第19話

 ヨロフトの搭は魔物の巣窟と悪名高い場所だが、ゼンガボルトの一団が掃除したせいか魔物との遭遇率は著しく低かった。安全に見て回れるのは有り難いが、当然獲得物も少ない。一定の成果がなければギルドは評価をしない。成果とはすなわち、魔物に奪われた物品の回収である。


 第一層はなにも得られず。


 第二層、脅威等級2等の小鬼が数匹、同等の火吹き猿が一匹、3等の人の頭部を背負ったヤドカリが一匹。


 盾での守りも必要ない。キルシマが片手で倒してしまうからだ。俺はヤドカリを塩ゆでしたものを食事に出した。茹でる前は青色がかっていた身が火が通ると赤くなって旨そうになった。


「塔の中で焚火するとは、カザン殿もなかなか豪胆なところがある」


「この依頼をこなせばおそらくC級にランクアップできる。そうすれば受けられる依頼も幅ができる」


「第五層まで行けばいいのだな? しかし第五層に到達した証拠なぞ立てられんのだろうし、行った振りして戻るのでもいいのではないか?」


「報酬は獲得物をギルドが買い取ることで決まる。なにもしないで戻れば、俺たちは数日掛けて蟹を食いに来ただけになる」


「拙者はそれでもいいがなあ。人面ヤドカリ、美味にて」


「俺は早くランクを上げて活動範囲を広げたい」


「ふむ。冒険者階級が上がりきった場合、拙者はどうなるのだろうな」


「どうなるって、どういう意味だ」


「今の四天王だが、大神官ギュンピョルン以外は冒険者上がりなのは知っているかな?」


「そうなのか?」


「知らんか。それでは多少口幅ったくなるが説明して進ぜる。ラドラ王の冒険者贔屓は国内外に有名だ。竜騎士エンデミュート、人形使いオゾオドオゾ、そして侍大将クジキリ様。皆この国で冒険者から成り上がり今の地位にある。もっともエンデミュート卿は伯爵家の出であるから、ある程度の地位は確約された身だったはずだが、冒険者として名を挙げたことで異例の速さで出世なさった。加えて申せば、クジキリ様は拙者と同じく異国の出身ながら、侍の軍団を統率する大将という要職にまで上り詰められた。これも他国では考えられぬことだろう。で、これからが拙者の懸念。もし我々が順調に格上げされていき、やがて四天王にも一目置かれる存在になった場合、クジキリ様のもとを追放された拙者はいったいどんな顔をすればよいのかとな」


「それはその時になって考えたらいいんじゃ?」


「まあそうか……いらぬ心配か」


 ジャゴはエビミソを啜っている。


 第三層、第四層も大して変わらず。


「これは骨折り損になりそうだ」


 そして俺たちは第五層に到達した。


「ジャゴの背負子が泣いてるぜ」


 俺は顔を撫でた。ゼンガボルトという男は、本当に俺の人生に立ちはだかり邪魔をするようだ。


「なあんにもない」


 俺はしゃがみこんだ。徒労感が半端ではなかった。


「カザン」


 ユーリップが呼ぶ。


「カザンっ」


 俺は緩慢にユーリップを見た。ユーリップはなぜか得意げな顔をして天井を指差していた。俺は目だけで指の先を追う。光源に乏しくてよく見えはしなかったが、天井に四角く穴が開いていた。


「……まだ上があるのか」


「しかしカザン殿、ギルドの依頼は五層までの調査であろう? もう済んだ、なにもなかった」


「いや、行こう」


「それこそ骨折り損というもの、拙者は反対だ」


 ジャゴは自分の身長と天井の高さを目測で計算し、キルシマの肩を叩いた。


「なんだ?」


「俺が上に飛ばす。行け」


「正気か? おい、吸血鬼。貴様空は飛べんのか」


「と、飛べぬ」


「仕方なし」


 不承不承キルシマはジャゴの組んだ手のひらに片足を乗せた。ジャゴは両手に力を込めてキルシマを天井に上げた。


「おお!」


 キルシマの声がする。俺は縄を用意しキルシマと同じようにジャゴに天井に上げてもらった。


「これは……ッ」


「この塔は六層建てだったのだな、カザン殿」


 そこは陳腐な云い方をすれば宝の山だった。今まで魔物たちが様々な場所から奪い取ってきたものすべてがそこにはあった。これを持ち帰れば、


「カザン殿、店の再建叶ったな」


 それくらいのことは簡単に叶う。金貨、銀貨、宝石に宝剣。俺は自分自身欲はそれほど強くないと思っていたが、この光景には見とれてしまった。


「そうだなキルシマ、これはやったかもな」


 運を掴んだ!


