第16話
新たに受領した依頼は、以前に仕損じていた湖畔に出没する魚人団の殲滅だ。
日が暮れるのを待って新生チームカザンが始動する。夜に動くのじゃまるで妖怪だとキルシマあたりはぼやいたが、ユーリップは聞いているのかいないのか涼しい顔をしていた。そもそも自分が妖怪だとは思っていないのかもしれない。
湖は静謐を湛え、湖面に映った月はあくまでも冴え冴えとしていた。
風もまるでない。
以前は魚人団を見つける前に絶叫の妖魔クニャックに遭遇してしまい大変な目に遭った。その時とはまるで面子が違うパーティに、俺はなんともいえない感慨を覚えた。
呪われたライホ。消え去ったトガ。ベルエフは今もゼンガボルトのところにいるのか。
「キルシマ、ひとつ聞きたい」
「なんだ」
「どうして俺は釈放になった?」
俺の釈放とキルシマの罷免は無関係だ。俺はずっと気になっていた。
「カザン殿が誘拐したと騒がれたトガ本人が現れてな。裁判所に直々に訴え出たのだ。誘拐ではないと、自分の意志でカザンのパーティにおり、そして抜けたのだと。マギランプの末子直々の訴えであるから、無視は出来まい」
そうでなくては王立裁判所で下された判決を覆し簡単に自由にはなれない。
「情けないと思うか」
「ああ」
「まあそうだろうとも」
「トガは今どうしてる?」
「そこまでは知らぬ。拙者も又聞きゆえ」
夏も近づこうかという季節、ユーリップが自由に動ける時間は短い。
ユーリップはずっとむくれていた。
「なんかあった?」
「なんぞない」
明らかに怒っている。
ジャゴは背負った荷物を置き鉄槌を用意した。純鉄製で重さは大人の男一人分以上あるのだが、ジャゴはそれを片手で軽々と扱う。たしかにジャゴは筋肉の塊だが、鉄槌を自在に扱うにはコツがあるのだと語ってもいた。
ひどく生臭いにおいに俺は顔を顰め、キルシマは刀の柄を握った。
「ユーリップ」
「気づいておる」
べちゃりと湿った音がして、子どもほどの背丈の半魚半人の集団が現れた。手に銛や刺す又を持ち、その目は凶暴に輝いている。その胸元や手元には水棲には不必要な装飾品がつけられ、湖畔を通る旅人や商人から奪ったものであろうことが察せられた。
ぎいと甲高い叫び声を上げて、魚人は襲い掛かって来た。
先頭の一群れをジャゴが薙ぎ払う。キルシマが一匹必殺で切り捨てる。ジャゴの強さにも感嘆するものがあったが、さすがにキルシマはその動きに一切の無駄がない。すべてが考えられた機能的な動きに圧倒される。戦いは速度だと云い切るだけのことはある。しかしながら多勢に無勢、次第に旗色は悪くなっていく。そんな中を俺はただ右往左往した。
「そっちにいったぞカザン殿!」
咄嗟に俺は身構えた。とはいえ手に持っているのはペティナイフとフライパン。料理の最中にネズミを見つけたみたいな有様だ。
「助けてほしいか?」
「え?」
後ろにユーリップが立っている。
「助けてほしいかと聞いておる」
「そ、そりゃ当然、俺は戦いが苦手だ」
「ごめんなさいと云え」
「は?」
「謝るのじゃ。吸血鬼が大好きですと、わらわに謝罪せよ」
ずっとむくれていたのはそれかと俺は苦笑いした。たしかにユーリップを前に、吸血鬼は好きじゃないと断言してしまうのはデリカシーに欠けた発言であったかもしれない。
「すまなかった、助けてくれユーリップ!」
「好きか?」
「ええっ?」
「吸血鬼は好きか?」
錆びだらけの銛を手にした魚人が迫る。あんなもので刺されれば破傷風になってしまう。
「好きだ、大好きだ!」
ユーリップは武器を携えているわけでも体術に優れているわけでもない。動きも悠然としており、つまりは緩慢でよく云えば優雅。しかし彼女は吸血鬼、名にしおう伝説の魔物。その強さにはジャゴもキルシマも括目せざるを得ない。よく比喩でひとひねりというが、まさにユーリップはひとつの動きで魚人の息の根を止めていった。
魚人団はほどなく壊滅した。彼らが奪ったものの回収はギルドが行うだろう。
