第58話
「つまりカザンと私の利害は一致している」
釈然としないものはあったが、ここは割り切るべきだ。
「あなたが俺と手を組みたい理由は?」
「不得手なのだよ。人間とこう、やりとりすることが。とはいえ貴殿とは比較的気兼ねなく話しができるな。なぜかな?」
話しかけやすいとはよく云われるが、それ以前にユーリップとの日々が下地にあって、知らないうちに俺は魔王慣れしていたのかもしれない。
「魔王慣れってなんだよ」
「ん?」
「ああいや」
ゴシャの申し出を拒否する理由もない。それどころか、こちらから頼んでもいいくらいの話だと思う。俺はゴシャの目を見た。好人物には見えない。底の知れない感じがする。ただ。魔王を向こうに回すことを前提とした旅であることを勘案したときに、人智を越えた力は絶対必要となるだろう。
毒を以て毒を制す。
俺は魔王ゴシャと手を組むことにした。目下の目標は死を司る魔王ネロドマイガ。その存在の封印もしくは、抹消。
「ネロドマイガに就いて知ってることを教えてほしい」
ゴシャはうむと頷いて口を開きかけ、後ろの建物を指差した。
「あそこは素泊まりができる宿だ。宿賃は薪代に毛が生えた程度で済む」
「はあ」
突然木賃宿の説明をされても戸惑うばかりだ。
「炊事場は使い放題なのだ。さてカザン殿。カザン殿は料理人だそうだな」
俺はうなずいた。頷いた後でゴシャの云わんとしていることを理解した。
「なにか作りますか?」
ゴシャは目を細めた。
宿にゴシャを待たせ、俺は買い出しに向かった。なんだか妙なあんばいだが仕方ない。市場で脂の乗った赤い魚と砂糖、酒、醤油、みりんを買い込み宿に向かった。鍋釜へっついは利用自由。水も井戸から汲み放題。ただ薪のみやや割高なものを宿から買う。だから木賃宿。
壺抜きし湯ぶりした魚を、アクを丁寧に取り除きながら煮る。落とし蓋をしてさらに煮る。いい魚さえ手に入れば、あとはどうしたってうまくいく。
「赤魚の煮つけ、できたよ」
ゴシャは目を輝かせた。なんでも食うようなことを云っていたが、やはり好物となると話は別のようだ。
ゴシャは甘辛く煮つけられた魚を頬張りながら話を再開した。
「いいか。ネロドマイガが行うのは死という概念の除去。この国の王は不死を望んでいるらしいが、おそらくネロドマイガの力を見誤っておる」
「骨気をつけてくださいね」
ゴシャは素直にうなずいた。
「カザン殿は不死をどう捉えておる?」
虚を突かれた気がして俺は暫時呆けた。
「え、あー、不死……ふ」
ユーリップの顔が頭をよぎった。
「ええと、歳を取らなかったり、病気にならなかったり、普通死んでしまうような怪我でも回復できたりすること……?」
「そうだ。意外かもしれないが、我々も人間同様死ぬ。いずれな。人とは比べ物にならないがゆっくりと歳を取る。だからカザン殿の云うそれは、ドロヴァデッドの特徴だろうな」
「え? ああ、そう、」
俺は赤面した。
「ドロヴァデッドというのは、本来不死である吸血鬼という種族が魔王となったものだからな。来歴にいささか違いがあるのだ。して、ネロドマイガの齎す不死というのはやや毛色が違う。生物としての死を迎えた後も活動を続ける、ただそれだけだ。死とは生命活動の停止であり、停止後は腐って消えゆくばかり。その腐って消え去るまでの間、形があるうちはとりあえず動ける。ただそれだけ。それだけだが、それがすこぶる厄介」
「それってつまり、死なないと云うよりかは、死んでも動けるということ……?」
「そうだ。似て非なるもの。そしてその差は天と地ほどの開きがある」
食べ終わった皿に残った骨と煮汁をどんぶりに移し、俺は熱いお湯を注ぎ入れた。魚のうまみが凝縮された煮汁を捨てるなどもったいない。ゴシャにははじめての食べ方だったようで、ふうふう云いながらあっという間に飲み干した。考えてみれば鉄だろうと食べることができる男に、魚の骨に気をつけてもないものだと俺は顔に出さずに笑う。
「……死んでも動ける。動く死体」
それは寒村デレヘンクトを出て行き遭った魔物だ。俺は腕を組む。
ゴシャはいかにも物足りないといった顔つきでしばらく手元のどんぶりを見つめていたが、やがて諦めがついたのか箸を置いた。
「それで死の魔王は何処にいるんだ?」
ゼメトのどこかにいるらしいが、そのどこかがわからない。つまりそれを俺に調べろとゴシャは云っているのだ。しかし一国を隈なく巡り情報を集めている時間的余裕はない。せめてなにか手がかりはないかと尋ねると、細面の魔王は伸びをしたような声を上げた。
「死にまつわるところ、かな。以前の奴は、墓場の只中に城を築いていた」
「以前? ネロドマイガが封印される前の話?」
ゴシャは頷き、煤けた食卓から立ち上がる。
「二千年ほど前の話だ」
「二千年前になにがあったんです?」
ゴシャは魚の骨を摘まみ上げ音を立てて食った。どうやらこの安宿に、客は俺たちしかいない。
「あの時私たちははっきりと争っていた」
戦う理由は魔王それぞれで違っていた。
ゴシャは先にも云っていた通り、他の魔王の存在が気に食わない、それで動いていた。争いごとを好む魔王はただ戦いに身を投じた。
ネロドマイガは、魔王同士の戦いに巻き込まれ労せずして人が死に行くのを眺められると、火種に油を投下し続ける意味で参戦した。
「フロイは」
「フロイは、どうだったか。残念ながら私は、フロイというほど接点はない」
それでも俺より詳しいことは確かだ。それだけで、雲を掴むような話に目鼻がついたただけで、今は十分だ。
「二千年前か」
ユーリップはそこにはいない。
「するとその時は八人の魔王が戦っていたと?」
「いや、九人だ。たしかにそうだ、ドロヴァデッドはおらなんだが、二千年前も九人の魔王が争っていた。はて、名前が出てこない。やはり八人だったか?」
ゴシャは首を捻るが、俺は昔の話に然程興味はない。とにかくユーリップを追うには他の魔王と接触するしかない。
魔王ネロドマイガを追い求めると決め、俺はこの国の王に会うことにした。当然平民であり、あまつさえ他国の人間に王との接見など容易に叶うものではない。アネムカの重鎮であるエンデミュートならばどうにかならないだろうか。
「ひとまず俺はみんなのところに戻ります。あなたはどうします?」
まさか一緒に行くとは云うまい。案の定ゴシャは、気が向いたら顔を出すと云って立ち去っていった。
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