6 あんた感じだすよ

 日本国大統領譲葉サユ、秋田国首長佐竹ルイ15世、ベスプッチ帝国皇帝ジーザス・クライスト・スーパースターの三者は、会談の座についていた。

 場所は京都の寺院である。石庭には枯山水の庭があり、静かな冬の京都、といった風情であった。


「まずは、君がいちばんに話すべきではないかね」


 ジーザス・クライスト・スーパースターが流暢な日本語でそう切り出す。話の向けられた先は会談をセッティングした譲葉サユだ(まあ実際のところ部下に丸投げして寺院を貸し切り抹茶やらお菓子やらを用意させたのだが)。


「あー……なんで、皇帝陛下は秋田国に協力するの? なにかいいことがあるの?」


「秋田国のハタハタ・ズシとニホンシュは最高だからね」


「……は?」


 譲葉サユは喧嘩腰である。そりゃそうだ、食べ物と酒が目当てで自国が危ういのだから喧嘩腰にもなろうというものだ。

 そして譲葉サユはまだ高校生なので、うまいものを肴にして熱燗を飲んで酔っ払う快感を知らないのである。


「ハタハタ・ズシにせよ、ニホンシュにせよ、そこには秋田の伝統がある。それだけで守価値大アリではないかね? 伝統は途切れたら終わりだよ」


「伝統とか興味ないし。古いよりは新しいほうがいいじゃん」


「大統領閣下はポケモン工芸展観にいがねがった……見に行かなかったんですか?」


「ポケモンとか小学生とおじさんおばさんの遊ぶやつでしょ? 興味ない」


「んだすか……」


 気まずい沈黙。


「たとえば大統領。この石庭を見てどう思われる?」


「いや、石だなーって」


「そうか。この美しさと神秘は、高校生には理解するのが難しいようだ。この石庭は美しい。違うかね、佐竹殿」


 いきなり時代劇のように呼ばれて、佐竹ルイ15世は背筋を伸ばし、いずまいを正した。


「そう……ですね。こういういんた……このような伝統ある寺社仏閣は、いままで修学旅行でしか訪れたことがありませんが、とても見事だなあと」


「はぁ? 秋田県民がなに言ってるの? あの田舎に学校があるの? まともにしゃべれないくせに勝手なこと言わないでちょうだい」


「彼はまともに話しているじゃないか」


「まともな日本人は『いがねがった』とか『んだすか』とか『こういういんた』なんて言い方はしません」


「HAHAHA。方言を笑うのだね。私の英語はユタ訛りがキツくてニューヨークじゃ通じないしイギリスに行くとバカにされるんだ」


「えっ」


「えっ」


「だから自動翻訳に頼ると言葉が通じなくなる。それで日本語を覚えたんだ。まあ日本語を覚えたのはシンプルにアニメやマンガなどのクール・ジャパンを原語で読んだり視聴したりしたかったからなんだが」


 ときに、とジーザス・クライスト・スーパースターは笑顔になる。


「秋田はあまりクール・ジャパン的なコンテンツが多くない土地という認識だけれど、タカオ・ヤグチという漫画家の名前は知っているよ。美しい自然を描いた漫画家だとか。えーっと……『つりきち』……」


「ああ、『釣りキチ三平』だすな」


「ストーリーは知らないのだが、絵を見れば秋田の自然が豊かで素晴らしいことが伝わってくる。それを、サユ・ユズリハ。あなたはぶっ壊そうとしたのだよ」


「いまは開発されてあんな美しい自然なんか残ってません!!!!」


「いや? いまもあんた感じだすよ?」


 ジーザス・クライスト・スーパースターが訛っていることを知った今、佐竹ルイ15世も堂々と訛ることにしたのだった。


「ウソでしょ!?」


「ウソでねっす。白神山地だとか小坂七滝だとか、八幡平とか……あんた感じだすよ?」


「はあ!?」


「せば、来てみるスか? ちょうど冬だし、八幡平でスキーでもせばいいってねすか?」


「スキー……」


 ◇◇◇◇


「ウワァー!!!! 雪だー!!!! 真っ白でまぶしー!!!!」


 譲葉サユはハイテンションであった。

 佐竹ルイ15世の計らいもあり、お忍びで八幡平スキー場にやってきたわけである。


 インストラクターに簡単な滑り方を教わり、すらすらとパラレルができるようになり、譲葉サユはスキーを満喫した。クタクタになるまで滑りまくったので、そのままセキュリティの整った車に乗せて温泉まで連れて行く。温泉の風呂で汗を流し、昼ごはんの時間となった。


「きょうのために、もう細々としか生産されていない作物を片っ端から集めて作ったきりたんぽ鍋だす。召し上がってけれす」


「え、きりたんぽって汚い農家のお婆ちゃんが手でコネるあれでしょ? やだ、食べない」


「……流石に衛生的にビニール手袋して作るスよ」


「そーなの? じゃあ……もぐもぐ……もぐもぐ……うま……!!」


 譲葉サユは表情を明るくした。なんというかマンガだったら「ぱあああ……!」と書き文字の入る顔だ。


「なにこれ超おいしいじゃん! なんでこんなおいしいもの秘密にしてたの!?」


「比内地鶏やセリといった食材を生産している農家が、もう県内でも数が少ねくて、県内でもよほどのパワーがねば作らえねんだすよ」


「へえー……それも人口減少ってやつ?」


「んだす。県内の9割7部の土地が限界集落だす」


「げんかいしゅーらく……」


「さ、食事のあとも楽しいアクティビティが待ってらすよ」


「わーい! 次はなにするの!?」


 佐竹ルイ15世は不敵な笑みを浮かべた。


「……『触れ合い』だす」(つづく)

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