第5話 都へ

銀霧が向かった先は、都だった。人と情報が集まる、一番の場所。そこでならタイムスリップの謎が解けるかもしれないと、銀霧は踏んだのだ。

はるばる一週間をかけて、銀霧はようやく、目的地にたどり着いた。

「ここか……」

目の前には、都との境界を示すための、大門が建てられている。その両脇には兵士が二人立っていて、門を通る者を油断なく観察していた。

(さすが、王宮のある土地だな。別に危害を加えるつもりはないけれど、通るの緊張する……)

銀霧が足を踏み出すと、兵士の一人がこちらを見た。移民の多い国とあって、様々な顔立ち、髪色の者がいるが、銀霧のような銀髪は珍しい。兵士の刺すような視線に耐えながら、銀霧は門をくぐった。

門の先にあった光景に、銀霧は圧倒された。どこを見渡しても、人、人、人。銀霧は想像以上の喧騒に驚いて、しばらくそこに立ち尽くした。

(すごい……やっぱり。ここに来るのは……一応二度目か。)

その時、前方から、かすかに人の歓声のようなものが聞こえてきた。声が聞こえた方に進んでいくと、二人の男性が、土を盛り上げただけの簡易的な舞台の上で、にらみ合っているところだった。

(あれは……)

二人、それぞれの手には、木刀が握られている。……物騒だ。一体なんのために、木刀なんか。

無意識に目の前の光景が戦争と重なり、銀霧が顔をしかめた、その時。片方が動いた。上段に構えられた木刀が、凄まじい勢いで振り上げられる。

「……!」

(あの男……強い)

少し遅れて、相手も動く。しかし、踏み込みが足りない。相手の勢いに怯んだか。勝負は一瞬で決まった。見るからに強そうな男の木刀が、相手の肩を打ったのだ。審判の旗が上げられるのを横目で感じながら、銀霧はしばらく、お辞儀をして去っていく二人の背中を見つめていた。

(剣試合か、懐かしいな)

銀霧が学生だった頃は、当たり前に”剣試合”というものが行われていた。学校では、勉学と同じらい剣技も重要視されており、毎年行われる剣試合で、その人が優秀か劣等かが決まった。ちなみに銀霧は、過去の剣試合で学年二位の成績を誇ったこともある実力者だ。

(30年前にも、剣試合が存在していたんだな……)

懐かしい、という感情と、再びこの光景が見られるなんて、というある種の驚きを抱えながら、銀霧はしばらくその剣試合を眺めていた。試合もいよいよ終盤に入り、周りの人々の熱気が高まってきた頃、一人の老人が、銀霧に話しかけた。

「旅人さんかい?」

銀霧はびくりとして、声の方を向いた。いつのまにか、白い髭をたくわえたおじいさんが、そばに寄ってきている。

(この人……足音がしなかった)

「……はい。まあそんなもんです」

老人は一見穏やかだが、棘のある視線を銀霧に向けた。どんな人間なのか、探ろうとしているようだ。しばらくの沈黙の後、老人が言った。

「剣試合に興味があるようだね?」

銀霧は視線を前に戻し、うなずいた。と同時に、周りが先ほどとは別の歓声に包まれる。茶色く長い髪を揺らしながら、舞台に上がって来た者。あの人は……。

「……女性の方も出るんですね」

老人もつられて前を見て、ああ、と呟いた。

「そういえば、最近は女性の剣士も見るようになったな。今の副兵士長は女性の方だから、その影響もあるんだろう。」

「そうなんですか」

銀霧はかすかな尊敬の念を抱きながら、舞台の上で伸び伸びと戦う女性を見た。女性が使っている、あの流派。―あの型は、もしかして。

「きみは出ないのかね?戦いたいっていう目をしてるよ」

銀霧はかぶりを振った。自分は、見るだけで十分だ。しかし、老人が次に口にした言葉に、その思いが揺るがされる。

「優勝すれば、5000ユナルだよ」

―5000ユナルだと!?

銀霧は平静な振りを装ったが、多分無駄な努力だったに違いない。それぐらい、5000ともなれば大金だ。

(それだけあれば……)

だめだと思っても、つい想像してしまう。5000もあれば、もう野宿をしなくて済むし、銀霧の好物であるみたらし団子も、たらふく食べられる。

(あたたかい布団と、みたらしの味が恋しくないといえば嘘になる)

―いや、でも。

冷静な自分の声が、その思考を妨げる。

(賞金が高いのには、理由があるはずだ。なにか裏があるのかもしれない)

―でも、勝てば5000。5000……


木刀を持った手を、思い切り伸ばす。速さに特化した渾身の突きが、見事に相手の肩をとらえた。

「赤の勝利!」

審判の声に、両方がさっとお辞儀した。”赤”と呼ばれた銀髪の青年は、無論銀霧である。

―結局、賞金につられて参加してしまった。

しかし、今更そのことを後悔しても仕方がない。参加したのなら、最後まで戦おう。

この時、銀霧はすでに五人を下している。残るは、あと一人。次がいよいよ決戦だ。

(だれが残っているんだろう、やはりあの強かった男だろうか)

