3 どうにかさねばなんね
ずぅん……
ずぅん……
日本海の向こうから、その巨大な影は秋田国に近づいていた。
「あいしか……」
なお「あいしか」というのは「あわわ……」というような意味である。
ポートタワーセリオンから、その影を見ていた秋田国の兵士は、思わず震えた。
洋上風力発電を薙ぎ倒して、巨大な影は吠えた。
巨大な影の背びれは、ビカビカと青白く輝き、次の瞬間にはポートタワーセリオンは消し飛んでいた。
これが秋田国の歴史に残る「ゴジラ侵攻」である。
日本が持ち出したのは、他ならぬモンスターの王――「ゴジラ」であった。核兵器によって生まれたモンスターは、まさに神のごとき破壊力をもって、秋田に炎を放ったのであった。
◇◇◇◇
「蒲田くんは可愛い。それはそれとして、あのゴジラをどうにかさねばなんね」
秋田県知事から秋田国首長となった佐竹ルイ15世は顔を上げた。
なお「さねばなんね」というのは「しなくてはならない」という意味である。そして佐竹ルイ15世は猫が大好きなので、シンゴジの蒲田くんが好きなのであった。あのお尻をフリフリして狙いをつける仕草は完全に猫だと思うのだが、どうだろうか。
「だども……どうやって反撃するすか? もう『笑う岩偶』の力は使えねんだすべ?」
そうなのだ、「機動戦士ガンダム」に対抗するべく用いた「笑う岩偶」の力は、いちど使えば5000年待たねば発動できない。
使い所を誤った。佐竹ルイ15世はそんなふうに考えていた。
なにか対抗する策はないか。佐竹ルイ15世は、愛猫ミケちゃんを抱えたまま右往左往して、ミケちゃんにあごを噛まれていた。
「殿! でねくて首長! 観測所が『八郎太郎』の活性化を確認したす!!」
佐竹ルイ15世はかつてこの地を収めていた佐竹家の末裔である。それゆえかつて県民には「殿」と呼ばれ親しまれていたわけだが、とにかく佐竹ルイ15世は伝令のほうを振り返った。
「あの『八郎太郎』が……!? あれサ対抗するには、それしかねえんでねっか!?」
◇◇◇◇
海の向こうから、ずうん、ずうん、と迫ってくる「ゴジラ」は、秋田県など踏み壊せる、と思っていた。
しかしそれは誤りであった。
「ゴオオ……」
ゴジラはその、凶暴そうな顔を八郎潟のほうに向けた。
八郎潟の稲作地帯から、ゴジラに負けず劣らず巨大な影が立ち上がる。
それは秋田県の守護者、「八郎太郎」であった。
巨大な体躯のその竜は、のし、のし、と歩みを進め、前脚で「ゴジラ」の頭を掴んだ。
「ゴオオオ……」
「おめは……海サ還れ!!!!」
守護者「八郎太郎」は全力で「ゴジラ」を海に沈めた。日本海の荒波がゴジラに襲いかかる。
そのまま「ゴジラ」は日本海に急速に沈められ、それからすぐ浮上させられ、水圧の急激な変化により大ダメージを受け、動かなくなり水中にゴボゴボと沈んでいった。
「勝った……んだか?」
佐竹ルイ15世は望遠鏡で様子を見ていた。戻ってくる「八郎太郎」は意気揚々としていた。
要するにシンゴジの無人在来線爆弾が使えないならゴジマイのワダツミ作戦を選んだ、ということである。
むろん「八郎太郎」がゴジマイを知っていたわけではないだろう。あくまで本能的な行動……ということだ。
ポートタワーセリオンは消滅し、かの伝説の野球選手、吉田輝星のサインは永遠に失われたが、これは秋田国側の大勝利であった。
◇◇◇◇
「はあ!? ハチロータローってなに!? わけわかんないんだけど!! どういうこと!?」
「大統領閣下、申し訳ございません……!」
「謝って『ゴジラ』が戻ってくるなら何度でも謝ってもらうけど、まじ意味分かんない! なんで?! なんであのクソ田舎に、『ゴジラ』に対抗できる戦力があるわけ!?」
譲葉サユはブチギレていた。
秋田県を滅ぼせると信じていた「ゴジラ」がいとも容易く撃破されたのを、信じられないという表情だ。
「で! ベスプッチ帝国のジーザスなんちゃらはどうしてんの!?」
「今のところ動きはありません」
「ふぅん……ならもっと一気にやっちゃえばいいんだ。あの……お笑い芸人みたいな神様も、ハチロータローとかいうやつも、もう動けないんでしょ? 秋田国の、ざぁこ♡」
そうして、譲葉サユは「天空の城ラピュタ」と「巨神兵」を動員する大統領令にサインをした。
◇◇◇◇
「殿、いや首長! 各地で食料やガソリンや灯油が尽きかけてらす!」
「あいしか……そらそだべなぁ……どうしたもんだべなあ……」
譲葉サユは脳みそガバガバの女子高生なので、「兵糧攻め」という概念を知らなかったわけだが、秋田県はクソ田舎なので勝手に兵糧攻めされることになってしまっていた。
ガソリンがないと移動できない、灯油がないとファンヒーターをつけられない。県、いや国外産の食糧がなくては食事もままならない。コメと酒はたくさんあるのだが、それだけで生きていくことはできない。ハタハタも令和の禁漁ののち漁獲量が昭和の時代なみに戻っていたが、冬しか獲れない魚に頼るわけにいかない。
そのうえベスプッチ帝国からの密書には、譲葉サユが「天空の城ラピュタ」や「巨神兵」などの兵器を動員してくる旨がバッチリクッキリ書かれていた。
「県内、いや国内の油田から採掘はできねんだか?」
秋田では石油がちょっと出るのだった。
「全力でやってらすが、芳しくねえ状況だす」
「もうベスプッチ帝国に頼らねばなんねぇんだか……」
佐竹ルイ15世は頭をかかえた。ここでベスプッチ帝国が動いたら、秋田国は確実にベスプッチ帝国に恩を売られた形になり、この先いいように使われるだろう。
まあいいように使われるほどの経済力も資源もないわけで、もはやベスプッチ帝国に頼る一択である。
それはあたかも、日本国が「マイナンバーカード」を普及させる直前、「情報が抜かれるからマイナンバーカードを作ってはいけない」と言っている人が抜かれるほどの情報を持っていないのと同じであった(なお書いている人間は2025年2月現在マイナンバーカードを作っていません、面倒なので)。
とりあえず物資だけでも頼らねばならぬ。佐竹ルイ15世は密書の返事に、食糧と灯油、ガソリンの提供を求める由を書きこんだ。
その2日後、ベスプッチ帝国の軍用ヘリが、大量の冷凍ピザと灯油、ガソリンを運んできた。(つづく)
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