女のために世界を救う

蒼井ルカ

第1話 女のために惚れ魔法を作る


 俺、ライゼル・ウィズダムは天才魔法使いだ。

 十八歳にして賢者と呼ばれた俺はとにかく女にちょーモテた。

 才能を買われて、国王の住まう宮廷に勤めてたもんだから肩書も完璧。

 俺になびかない女など存在しないと思っていた。

 だが、そんな俺を唯一振った女がいたんだ。


 エリザ・ルミナルク。

 ルミナルク王国第三王女。

 氷の様な瞳と透き通るような銀髪の美しい娘。

 一目惚れだった。

 

 始めて宮廷で彼女を見かけた時、あまりの衝撃に気づけば声を掛けていた。


「やぁ王女様。俺と少し話でも」

「あなたみたいな傲慢で軽薄な人、嫌いよ」

「へ?」


 ……こ、この俺がフラれただと⁉

 膝立ちで硬直する俺に一瞥もくれることなくエリザは去っていった。

 あとから聞いた話だが、エルザは一八歳になったというのに今まで誰にもなびいたことのない難攻不落の娘で、周囲も手を焼いているのだとか。

 人呼んで氷の王女。

 ククク……面白い。ならばその鉄壁の牙城、俺が崩してみせよう!

 そんなわけで俺はエリザを振り向かせるためにあらゆる手を尽くした。

 傲慢な態度を改め、女性関係を全て清算、来る日も来る日も話しかけに行った。

 しかし。


「しつこいわ」


 ことごとく撃沈。

 そんなある日、俺が王女に言い寄っていることを耳にしたのか、国王が俺を玉座の間に呼び出した。

 恐る恐る謁見に向かった俺を迎えたのは一国の主ではなく、一人の父親の顔をした国王だった。


「ライゼル・ウィズダム。王立魔法学校を首席で卒業。我が城で働き出してから発表した魔術論文によって魔法学が十年は進んだと言われている。確かに其方ならば我が娘の婚約者として不足はない。だが……」


 王は底冷えするような声で続けた。


「娘が嫌がっている。これ以上近づこうとするならその命、ないと思え」

「ハ、ハイ……」

 こ、こえぇえええええええ!


 と言った感じで割とガチめの警告を受けてしまった。

 流石の俺でも行き詰まりを感じていたある日、名案を思い付く。


 そうと決まれば善は急げと、周囲からの反対を振り切って宮廷の仕事を退職。

 山奥にある自分の魔法研究室に閉じこもった。


 そして二年後。


「……ついに、ついに完成したぞ! 惚れ魔法!」


 そう、二年前に思いついた名案とは惚れ魔法の開発!

 これを使えばどんな異性だろうとイチコロ。

 フハハハハハッ!相当苦労させられたがこれであの氷の王女も俺にメロメロよ!

 国王も娘が俺に惚の字なら殺されることもないだろう!

 よしさっそく使いに……の前にちゃんと身だしなみ整えないとな。

 仙人みたいな髭でエリザに会う訳にはいかん。


 髭を剃ってさっぱりしたところで研究室の扉を開ける。

 二年ぶりの外。王国はどうなってるかな……ってんんっ⁉

 

「あれ、国滅んでね?」


 遠くに見えたのは王国で本来魔王領にいる魔族が、人間達を働かせている光景だった。


 俺が引きこもってる間に何があった?

 俺が情報収集の為、ルミナルク王国に繋がる森の中を歩いていると。


「きゃぁああ!」


 鋭い悲鳴が耳に飛び込んできた。

 声の方向に行くと角と翼を生やした魔族が人間の少女に迫っている所だった。


「ククク。この光速のウィングからは逃げられん。わかったら大人しく……」


 丁度良い。

 俺はこちらに背を向けている魔族に片手を向ける。


「『ストーム』」

「ほげぇええええええ⁉」


 俺が放った暴風を起こす魔法、『ストーム』で魔族は空の彼方に吹き飛んでいった。


「え?」


 ふむ。

 しばらく使っていなかったが攻撃魔法の腕は落ちていないみたいだ。

 俺は呆然と尻もちをつく少女に手を差し出す。


「大丈夫か?」

「え? あ、はい!」


 少女が俺の手を取って立ち上がる。


「えっと、あなたは……?」

「ライゼル・ウィズダム。天才魔法使いだ」

「へ? あ、ボクはイルル・クレストって言います」


 可愛いなこの子。

 歳は十代半ば程。黒髪のポニーテールと大きな青い瞳が特徴的だ。

 愛らしい容姿と小柄な体は小動物を彷彿とさせる。

 そこでふと、とある欲望が鎌首をもたげた。


 惚れ魔法を試したい!


 そう、天才の俺が二年間かけて開発した惚れ魔法だが、実践はまだだった。

 理論的には完成しているのだが、やってみない限りはわからない。

 ……念のため言っておくが俺はエリザ一筋だ。

 これは惚れ魔法の効果を試すだけ。試すだけなので邪な感情なんて一切ない!

 

「あ、あの……なんでニヤけてるんですか?」


 おっと危ない。

 イルルの指摘を受け、俺は慌てて表情を取り繕う。


「な、なんでもないぜ? それはそうと……」

 

 俺はイルルに片手の人差し指を向け、惚れ魔法を発動させる。

 

「『ヒプノーシス』」


 どうだ⁉︎


「えっと……何かしました?」

 

 きょとんと首を傾げるイルル。

 効いてない、だと⁉︎

 俺の魔法が不完全だったのか……? いやそんなはずはない……。

 俺は原因を見定めるべく、イルルをじっと観察した。

 やはり可愛い。可愛いが……。

 一人称が『ボク』、平らな胸、僅かに浮き上がった喉ぼとけ。

 以上のことから一つの仮説が脳内に浮かび上がる。


「イルル、お前もしかして性別……」

「……? 男ですけど」

「男かよぉおおおおおお!」


 惚れ魔法の効果があるのは異性だけである。

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