木刀を手の中で滑らせ、技を一つ一つ確認しながら時間を潰していると、やがて対戦相手だろうと思われる男性が姿を現した。

(……やっぱり、あの人か)

やってきたのは、銀霧の予想通りの人物だった。その人物は、舞台に上がる途中で一度立ち止まると、訝し気な目で銀霧を見た。まるで、本当にお前が最後の相手か?と問うように。

(自分も、舐められたもんだな)

銀霧は、相手を誘うように木刀をひと振りした。相手も、渋々といった様子で自分の立ち位置に立つ。銀霧は、相手が木刀を構えるのを見届けてから、自分も木刀を斜め後ろで構えた。両者は、かすかに緊迫した雰囲気の中で、始まりの合図を待った。


男は、木刀を上段に構えながら、未だこの状況を理解できないでいた。

(この人が、決勝者か)

目の前には、長めの銀髪を肩に流し、どちらかというと細身な男性が立っている。剣試合の決勝者だから、強いことは間違いないのだろうが……はっきり言って、目の前の男からは強者のオーラを感じない。細身な上に肌も異常に白いので、余計だ。

(まさか木刀に毒を塗ったり……いや、それは流石にないか。)

男は、自分の想像に苦笑した。そんなことを考える自分も、性格の悪い奴だ。

―堂々と行こうぜ。……銀髪の剣士さん。

男は、荒々しい笑みを浮かべた。そして、その直後。審判の始まりを告げる声が、高らかに響きわたった。それとほとんど同時に踏み込んで、上段から木刀を振り下ろす。自分が得意とする、志念流の技の一つ。速さでは、完全に相手に勝ったと思われた。が、相手は軽やかな所作でそれを避け、反撃に転じた。滑らかな横なぎが、自分を襲う。

(……この流派は、)

男は相手の流派を見極めようとしたが、その思考は途中で途切れた。横から来ると思われた木刀が、斜め上から振り下ろされたのだ。

「……!」

―軌道が、読めない!?

男はぎりぎりのタイミングで攻撃を弾き、相手の勢いが緩んだすきをついて、力強い横なぎを放った。相手が体を守るように構えた木刀を、力のままに弾こうとする。しかし、それも途中で勢いが減速する。技が流されたらしい。

(まずい。今流されると……)

自分が体制を立て直す暇もなく、様々な方向から、容赦なく木刀が振り下ろされる。その一つ一つの技が、とてつもなく速い。男はほとんど勘と本能に任せ、技を避け続けた。

―この男の技……違和感がある。

男は反撃のチャンスが訪れるのを待ちながら、ただその思いを胸の内で反復していた。そして、その理由を、遅れて理解する。

(銀髪が使っている技……これは、女の技だ。)

男は過去に一度、女性剣士と戦ったことがあった。その時の経験を生かせば、目の前の技にも対処できる。男は技の軌道が見えるようになると、薄い微笑みを浮かべた。


(そろそろ、気づかれただろうか)

銀霧は、木刀を振り下ろしながら、相手の男をちらりと見やった。つくづく思うが、やはりこの男は只者ではない。故に、銀霧は出す技に少しだが細工をしていた。

(相手に勝つためには細工もありって師匠が言ってたからな……)

銀霧は、記憶の中の師匠を思い浮かべた。厳しくて、でも誰よりも優しかった、茅色の髪の女性。そう、銀霧に剣を教えてくれた師匠は、女性だった。

―あれは、いつのことだろう。

とある道場内の中央では、大柄な男性と、小柄な少年が向かい合っていた。

(どこから来る……)

銀髪の少年は、汗ばんだ手で、木刀をぎゅっと握りしめた。目の前には、道場主……銀霧の師匠、と呼ぶべき人物が立っている。しかし、銀霧にとってその人は、決して師匠と呼べる存在ではなかった。

「はあっ!」

空気をも切り裂くような気合の声が、銀霧の雑念をかき消した。木刀が上から振り下ろされる……と視認した時には、銀霧は大きく後方に吹っ飛んでいた。

「いっ……」

背中が壁にぶち当たり、銀霧は苦し気な声を漏らした。

(……痛い、)

銀霧の無様な姿に、仲間の間から嘲笑が漏れた。銀霧は歯をくいしばって体を起き上がらせると、師匠の方を向いた。銀霧を倒してなお木刀を堂々と構える姿は、”自分は誰より強い”という自信に満ち溢れている。銀霧には、その強さを誇示するかのような剣筋が、痛くて仕方がなかった。

「どうした、もう降参か?」

師匠が、煽るような口調で言う。その声に、先ほどよりも大きさを増した仲間の嘲笑が重なる。

(……負けるものか。)

銀霧は、ふらつきながらも立ち上がった。威勢よく飛び掛かり、そしてまた、飛ばされる。それを毎日繰り返して、受け身だけが上手くなっていく。

毎日痣だらけになって帰ってくる銀霧を見て、さすがに両親も心配したのだろう。銀霧は違う道場に移されることになった。移された先で、銀霧は本当の師匠に出逢う。その道場は、少年ではなく、少女のための道場だった。

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