キルシマは刺身で酒が飲みたいと云う。侍や忍者は普通のアネムカ人が好む食べ物とは若干違う好みを持っていることが多い。俺も最初は生の魚を食べることには抵抗があったが、今は大好きだ。特に植物油と果実酢で味付けした白身魚やタコを、たっぷりの葉物野菜と人参のピクルスと一緒に食べるのがいい。
黙々と片づけをするジャゴを労い、俺はユーリップの傍に寄って腕まくりをした。
「血を吸え」
「吸わぬ」
きゅう、とユーリップの腹が鳴った。ユーリップは赤面した。
「遠慮はいらないぞ」
「ば、馬鹿なのか貴様ッ。そんなことすれば貴様が死ぬ」
「死ぬほど吸わなきゃいいだろう」
頑ななユーリップを家に送り届け、俺はギルドに戻って報告をした。係りの人間が現場に走って状況を確認後、報酬が支払われた。
俺はそのまま報酬を手に何軒かの木材店や生地屋、木工職人の許を訪れ、最後に武器や防具を扱う店に向かった。そこで盾を買い求める。
「軽くて大きいやつを」
「強度は」
「頑丈に越したことはないんだけど、俺でも扱えるものじゃないと困る」
だったらこれだと店主が出してきたのは壁盾と呼ばれるもっとも大型の盾だった。素材は主に革で、大きさの割には重量はさほどでもない。下部に尖った足のようなものが二本付けられており、柔らかい地面などに突き刺し盾の堅牢性を増すのだそうだ。値段もそれなりにしたが、やはり魚人団などの集団を相手にした場合、相手の攻撃を躱すことに精いっぱいでまるでなにもできなかった。それではまずいと大いに感じたから、俺はここにいる。
盾を購入した足でキルシマを訪れ、盾の扱いの手ほどきを受ける。どうにか形になるレベルまで自分を引き上げなければ、本当に戦いで足を引っ張るだけの存在になる。
キルシマは普段の様子とはまるで違い、とても厳しく俺を鍛えた。それは丸三日続き、途中からジャゴも加わった。訓練が夜に及んだときはユーリップも顔を出したが、俺がキルシマとジャゴにタコ殴りにされる様を眠そうな顔で眺めるばかりだった。
そしてどうにか、本当にどうにか、形ばかりに、俺は盾を扱えるようになった。
くたびれたが休んでなどいられない。
「次の依頼だが、ヨロフトの塔に行く」
ヨロフトの塔。東の隣国との国境警備のために立てられた物見の塔だが今は魔物の巣窟となっていた。塔に巣くった魔物が各地から強奪してきた財宝をため込んでいるため、定期的に冒険者が派遣され財宝の回収に当たる。
「ヨロフトの塔なんてカザン、我々にはまだ荷が重すぎやしないか? だいたい塔に続く道の途中に橋があるだろう。橋を渡った先の魔物ですら相手になるかどうか怪しい」
「格上を相手にした方が強くなれる」
「焦っているのか。その、ライホとかいう盗賊を治すために」
「焦ってなんかいないさ」
「あの血吸いは?」
「ユーリップは俺の家で寝てる」
「ほほう」
「キルシマが考えるような下世話なことは何もないぞ」
「気性に難ありだが美しいおなごが家にいて、下衆の勘繰りをされても仕方なかろうが。それで血吸いはなんと申している?」
「ユーリップな」
「血吸いは血吸いよ」
「まあ、あの人に怖いものはないようだよ。キルシマやジャゴには悪いが、彼女は俺たちの中で一番強い」
「そうなのだろうなあ。ただ、あのおなごには欠点もある」
キルシマは天を指差した。そう、ユーリップは吸血鬼の例に漏れず日の光に弱い。
「それも考えてある」
俺は大きく深呼吸した。訓練の影響で肋がきしむ。
「なあキルシマ」
「なんであろう」
「俺は強くなる」
「料理人風情が、で御座るか」
「料理人風情がだ」
「面白い」
「だからついてきてくれ」
「もとよりそのつもり。してどこまで行くつもりか」
「行けるところまで」
「この世界になにゆえ勇者が存在するのか、カザン殿は考えたことはあるか」
勇者。リオーはどうしているだろう。
「まだまだ先の話だよキルシマ。俺たちが勇者のことに思いをはせたところで、俺は料理人だし君は侍だ」
この世界になぜ勇者がいるのか。
この世界に魔王がいるからにほかならない。
出発は夕刻。ヨロフトの塔までは歩き通しでも丸三日かかる距離だ。
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