第10話 急襲


 あれから4日、時刻は10時38分。


「んしょっ……はあ……これで全員?」

「ああ、全員ここに集まってると思うぞ」


 色々な所を4日かけて探し回った結果、作戦始動の場はデパートに決まった。現在はそこに居た人達をなるべく安全な場所へ運んだところ。


「ここにうまいこと誘導できるか?」


 フロア全体を見つめながら相棒が尋ねる。


「敵によるなぁ」


 奴らにとってはオブジェクトに過ぎない止まった人達だが、道中行くとこ行くとこに溢れている物が忽然と姿を消していたら、と怪しむ奴がいる可能性もある。


「あいつ、知能はあった。多分……感情も……」


 それに感覚を共有しているのだから、本当に面倒くさい。


「人数にもよるな。相手の数は?」


「えっとね、確認したんだけど……この辺色んなマークが重なっててさ……ワイズなのか人なのか――わかんなかった」


 地図。ここ2日、朔良が飲まず食わずでワイズを探し回っていたので、見かねた神様が送ったプチ神器。広げると、自分を中心とした図が展開され、全ての生命体の居場所がアイコンで表示される。

 そう、の生命体に。


「でも、地下に運ぶのが限界だし……」


 万が一、戦いが激化して建物が崩れたら地下の人たちが危険にさらされる。

 そんな想像をして少し委縮していると、ポンッという音とともに相棒が右腕から出てきた。


「なんとかなるだろ。ちょいちょいっとひねってやればいいだけさ」


 パンチとキックを空気に繰り出しながら言った。


「頑張るよ」


 ため息交じりであまりにも不安だ。

 見かねた相棒が、声のトーンをあげて話題を変えた。


「じゃあ飯だ飯。今日は下見だけで、倒すのは明日だろ?」

「そう――だけどさ……」


 もちろん敵も時間も、待ってはくれない。

 だが、朔良は連日動き続けてあまり休めていないというのもまた事実。

 そんなバカ正直者を止め続けた相棒の疲労も、溜まり続けていた。


「やっぱり、今行かない?」


 だから休めと言っているのに。


「バーカ。そんなヘトヘトの体でどう戦うんだよ。昨日もこの話しただろ?」


 それでもジッとしていられないと朔良がごねるので、仕方なく作戦会場の作成をするという形で集結した――はずだった。


「いつあいつらが止まった人の正体に気が付くかわからないんだ……俺がモタモタしてたら……」


 相棒がコツッと頭突き。


「あのなぁ……お前動きすぎなんだよ。筋トレ毎日ガッツリやってるだろ。夜中にやってんだろうが――バレてんぞ」


 相棒も朔良の一部。肉体の状態は把握している。


「……じっとしてられなくてさ」


 気まずそうに目を逸らす。相棒がずずいっと距離を詰めた。


「休めっつったよなぁ? マジで、死ぬぞ」

「……」


 カンカン照りの昼下がり。汗だくの中、さらに大量に出血してしまえば。

 ころっと死んでしまうだろう。


「でも、これくらいこなさなきゃ……あいつらに全部――」

「うるせぇ! 帰るったら帰る!!」


 背中を押し出し、帰路の方向へ。


「自分で歩け!」

「わかったよ……」


 ようやく背中を押さずとも、朔良は歩き始める。

 二人は静かに、それぞれの思考に耽っていた。


――大量の汗を流しながら歩いていると。


「そのナイフだけどよぉ」


 相棒が急に口を開く。


「これ? かっこいいよね」


 スルリと後ろポケットから取り出す。


 刃渡りは28㎝程、装飾は素朴だがしっかりあり、全体の色合いは赤と黒。

 持ち手の部分は少し削られていて、多少だがグリップがよくなっている。

 さらに、地味で目立たないが奇麗な円状のマークが持ち手に彫られていた。


「よくわかんねーんだけどさ、それに見覚えがあるような気がするんだ。なんつーか、見たことないはずなのに見覚えがある……みたいな」

「なかなか曖昧だねぇ。でもこれと似たようなのはネットで探せば出てくるでしょ――――あ」


 何かに気が付いた。


「はぁ……今度は何だ? 毎回こんな感じだよな、お前」

