蒼黒のラピスラズリ

叶崎奏命

第1章 聖剣世界ブレイドヘイム

第一部 出会い

ここはどこ?

広がる草原。青空の下、風に揺れる草が波のようにそよいでいる。その穏やかな光景の中で、俺はただ呆然と立ち尽くしていた。


「ここは……どこだ?」


自分の声がかすれ、頼りなく響く。喉の奥が渇いていることに気づき、言葉を続けようとしたが、何を言えばいいのか分からなかった。ただ、胸の中にぽっかりと空いた穴があるような感覚が広がっていた。


記憶がない。名前は――アキラだ。それだけは分かる。しかし、それ以外は何も思い出せない。自分がどこから来たのか、ここがどこなのか、なぜここにいるのか――全てが霧の中に閉ざされていた。


「俺は、何をしていたんだ?」


手にしている黒と青のローブを見下ろす。その手触りとデザインには、どこか馴染み深さを感じる。おそらく、自分が着ていたもので間違いないはずだ。それがどこで手に入れたものなのかは思い出せないが。


ふと胸元に視線が移った。首から吊るしているロケットペンダントが、微かに揺れている。アキラはゆっくりとそれを手に取り、無意識に開いた。


中には、一枚の写真が収められていた。


「この子は……」


そこには、自分の隣に立つ一人の女性が写っていた。長い蒼色の髪に一筋の黒のメッシュを入れている、優しい笑顔を浮かべる魔女帽子を被った女性を見た瞬間、胸の奥が不思議な感情で満たされる。それが何なのか、彼には分からなかった。ただ――


「俺は、この子を……」


言葉が喉の奥で詰まる。写真を見つめるほどに、自分がこの女性をどう思っていたのかがぼんやりと感じられる。大切だった――それだけは確かだ。


だが、思い出せない。名前も、関係も、どうしてこの写真がペンダントに収められているのかも。


「俺は……この子のことを思い出さないといけないんだろうな」


小さく呟くと、アキラはロケットペンダントをそっと閉じた。それを握りしめ、胸元に戻す。自分がここで何をすべきか分からない。しかし記憶が戻らなくても、このペンダントの中の彼女の存在が道標であることは理解できた。


一度深呼吸をし、周囲を見渡す。草原が広がる中、遠くには森が見える。その先に何があるのかは分からないが、立ち尽くしていても何も始まらない。


「歩こう。何か分かるかもしれない」


自分の声に言い聞かせるように呟くと、彼は足を踏み出した。草の感触が足元に広がる。風の音が耳に心地よく響くが、それでも胸の奥には静かな不安が漂っていた。


しばらく歩き続けると、遠くからかすかな音が耳に届いた。それは、金属がぶつかり合うような音だった。


「……戦闘……?」


聞き慣れないはずの音。しかし、なぜかアキラにはその音が何を意味するのかすぐに理解できた。それは、剣と硬い何かがぶつかる音――戦いの音だ。


音が聞こえる方向に目を凝らす。遠く、草原の先で何かが動いている気配がある。はっきりとは見えないが、確かにただの風の音ではない。アキラは立ち止まり、思案する。


行くべきか、それともここで引き返すべきか。自分が何者なのかも分からない今、戦いに巻き込まれるのは危険だろう。しかし、足は自然と音のする方へ動き始めていた。


「行ってみなけりゃわかんない、だよな」


その疑問を胸に抱きながら、アキラはゆっくりとその音の方向に歩き出した。足取りはまだ重い。それでも、ペンダントの重みを感じるたびに、胸の中に決意のようなものが芽生える。


この見知らぬ世界で、自分が何を失い、何を取り戻すべきなのか。答えを探すためにも、まずは現状を知る手掛かりに食らいついていくべきだろう。


そして、戦いの音がますます近づいてくる中で、アキラの口は自然と動いていた。


「アズール……?」


胸の奥から浮かび上がったその名前。その意味を思い出せないまま、彼はただその先へと進んでいった。彼女の名前なのだろうか。


運命の歯車は、今動き始めたーー

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