毘沙門天
第4話 毘沙門天その1
大黒天の悩みを解決してから数日が過ぎた。
青年は、あの不思議な部屋のことが頭から離れなかった。神々の相談室のような空間と、そこでの奇妙なやり取り。まるで異世界に迷い込んだような体験だったが、不思議と楽しく、何より居心地が良かった。
そして今日、再び神社を訪れると、天照大神が待っていた。
「やあ、こんにちは」
天照大神はにこやかに挨拶をした。
「この間は助かったよ。ありがとう。」
その言葉の前に、天照大神はふと青年を見つめ、口元にいたずらっぽい笑みを浮かべた。
「ところで、彼女はいるのかい?」
「えっ? いや、いきなり何の話ですか」
「この間のお礼に、神力でなんとかしてやろうかと思ってさ?」
「ちょっと待ってください、それ絶対ロクなことにならないやつじゃないですか!」
青年は慌てて手を振った。いくら天照大神の力が強大とはいえ、いや、強大だからこそ何かとんでもないことになりそうだった。
「まあまあ、そう警戒することはないだろう? 美しく聡明で、お前にぴったりの相手を引き寄せてやるくらいなら……」
「自分で何とかします! というか、そういうのは自力で頑張るからこそ意味があるんですよ!」
天照大神は肩をすくめた。
「貸し…!貸にしといて下さい!」
青年が戸惑いながら必死に考えた結果の答えだった。
その言葉を聞いた天照大神は愉快そうに笑い、手を叩いた。
「貸しね…それも良いか。わかった、それは置いといて、本題に入ろうか。実はまた相談に乗ってほしいことがあってね」
青年は天照大神の表情を見て、少し身構えた。前回の大黒天の件も、最初は単純な悩み相談かと思いきや、まさか袋の中身を整理するという作業になるとは思ってもいなかった。今回もまた、何かとんでもない展開が待っているのではないか──そんな予感がした。
「えっと、今度はどんな相談ですか?」
天照大神はくすっと笑い、部屋の奥に視線を向けた。
「今回は、毘沙門天からの相談なんだよ」
「毘沙門天様? たしか、戦の神でしたっけ?」
「そう。だけど、彼の悩みは戦とはまったく関係ないんだ」
天照大神が手を振ると、ふわりと空間が歪み、そこに豪壮な鎧をまとった威厳ある姿の神が現れた。しかし、その顔にはどこか疲れたような、悩み深い表情が浮かんでいた。
「はじめまして、私は毘沙門天。天照大神から話は聞いている」
青年はその堂々たる姿に少し圧倒されながらも、ぺこりと頭を下げた。
「どうも、はじめまして。毘沙門天様の悩みって、一体なんですか?」
毘沙門天はため息をついた。
「実は、誰も私に話しかけてくれないのだ」
「えっ?」
青年は思わず聞き返した。
「いやいや、そんなことないでしょう? 毘沙門天さんって、信仰も厚いし、頼れる神様ってイメージがありますけど」
「それがな…原因はおそらく、これだと思うんだが」
そう言って毘沙門天は足元を指差した。青年がそちらを見下ろすと、なんと彼の足の下には小さな青黒い姿の餓鬼が踏みつけられていた。
「…これは?」
「私の足元には、常に餓鬼がいるのだ。これは仏教の教えに基づいており、餓鬼を踏むことで悪しき者たちを制し、世の平穏を守る役割を果たしている。しかし……」
「しかし?」
「どうやら、それが怖がられる原因になっているらしいのだ」
「まぁそうでしょうねぇ」
青年は改めて餓鬼をじっくり見た。小さく痩せ細った体で、今にも泣きそうな表情を浮かべている。
とりあえず餓鬼にも話を聞いてみるか。
「えーっと、もしかして、その…要望とかありますか?」
餓鬼はぎこちなく顔を上げ、小さな声で呟いた。
「正直、辛いです。毎日踏まれっぱなしで、もう休みがほしい…」
「ああ…」
青年は何とも言えない気持ちになった。確かに、ずっと踏まれていたら誰でも辛いだろう。
「それなら、餓鬼を別の場所に一時的に預けるのはどうですか?餓鬼が居ない時間を作ったら話しかけてくる人は居そうですが。」
青年が提案すると、毘沙門天は困ったように腕を組んだ。
「それができるなら私もそうしたいのだが…どこに預けるというのだ?」
「…天照大神のところでどうですか?」
「絶対にいやだ!!!!」
天照大神の即答だった。
「どう考えても嫌だよ! なんで私が餓鬼の面倒を見なきゃいけないんだ!」
「でも、天照大神様ならどんな存在でも受け入れる広い器が…」
「いや、無理無理無理! そんなの絶対ごめんだね!」
天照大神が首をブンブン振るのを見て、青年と毘沙門天は思わず顔を見合わせた。
「そうですか…」
「うむ…」
さて、どうしたものか。
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