記憶喪失の私が元親友を名乗る少女とイチャつきながらこの閉鎖的な収容所の秘密を暴く
茅原水脈(かやはらみお)
序章
第1話 ここはオルデン——私たちの家——
目が覚めると、見知らぬ場所にいた。ゆっくりと体を起こすと、綺麗なスタンドグラスが目に入る。突然、ズキズキと頭痛がした。そして、断片的な記憶を思い出した——ここを出て——誰かがそう言っていた。しばらく呆然とするうちに、あることに気がついた。私は、自分が何者であるのかすら、全く思い出せないのだ。自分の両手を見る。肌は白くてぷにぷにしている。私はどうやら十八歳くらいの若い女であり、白いワンピースを着ているようだ。ここはどこなのだろう。辺りを見渡すと、部屋はこぢんまりとしていて、木造の建物でところどころ装飾があった。混乱した頭を抱えていると、ドアが開く音がした。
「エマ、起きてこないけどどうかしたの」
声の方を見ると、十代半ばくらいの女の子が立っていた。小柄で、肩くらいまでのウェーブした金髪が特徴的だ。
「あなたは……誰?」
「誰って、サラだけど……エマ、どうしたの? やっぱり、昨日のこと?」
サラと名乗った女の子は戸惑いを顔に浮かべていた。昨日のこと? さっぱり思い出せない。
「記憶が……無いの」
私は身振り手振りを交えて精一杯伝えた。言葉がなかなか出てこない。
「私、エマっていうの? ここはどこなの?」
「ちょっと、冗談でしょ、エマ。ふざけないでよ」
サラと名乗ったその人は驚きと困惑の混じった表情をしていた。
「ほんとにわからないんです……ここはどこなんですか」
私の顔をジロジロ見て、ようやくサラは納得した様子だった。
「ここはオルデン。私たちの家よ」
「オルデン……『私たち』ってことは、あなたと私ですか」
「他にももっといっぱいいるわ。とにかく、一度広間に行きましょ。そしたら何か思い出すかも」
オルデンという言葉には聞き馴染みがあった。しかし、どこかその響きに不穏なものも感じる。やはり私は、ここを出て行かなくてはならないのだろうか。不安に思いつつも、私はサラに着いて行った。
他にも同じような部屋が並んだ廊下を抜けると、大きな部屋に出た。そこには巨大なステンドグラスがあり、その前には祭壇のようなものがあった。蝋燭が煌々と燃えている。
「エマ、おはよう!」
おはよう、おはようと幼い女の子たちの集団が次々に話しかけてきた。
「大変なの、エマ、記憶喪失になったみたい」
サラが女の子たちに説明する。
「記憶喪失? エマ、私たちのこと忘れちゃったの?」
女の子たちは戸惑った表情をしていた。私は困ったような顔をしてみせるしかなかった。サラは女の子たちの頭を順々に撫でる。
「今日はエマのこと新入りだと思って、色々教えてあげてね」
「新入り……? おお、新入りか! いいね! 今日はエマに何でも教えてあげるよ」
サラの言葉に女の子たちははしゃぎ始めた。サラはよく慕われているようだった。
「まずは、お祈りの仕方ね」
サラが声をかけると、いつの間にかその場に集まっていた三、四十人が一斉に列を成して座った。全員が若いまたは幼い女性である。みんな私と同じ白いワンピースを着ていた。、サラは祭壇の前に立ち、何かを唱え始めた。
「母なる光よ、我らに祝福を。祈りとともに、我らは汝のもとに」
そして、全員がその言葉を繰り返す。
「母なる光よ、我らに祝福を。祈りとともに、我らは汝のもとに」
その様子はとても荘厳で、しかしどこか不気味だった。私はとっさにその祝詞を覚えられず、跪いて床に頭をつけるその姿勢だけ真似した。ここは特定の宗教を信仰する人たちの集団生活を営む場なのだとなんとなく理解した。
「では、みんな。朝食の準備を」
広場にはあっという間にテーブルが用意され、小さい子まで全員が協力して食器を並べ料理を運んでいる。私は上手くその間合いをつかめなくて、ボーッとしていた。
「エマ、このフォーク配って」
気を遣ってとある幼い女の子が一人話しかけてくれた。
「エマ、私のこと忘れちゃったんだよね。私はね、マリアだよ。よろしくね」
マリアというその子はツインテールが印象的だった。
「よろしく、マリア」
そう言って私はフォークを受け取り、テーブルに並べ始めた。癖のある豪華な装飾で、眩しい銀のフォークだった。
「いただきます。聖なる母の恵みに感謝を」
「感謝を」
