第6話 かわいそうなお店の人②
店内に場所を移して一時間が過ぎ、ヤードは焦りに焦っていた。
「こちらの男は元『魔剣士』です。奴隷堕ちする以前は聖王国の騎士団で小隊長を務めておりました。奴隷に堕ちた理由は主に借金、賭博によるものです。まったく騎士の鏡ではありますが、奴隷となった今は問題ないでしょう。性根はともかく、魔力は折り紙付きです」
「足りない」
「し、失礼しました。次をお持ちしますので、少々お待ちください」
魔力の高い奴隷、かつて『魔導士』や『魔剣士』などのクラスだった者達。どこにでもいる訳ではないが、さりとて貴重というほどでもない。だから幸いなことに、ヤードのような零細奴隷商にも一応ある程度の在庫はあった。
「まだだ」
ありはしたが、『竜骸』のお眼鏡にはかなわない。ほのかに自信を持って紹介する奴隷は、どれも『竜骸』の求める基準には届かないようだった。おかげでヤードは冷や汗と脂汗で全身濡れ鼠である。
「惜しい」
だがヤードからすれば意外なことに、期待外れの接客にも『竜骸』は横暴な態度を見せなかった。ヤードが時折接する他の探索者のような暴言も暴力も振るわず、ただただ奴隷の解説を聞き、一言品評を述べて次を待つ。その静けさがかえって不気味だった。
「……大変申し訳ございません。私どもに出せるのは、今ので最後になります」
「……」
結局在庫の全てを出しても、『竜骸』が首を縦に振ることは無かった。硬く沈黙を守る『竜骸』を前に、ヤードは自分の命運が尽きたことを悟る。早くこの世を去った両親への悔い、無責任な幼馴染への呪い、色とりどりの未練。ヤードの中でそれらが暴れているのを気づいていないのか、気にしていないのか。とにかく『竜骸』は、震えるヤードへぽつりと告げた。
「まだ、一人いるだろう」
予想外の言葉にヤードの思考が止まる。一人、全員出したはず、一体誰のことを。危機感から急加速するヤードの頭脳は、『竜骸』が説明を続けたことで答えに辿りついた。
「奥に魔力を感じる」
「……あっあぁ、なるほど。ですが『竜骸』様、あれはとてもお出し出来るようなものでは」
「……」
「す、すぐに運ばせます!」
無言の催促、圧力とも言う、に負けたヤードは、最後の賭けに出た。急ぎ足で店の奥へ向かい、呼びつけた部下とともに倉庫へ駆けこむ。そしてその答えを引きずり出すため、力を合わせてそれを持ち上げた。
『竜骸』の元へ運ぶため台車に載せたそれを見て、部下が顔を歪めながらヤードへ確認する。
「ボス、本当にこいつ出すんですか?」
「仕方ないだろ、お客様のご希望だ。相手はあの『竜骸』、誤魔化しは効かない」
「ですがこんなもの見せたら、あっしらぶっ殺されるんじゃ」
話している内にますます心配になったようで、顔の歪みは更に酷くなりほとんど泣きかけている。それを鼻で笑ったヤードは、自分にも言い聞かせるようにして答えた。
「恐らく大丈夫だ。どうもあのお方、噂程の見境なしの化物って訳じゃなさそうだ」
「そうなんですかい?」
「ああ。今の今までお目にかなうものを出せてないのに、俺もお前も生きている。それが何よりの証拠だ」
「ひぇ~」
生きているどころか怪我一つ、罵声一つ無い。その事実を指折り数えるように確かめる。胃の痛みを堪えながらヤードは再び鼻を鳴らし、祈るように続ける。
「だからまあ、もしこれが気に入らなくても、今日も安酒は飲めるだろうよ」
「お待たせいたしました。こちらが『竜骸』様の気付かれたものです」
目の前に運ばれて来たそれを見ても、『竜骸』は身動ぎもしなかった。一瞬だけ視線を向けたかと思えば、誰に聞かせるのでもなく一言呟く。
「石化した人間か」
「流石は『竜骸』様、一目で見抜くとは!」
こびへつらうような口ぶりの裏で、ヤードは本当に感心していた。一流の『癒し手』や『鑑定士』であっても、石像と石化した生物の見分けには時間がかかる。それをただ見ただけで。『竜骸』相手に誤魔化しも吹っ掛けもしなかった自分の判断を褒めつつ、ヤードはそれの説明を始めた。
「こちらは聖王国の知人より送られた石化した少女です」