 浮かれていたせいで俺は、奥に潜む二つの光に気づくのが遅れてしまった。この階に上がった時から酷い匂いはしていたのだが、目の前に広がった財宝にまさに目が眩んでいた。


 キルシマは気配を察知し腰の刀に手を当てた。


「カザン殿」


 下の階からもジャゴに縄を下ろせと呼ばれていたのだが、俺は胸算用に夢中だった。


 風を切るような音が耳を劈いて、気づくと俺は吹き飛ばされていた。奥の暗がりから大木が生えてきたのかと本気で思った。


 それは大蛇だった。


 リンドブルム、脅威等級6。湖畔で出会ったクニャックと同等級の魔物。顔はドラゴンに近いが足も翼もなく、胴回りが大人が両手を回しても届かないほど太い。爛れたような真っ赤な口に、凶暴な黄色い牙が何本も並んでいる。


「カザン殿、こいつはまずい」


 キルシマは肌で難敵であること気取っている。空気が振動して、リンドブルムが動いた。


「キルシマ!」


 キルシマは俺を突き飛ばし、そのままリンドブルムの牙に襲われた。


 長大な身体から猛毒を発する。強烈な吐き気と眩暈。


「カザン、縄を!」


 ジャゴの声がとても遠くから聞こえる。あの欲深いゼンガボルトはこの化け物の存在を知っていたから六層に行かなかったのか、それとも単純に気づいていなかっただけなのか。あれだけ傍若無人に振る舞っていても神はゼンガボルトを見放さない。強運を持っているのかそれとも。


 キルシマが倒れる。その様はやけにゆっくりと見えた。


 リンドブルムは俺を見る。間違いない、こいつがこの塔の本当の守護者だ。


「ジャゴ、ユーリップ! 逃げろ!」


 第五層に通じる穴から、ふわりと女吸血鬼が現れた。


「だめだ、ユーリップ、キルシマですら一瞬でやられた」


 無理だ。いくらユーリップでも相手が悪い。


 ユーリップは倒れているキルシマ、そしてその向こうのリンドブルムを見た。大きな双眸が爛々と輝いている。リンドブルムは凶悪な牙をユーリップに向け、瘴気のように全身から毒を吹き出す。


 俺はもう息もできない。


 リンドブルムが突風のように押し寄せた。ユーリップは最小の動きで大蛇の突進を躱した。ふわりと銀の髪が舞う。そのまま大蛇の尾を掴み、壁に向かって投げつけた。青白い肌はいくら動いても上気する様子はない。黒いドレスは彼女の血では汚れない。


「くちなわごときがわらわを食えると思ったか?」


 ユーリップは足音なくリンドブルムに近づくとその上顎と下顎を鷲掴みにし、顎から身体を引き裂いてしまった。そのまま大蛇の尾をもう一度掴むと、その死骸を思い切り振り回し壁を打ち壊す。日が沈む寸前、海の向こうの残照がユーリップの頬を焼いた。一瞬で青白い肌が黒ずんだが、ユーリップは気にせず倒れた俺に外気を吸わせるべく壊した壁の穴に俺を近づけた。


「……だめだ、」


「しゃべるな」


「だめだ、死んでしまう……」


「死なんと云ったじゃろ」


 ユーリップの肌から煙が上がる。まるで焼け焦げているようだ。


 どれくらい気を失っていたのか。目覚めるとユーリップに膝枕をされていた。


「だ、大蛇は?」


「ちぎって捨てた」


「すごいな、ユーリップ」


「わらわは強いからのう」


「キルシマはッ?」


「無事じゃ」


 面目ないといった声が聞こえ、目を向けると顔を顰めたキルシマがいた。


「ユーリップ、平気か?」


「なんぞない」


 ユーリップが塔に空けた穴から、東の隣国の街明かりをジャゴが眺めていた。


「あそこには船を作ることができる職人がいるが、それでも船を持つのは難しいと聞く。造船技術は秘中の秘、だが俺は諦めない」


「そうか……いや、なんとかなる。なんとかする」


「カザン、お前は本当に人のことばかりだのう」


「そんなことはない、俺は自分のわがままでいろんな人を巻き込んできた」


 湿っぽくなるのをキルシマが明るく切り替えた。


「さあ財宝持って堂々の帰還で御座る!」


 ジャゴが一人で運んだ獲得物は概ね持ち主のはっきりしているものばかりであり、結果から云えばそのほとんどを買い取りではなく回収された。キルシマだけではない、不満が募る。


 それでも俺たちは、リンドブルム討伐の成果を認められ、晴れてC級冒険者にランクアップすることができた。

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