第26話

 アバンジの遺跡。丘陵地を後背の守りにした太古の城塞都市。今は城郭を支えていた石の柱ばかりが残っている。


 魔物の巣窟として有名だが、出没する魔物がどれも癖が強いものばかりで、冒険者の多くから敬遠されている場所でもある。だからこそ俺はそこにチャンスを見出した。


 途中の野営で俺はジャゴとの約束通り、唐辛子と黒コショウ白コショウを効かせた羊肉のトマト煮込みとクスクスを作った。ジャゴの故郷の味が再現できているかどうかはわからないが、味自体は悪くないはずだ。スープにひよこ豆が入っておりそれだけでも腹は膨れるが、クスクスに汁をかけて食べると尚うまい。


 ジャゴは大きな器で三杯もおかわりをし、満腹になってそのまま寝転がった。俺もジャゴに倣って寝転がる。そろそろ夜が明けそうだ。日の光を浴びても死ぬことはないとはいえ、日中ユーリップが抜けることでの戦力ダウンは否めなく、移動日程がタイトでない限りユーリップが人型を維持できない昼の間はやはりこれまで通り休息の時間に充てることにしていた。


 焚火を中心に、俺、ジャゴ、そしてキルシマ。その背にユーリップが眠る簡易棺桶。俺もジャゴも寝転がっていたが、キルシマはまだ炒り豆を宛てに酒を飲んでいた。


「ずいぶん暖かくなったなあ、カザン殿」


 俺は半分寝かかったまま、だらっと返事をした。


「そうだね」


「イカメシ、待ってるぞ」


「今度だね」


 ジャゴも加わる。


「次は鳩のグリルをお願いしたい」


「鳩か。ありがとう」


 ジャゴはむくりと起き上がった。俺は目を瞑っていたが、体積のあるジャゴが動けば見なくてもそれくらいはわかる。


「なぜカザンが礼を云う?」


「ジャゴの頭の中には、俺の知らない、いや俺だけじゃない、俺の親父や爺ちゃんも知らなかった料理がいくつもある。それが聞けて、俺はとてもうれしい」


 それは偽らざる本音だ。俺は望んで冒険者をやっているが、根本は矢張り料理人なのだ。


「じゃあ次に遠征するときは鳩のグリルを作ろう。市場に鳩肉売っていればいいけど」


「その前にイカメシな」


「キルシマは酒が飲めればいいんだろ?」


「む。ジャゴに比べ扱いが悪い」


 男三人でいつまでもくちゃくちゃ話しているものだから、簡易棺桶からユーリップの怒鳴り声が聞こえた。


 しっかりと眠り、ゆっくりと目を覚ます。


 沈んでいく太陽を眺めていると、一番後に眠りに就いたキルシマが起き出して、そこらで小便をして戻って来た。


「ユーリップ、おはよう」


 俺は声を掛ける。がたがたと盾で作った簡易棺桶が開き、中から寝ぼけ眼の吸血鬼が現れた。寝癖が酷い。涎が垂れている。超絶的に美しい顔立ちであるのに身の回りのことに無頓着なのがユーリップちゃんだ。


 簡単に腹ごしらえをして、また歩く。


「おお見えた」


 朽ちた城壁。その向こうに見えるさらに朽ちた城の跡。それがアバンジの遺跡だ。


 ごめんくださいとキルシマが中を覗く。松明の火だけでは隅々まで見渡すことはできない。


 まず現れたのは毒のくちびると呼ばれる魔物だった。脅威等級4。地べたに張り付き、それに気づかず上を通過した人間を襲う。避けて通ればいないに等しいが、ひとたび咬まれでもすればその唾液に含まれる強烈な麻痺毒で動きを封じられてしまう。特に夜に行動する俺たちのような冒険者は要注意の魔物だ。


 べちゃりと舌なめずりする。


 月は出ているがあたりをあまねく照らすほどの光量はない。キルシマは突然地べたに伏した。


「なにをして……」


 シッ。最短の窘められ方をされ、俺は黙った。しばらくしてキルシマはあそこ、そしてあそこと毒のくちびるの貼りついている位置を指し示した。


 キルシマは地に伏し、毒のくちびるが呼吸のため口を開く瞬間を待った。月の明かりに唾液にまみれた歯が光るのを確認し、その位置、そして数を把握するためだ。見えてしまえば問題ない、避けるも殺すも自由だ。冒険者である俺たちは、その魔物が討伐対象であるか、遺骸や剥ぎ取ったものに価値があるかでそれを決める。


「行こう」


「よし」


 俺は首を傾げた。


「キルシマ? 腕が三本ある?」


 ように見える。それはキルシマの右肩に食いついた肉ナメクジだった。脅威等級3のただ馬鹿でかいナメクジ型の魔物。人に吸い付きのこぎり状の口で肉を食い千切るだけのものだが。


