというのは、こうも憂鬱な物なんだろうか。
近況の報告に、それに対する社交辞令ばかり。仮面舞踏会にでも参加しているかのように息苦しい。
顔を隠してないのにもかかわらず、決して本音は口にしない。
こういう居心地の悪さとか、関係のもどかしさに、大人はどう折り合いをつけてるんだろう。
そんな事を考えつつ、お茶の入ったグラスから滴る水滴を人差し指で拭き撫でる。
水滴はヒンヤリとしていて、つい指先で遊びたくなるけれど、幼い従兄弟が横に座っている状況で、さすがにそれは駄目だと手を止める。
「陽花ー?お酒飲むかー?」
少し遠くの席から、酔っ払った叔父さんが胡座をかいて一升瓶片手に私に声をかけてくる。
「私、未成年だよ」
「今日ぐらい良いじゃねぇーか」
叔父さんがそっと立ち上がり、新しいグラスにお酒を注ごうとするので「注いだら自分で飲んでね」と、少し視線を外にそらしながら冷たくあしらった。
空気の読めない人と、思われてるのかな。でも未成年からお酒なんて、それこそ本当の本当に不良になってしまう。
「陽花は偉いね〜」
おばあちゃんは、若い頃からお酒を飲んできたと聞いてる。それなのにしっかりと結婚して、家族を持って、家庭とか土地とかを守っている。
直接聞いたわけじゃないけれど、何となくそういう事を想像してしまうと、どうしても自分と比べてしまう。
「普通だよ…」
ボソッと、ほんの少しの劣等感。
大晦日の特番を観て気を紛らわすけれど、ガヤガヤと周りがうるさくて、良く聞こえない。
寧ろ耳を立ててしまうほどに、テレビより人の声に意識がいってしまって余計に空虚になる。
賑やかな空気は嫌いじゃないけれど、仕事の愚痴だったり、普段の子供の様子を語る会話を聞いていると嫌になる。
隣にいる圭介も、テストの点が良くて褒められたり、習ってるサッカーでエースだったり。
小学生相手に劣等感を抱く高校生。
わかってる。
他人と比べても意味がないって。
グラスの底辺りにしか残っていない麦茶を飲み、そっと立ち上がる。
「あら陽花。もう食べないの?」
「疲れたから、今日は寝る」
まだ少しお腹は空いてるけど、胸が苦しくてその場にいられなかった。
押入れから布団を取り出して、畳の上に敷く。そしてその上に倒れ込む。
「はぁ……」
疲れた。何もしてないのに疲れた。
薄い襖の向こうから、何となく薄っらと声が聞こえてくる。
微妙に聴き取れない音の大きさで、何を話しているか想像させてくるのが厄介だ。
聴きたくなくて、イヤホンをカチッとスマホに挿してから、耳にはめこむ。
何かを聴くわけじゃないけれど、自分の世界に入り込んでいるように感じられて、ほんの少し。ほんの少しだけれど、削れた感情の形を整えられる気がする。
布団の上に座って、垂れ下がっている紐をカチカチと二回引っ張る。
蛍光灯が豆電球に変わったのを確かめると、力が抜けたように、また私は仰向けに倒れ込む。
目を細めると、茶色いような、黄色いような小さな光が、ぼんやりと目に映る。
あっ。そういえば、お風呂入ってないな。
「ま、いっか」
どうせ、誰も気にしない。
今日は、もう限界だ。
朝、廊下と繋がっている障子からぼんやりと差し込む光で目が覚める。
エアコンが無くて、少し肌寒い。
起き上がろうと思い肘を立てようとすると、手にスマホがぶつかった。
少し髪に絡まっているイヤホンを雑に外してからスマホを手に持つと、通知ランプが光っているのに気がつく。
「え…」
明け方、つい一時間前に日向から不在着信が来ていた。
「……。」
かけ直そうと思った。それでもなぜか、スマホの画面をなぞる親指の手が止まってしまう。
「まあ…」
いっか。
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