みんなはまたお祈りをしてから、静かに朝食を食べ始めた。小さなパン一つにサラダ、牛乳。私には少し物足りなかった。
「ごちそうさまでした」
またみんなで揃って手を合わせるまで、一言も喋る者はなかった。片付けも準備と同じく手際よく進んで行く。また私が要領悪くあたふたとしていると、今度はサラが話しかけてきた。
「エマは私と一緒に次の活動の準備をしよう」
サラに連れられて廊下を歩いていくと、中庭に出た。四角く切り取られた青空が優しく輝いていた。中庭にはたくさんの薪が積み上げてあった。
「ここに花を飾ろう」
言われるがまま、私はサラが持ってきた花束を受け取り、一本一本薪の中を飾り付けするように置いていく。キャンプファイヤーみたいなもんだろうかと思った。しばらく続けていると、みんなも中庭に入ってきた。比較的年齢の高そうな四人組が、何やら四角い大きな箱を運んでいる。
「これから何するの?」
サラに尋ねると、
「今日は、お別れの儀式をするんだ」
そう答えた。何のことだろう? と首を傾げていると、四人組は四角い箱を薪の山の頂上に乗せる。その瞬間、その箱が棺だということを直観的に理解した。火のついた薪をもった幼い少女が、それを薪の中に添える。すると、火はあっという間に燃え広がり、棺を包んだ。
「母なる光よ、ミカに祝福を。永遠の安らぎを」
サラがそう唱えると、同じようにみんなそう唱える。誰も泣いていないのが不思議だった。亡くなった人の名前——多分、ミカというのだろう——にはどこか聞き覚えがあった。私の記憶がない間、一緒に過ごしてきたであろう仲間の死に、少しだけ胸の痛みを感じ、手を合わせた。
「こんな大事な時に、その人のこと忘れちゃって、申し訳ないな」
私が溢すと、サラは
「いいんだよ、覚えてなくても。今ミカのことを悼む気持ちがあれば」
と答えた。オルデンの人々の価値観は独特なのだろうと思った。薪が燃え尽きる前に、みんなはその場を立ち去った。お骨は誰かが回収に行くのだろう。
その後は同じように昼食を食べて、午後の活動が始まった。年齢別に教室のような部屋に集められた。先ほど棺を運んでいたうちの一人が先生だった。黒板の前に立つ、先生役と思しきその人は言った。
「エマのためにもう一度自己紹介しましょう」
「覚えてなくて、すみません」
少し笑いが起きた。
「私はセリナよ。エマたちの授業を担当しているから、覚えていてね」
私は頷いた。みんなが私の動きに注目しているようでなんだか恥ずかしかった。
「私はルナ。よろしくね」
サラと反対側の隣にいた少女が教えてくれた。おでこがすべすべとして印象的だった。そんな調子でみんなが自己紹介をしてくれたが、残念ながら覚え切ることはできなかった。
授業の内容は、何かの物語を先生が解説するというものだった。もしかすると、聖書のようなものかもしれない。よく理解はできなかったが、とりあえず渡されたノートにメモはとっておいた。
夕食も同じように済ませ、次は入浴をするらしい。サラに連れられて歩いていくと、大浴場のような場所に出た。みんなはすでにそこにいて、服を脱いで体を洗っている。
「じゃあ、エマも脱いで」
「うん」
サラに見られながら服を脱ぐのはなんだか恥ずかしかった。それに、みんなと比べると私は少し太っているようだった。お腹についている贅肉を摘んでいると、サラに笑われた。
「気になるんだ。記憶がないから」
「まあ、なんとなく……」
「これからも、たくさん食べて、元気なエマでいてくれたらいいよ」
サラはやわらかい笑顔で言った。歯の奥がむずかゆくなるような恥ずかしさがあった。
朝いた部屋に戻され、ベッドでしばらく休んでいると、サラが部屋に入ってきた。
「エマ、まだ起きてたんだ」
「うん」
「私ももう寝るから、もう寝よう」
そう言ってサラはベッドに入ってきた。
「え、一緒に?」
私たちの見かけの年齢からして、一緒に寝るのはかなり不自然だった。サラは笑っている。
「あははは、変だと思う?」
そう言ってサラは私の前髪をめくった。そして、あろうことがそのままおでこに口づけした。
「え!?」
「おやすみ、エマ」
そして、サラはそのまますぐに寝息を立て始めた。私は一晩中眠ることができなかった。
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