 キルシマは肩に吸い付いた肉ナメクジを掴んで投げ捨て、腰の刀を引き抜いた。


「たたっきる!」


 その気合や良し。しかしいくらキルシマが刀を振り下ろそうと、地面に蠢く大人の腕ほどもある大蛞蝓は傷ひとつつかなかった。


 斬撃無効だ。


 ジャゴが鉄槌を振りかぶる。打撃はまだ通ったが、ジャゴの筋力に鉄槌の効果を足した攻撃力は発揮できてない。精々刀よりはまし程度の打撃だ。


 ジャゴは呻いた。


「しまった!」


 肉ナメクジに気を取られるばかり地面のくちびるを忘れていた。ジャゴは瞬時に麻痺毒にやられ、その場に崩れるように倒れた。


「カザン殿は戦おうなどと考えるな! 指示を!」


 俺はジャゴを安全な場所まで引き摺ると先程のキルシマのように地べたに伏した。


「キルシマ、月を見て方角を判断しろ! 三歩先南東、五歩先北北東、それと十歩先東!」


 動かない毒のくちびる、動きの遅い肉ナメクジ、このまま放っておいて駆け抜けたっていい。


 駆け抜けたって。


 俺はジャゴを見た。このまま逃げ出せるかよ。仲間のかたきを討たないのでは冒険者の名折れだ。


 しかしどうする。


「突く!」


 キルシマは刀の先で毒のくちびるを突き潰した。


「槍を持ってくればよかった!」


 嘆くキルシマに肉ナメクジが蠕動して近づいていく。


「キルシマ、左足元!」


 キルシマは俺の言葉に足元を見もせず突きを繰り出した。


「二歩前、もう一匹!」


 俺の声にキルシマが前に踏み出したその瞬間、閃光が奔った。雷撃魔法がキルシマの刀に直撃し、刀身が真っ二つに折れる。


「蛞蝓ごときが魔法を使えるのかっ」


 これは新手の攻撃と見て間違いない。


 少し離れた向こうの空中に黒い蟠りが浮いている。弱い月明かりの下、薄闇が凝ったような一点。


 かつてここが城塞都市アバンジと呼ばれていた頃、宮廷付きの魔法使いが多くいた。魔法使いというのは、精神を錬磨し続ける職業だ。錬磨され続けた精神は間々、通常人が到底到達できない高みに行きつく。研ぎ澄まされた魂ならば、肉体が死しても残るものだ。


 魔法使いの残存思念が凝り固まりできあがった魔物、その名を妄執の彼方。脅威等級5。


 魔法使いの思念、研鑽の末積み上げた魔法という名の特異物を後世に残したいその妄念。それゆえその黒い蟠りは魔法を放つ。初級から中級の攻撃魔法を主としているが、怖ろしいのは魔法の使用回数がほぼ無限という点にある。


 雷光が閃きキルシマは弾き飛ばされた。


「ユーリップ!」


「わらわの力が必要かえ?」


「ジャゴの傷口から毒を吸い出せ!」


「は?」


「吸血鬼にするんじゃないぞ!」


 俺は大盾を構えた。いったい魔法攻撃にどれほど防御効果があるかわからないがキルシマを守らなければならない。


「かたじけない!」


「ほかに武器は?」


「ない!」


 俺はペティナイフをキルシマに手渡した。


「おう。まさにないよりはましだな。しかしカザン殿、あの靄の如き魔物に刃物が効くかな」


 後ろから吸ったぞとユーリップの声がした。指示しておいて俺は安心する。ジャゴの傷口は足元だ、いくら仲間だとて足元の傷を吸うのは躊躇われるのではないかと案じていたからだ。


 キルシマが飛び出した。


「待て!」


「一刺し。効き目があるかどうかを見る!」


 キルシマは素早い動きで妄執の彼方との間合いを詰め、手にしたナイフで突いた。結果は無為。敵は一度煙のように散りまた寄り集まる。


 発雷。俺は盾ごと吹き飛ばされた。


「カザン殿!」


「平気だ!」


 それよりもどうする?


 相手が気体のようなものでは、さすがのユーリップにもどうにもできまいと俺は思ったのだが、結果的にその認識は浅はかだったと思い知ることになる。


 俺はいまだ、目の前の吸血鬼の力を計りかねている。


 ユーリップは黒い靄をすべて吸い込んでしまっていた。


「ゆ」


「味もそっけもないのう」


「……平気か?」


「なんぞない」


 俺は腰から落ちた。キルシマも座ったまま笑った。


「屁となって出てこんだろうな?」


「品がないのう、浪人」


 キルシマは折れてしまった刀をしばらく眺めていたが、とりあえず格好がつかないのか折れたまま鞘に納めた。ユーリップは俺を見ている。俺はジャゴを見た。


「カザン」


「……なんだ?」


「ありがとうは」


「え?」


「ありがとうは?」


「お、おう」


 俺はジャゴの様子を見ようと近づく。


 地面が盛り上がった。


「……このタイミングかっ」


 息つく間もなく、アバンジの遺跡最強の魔物の登場だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る