「いや、この世界にはネットというものが……さぁ」


 暑さに震える手で、ペットボトルを口に近づける。


「ああ、知ってるぞ。遠くにいる人と通話とか、買い物とかができるんだろ?」


 当たり前のように相棒が言った。

 水がダババッと朔良の口から漏れ出す。


「おいもったいねぇ……で、ネットで何がわかるってんだよ? そこまで知らない」


 ハッと、戻ってきた。


「……そんな事書いてある本、仁の部屋にあった? 俺、教えたっけ?」


 相棒の地球の知識の大半は、朔良が教えたものに加え、地下室にある朔良の弟の本――だけのはず。

 だがそんな初歩的なことが書いてある本が、天才の部屋にあったのだろうか。


「夜中によぉ、誰かが色々言ってくんだ」

「俺の寝言?」

「いや、お前より声が高かった。多分俺くらい」


 相棒は口調はだいぶ乱暴だが、かなり女性に近い声質。

 少なくとも嘘は言わないだろうが、それでも違和感はある。


「女の人……? 母さんが!?」

「お前が真っ先に気づくだろ」


「――確かに」

 

 未だ、ドッキリの可能性が捨てきれていない。


(もしかして神様が? なら何で相棒に存在言っちゃだめなんだろ……でも女性――うーん……!)


 これまた凄い変顔で疑問を脳内に羅列させる。

 

 相棒はわかってきていた。朔良がこの顔をする時は、ほとんどまともな回答は返ってこないということに。


「……オウムが夜中に飛んできた!!」

「インコだろ」


 ツッコむのは本当にそこなのか。

 何故かやけに涼しい。


「どっちでも良くない……?」

「それ以前の問題なんだよ」

「……ホントにオウムかも知れないじゃん!!」

「インコだったら石食ってやる」


「そこは譲らないんかい」


 喧嘩をするよりはよほど良い会話なのだろう。


「せめてどんな声か――――」


 途端に足を止める。疲れたわけではないだろう。


「おい?」

(――暗い)


 時刻は午後12時31分。とんでもない猛暑の、南中時間。それなのに、暗い。

 だが、その影は晴れた。

 と言うより、眼の前で、どんどん大きくなっていく。


 やけに暑い。


「朔良!!」


――ドズンッ。


 爆発のような轟音と共に、視界が砂煙でいっぱいになった。


「なっ……何!?」


 相棒は朔良の中に戻る。

 朔良はナイフを構え、その場から動かず、周囲を警戒。


「……?」


 煙の中から姿を現したのはワイズ……ではなかった。


 大きな立方体の、肉塊。


 高さ、横幅ともに朔良の身長の三倍はあるそれは、ドクドクと脈打ち、今にも足が生えて動き出しそうな、そんな明確に異質が浮き出た存在だった。


「敵……? いや気持ち悪……なにこれ」


 若干……否。ドン引き気味で首をかしげる。だが、ワイズたちの仕業であろうことはなんとなく理解していた。


「でっかい相棒が来た……訳ないよね。でもどこから? 空?」


 再び相棒が腕から出てきた。


「意外とその可能性もあるかもな。俺も、空から降って……きた……し」


「え」


「あ」


 すっと汗が引いた。

 カンカン照りの真冬の寒さが、二人を襲う。


「えっ、えじゃあ、あの時俺の頭の上に落ちてきたのって――」


 雷に打たれたような衝撃。


「……お前が叫んでた理由はそれだったのか」


 うるさい少年。


「「…………」」


 しばしの静寂が続いた。


「空から、って具体的にどの辺から……?」

「三十秒ぐらい落ちてた……後、めっちゃ熱かった――――」


 顔色が悪くなっていく。あまりにも露骨で、滑稽なほどに。


「「何で……俺生きてんの?」」



______________________________________




 どうも、しぇがみんです。

 空は無限の可能性を秘めてますよね。

 次回をご期待くださいませ。

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