正確には、よく知らない男に押し付けられた、が正しい。およそ十日前酒の席でカードに勝ち、金貨代わりに差し出されたのがこれだ。何かを悔いるよう、天に祈りを捧げる美しい少女の像。神々しさすら感じるこの像は、何も知らなければ相当な値打ち物に見えるだろう。事実、当時のヤードはそう思っていた。実際は騙されていた訳だが。
「ご存知かと思われますが、完成されてしまった石化の呪詛を払う手段は未だ見つかっておりません。かのエリクシールや『聖女』リリアン様のお力でも、解呪には届かないそうです。聞きかじりではありますが、何でも呪詛が完成した時点で人ではなく石像に、物になってしまうため、神々の祝福が届かなくなるとか」
ヤードにその手のスキルは無く、また学も興味も無い。全て幼馴染の受け売りだ。
「石化した者の遺族の多くは、残された石像の取り扱いに困るそうです。なにせ、見た目こそ美しいですが、ある意味これは遺体です。そして逆に言えば、こちらは遺体ですがあまりにも美しい。この今にも動き出しそうなほどの生々しさ! もしかしたら生き返るかもしれない。大切な存在であれば、そんなあり得ない空想に浸ってしまうのも無理はありません」
受け売りだが、ここまで色々ありすぎて逆に気持ち良くなってきたヤードは、『竜骸』そっちのけで長々と語り続ける。その様子に部下は泡吹き始めた。
「ならばどうしてそんな石像を手放しているのか、こうして売りに出しているのか。もちろん金に困ったという方もいらっしゃるでしょう。しかし、多くは幻想に縋っているそうです。世界には知られていないだけで、石化を治す方法があるはずだと。石像として世間を渡るうち、いつか奇跡と巡り合うかもしれない。そんな儚い祈りと共に、こちらの石像はここに流れ着きました」
「……」
「おっと『竜骸』様の疑問も当然です。そもそも何故ここに、私のような奴隷商の元に石像があるのか? 実を言えば、聖王国が石化した人間の販売を禁止しているためです。無論ここデルファにそのような法はありませんが、聖王国の威光自体は届いております。そのため表立って扱うのは憚られており、私共のような者が裏で取引しているのです」
あることないこと含めたヤードの語りを、しばらく黙って聞いていた『竜骸』が突然声を上げた。
「これでいい」
「へ?」
「いくらだ」
またしても予想外の言葉に、ヤードは間抜けな息を漏らす。それを無視するかのように、『竜骸』は重ねて問いかけていた。
「ま、魔力の高い奴隷をお求めだったのでは?」
「これで間に合わせる。いくらだ」
「りゅ、『竜骸』様がよろしければ、私らは喜んで売らせていただきますが……」
「構わない」
「で、ではそちらは」
断言する『竜骸』に対し、ヤードは反射的に値段を告げる。それはかつて少女の石像を手に入れたギャンブル、当時の勝ち金に二割ほど上乗せした額だった。石像としては適正よりほんの少し高い価格。それを聞いた『竜骸』は、この店に入って初めて首を縦に振った。
「払おう」
こうして長い長い商談は、一言返事であっけなく幕が下りた。
「あ、ありがとうございましたー!!」
石像を軽々持ち上げ立ち去る背中を見送りながら、ヤードは安堵のため息を吐く。無事帰ってもらえた。店には死人どころか何の被害も出なかった。想定よりはるかに儲けは少なかったものの、代わりに厄介払いが出来た。何度も死を覚悟したが結果だけ見れば上々だ。
そして何より、あの『竜骸』相手に商売を出来た、という箔がついた。これは金では賄えない大きな儲けだ。裏社会と隣り合わせの歓楽街では、デルファに根差した組織が大きな力を持っている。そのため聖王国出身の、いわゆる外様であるヤードは長い間肩身狭く過ごしていた。
しかし今日、ヤードは『竜骸』により一つの大きな看板を手に入れた。面子と度胸を重んじる裏社会において、これは非常に強力な武器となる。そのためヤードはなんと、『竜骸』に感謝の念すら抱き始めていた。もちろん、もう二度と会いたくないとは思っていたが。
(お話長かったなぁ……たくさん説明してくれたけど、緊張してよく分かんなかった)
ただ、その相手がこんなことを思っていたのは、一生知らなくていいだろう。
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