第18話 束の間のからかい

放課後、中庭のベンチでエリスはどっしりと腰を下ろして深いため息をついた。

「はぁぁぁ……」


今日もまた、クラリスがの嫌がらせが炸裂したのだ。しかも、見事なまでにエリスを狙い撃ちする形で。

クラリスもディランといる時に絡むのは分が悪いと思っているのか、エリスやセシルが二人きりの時、あるいは一人でいるタイミングを狙って現れる。

そして、嫌味たっぷりに言葉を投げかけてくるのだ。


隣でセシルは無邪気に「エリス、今日もクラリス様とたくさんお話できて良かったね!」と微笑んでいる。

「……良かった?」

エリスは眉をひそめた。

「いや、あれは嫌がらせだよ?普通に喧嘩売られてたよ?」

「え、そうなの?」

セシルは首をかしげる。

「でも、クラリス様って上品で綺麗な人だから、つい見とれちゃった!」

「見とれてる場合じゃないから……」エリスは呆れながらも、セシルの純粋さに頭を抱えた。

(セシルの超鈍感でポジティブな所はある意味羨ましいけど、天然過ぎて守らなきゃ悲惨な目に遭う未来しか見えないよ……)


「ねぇエリス、どうしたの?疲れてるみたいだけど、何かあったの?」

隣に座っていたセシルが、無邪気な顔で覗き込んでくる。

「いや、セシルと一緒にいるとやたらと注目される気がするんだよね……」

「えっ、私が原因?何か悪いことしちゃった?」

セシルはきょとんとした表情で首をかしげる。

(悪気はないんだろうけど、天然な君をフォローするために動いていたら私が攻略対象たちに絡まれまくる羽目になっているの!)


その時、遠くから聞き慣れた声が聞こえてきた。

「またここにいたのか」

顔を上げると、ディランがこちらに歩み寄ってくる。彼の背後にはルークもいた。


「お前たちはどこに行っても一緒だな」

「別に、一人の時もありますよ……」エリスは苦笑しながら返す。

「俺たちも一緒に座っていいかな?」

ルークが爽やかに微笑みながら問いかけると、セシルは嬉しそうに 「あ、どうぞどうぞ!」 と隣のスペースを空けた。

「それにしても、お前たちは本当に仲がいいんだな」とディランがぽつりと呟く。

「え?そ、そうですかね?」

エリスは戸惑いながら返事をする。

「うん、見ていてわかるよ。君がセシルちゃんをいつも支えてるんだなって」とルークも同調する。

「そしてエリスが支えているからこそ、セシルちゃんはこうやって元気にいられるんだろうな」

ルークが柔らかく微笑んだ。

「そ、そんなことないです!支えるっていうか、私はただ……セシルが突拍子もないことをしでかさないように見張ってるだけで……」

エリスが弁明すると、横からディランが 「それが大変なんだろ」 とボソリと突っ込む。

「そ、そりゃまぁ、そうですけど……」

「そうなんですよ! エリスって本当にすごいんです!」

セシルが勢いよく頷きながら続ける。

「だって、私が寝坊しかけても起こしてくれるし、授業中に寝ていると代わりにノートを取ってくれるし――」

「あはは、エリスって過保護なお母さんみたいだね」

「……過保護なお母さん…ルーク様、それ、褒めてますか?」

エリスは目を細めながら問いかける。

「もちろん褒めてるさ。世話焼きなところがエリスの良さだろ?」

ルークはニヤリと笑う。

「そんな褒め方あります?しかも“お母さん”扱いはやめてください!私、一応セシルの同級生なんですから!」

「でもエリスって、いつも私の世話を焼いてくれるし、本当にお母さんみたいだよ?」

「ちょっとセシル!今その発言はいらないから!」

「まぁまぁ、いいじゃないか。母性があるって素敵なことだと思うよ」

ルークが肩をすくめる。

「そんな“母性”なんて言葉で片付けられたくないです!私はただ、セシルの暴走を止めているだけで…」


「そうだねー、この前も私が窓から飛び降りかけたとき、必死で止めてくれたし!」

「飛び降り!?」

ディランとルークが同時に 驚愕の声 を上げる。

「なんでそんなことしようとしたんだよ!」

二人の視線が 一気にセシルに集中する。

「だって、窓から見える木に珍しい鳥の巣があって、中にヒナがいたんですよ! 近くで見たくて窓から身を乗り出したら、危うく落ちかけました!」

「あれ、本当に危なかったんだから!二度とやらないでよね!」

エリスは ぐったりと肩を落としながら 叫んだ。

「エリスが止めてくれたから、私は無事だったんだよ?ほんと感謝してる!」

セシルは ニコニコと笑いながら エリスの腕を取る。

「感謝する前にまず反省してね?」

エリスのツッコミもむなしく、セシルは 「はーい」と軽く返事をするだけ だった。


すると、急に彼女はベンチから降り、エリスを見上げて言った。

「ねぇねぇエリス、私ちょっとお花摘みに行ってくるね!実はずっと我慢してたの」

そう言うなりセシルは ディランとルークに一礼し、軽やかな足取りで校舎へと向かっていった。

「お花?あ、えっと……行ってらっしゃい!」

エリスは意味を察してセシルを見送った。

「いやー、セシルちゃんって面白い子だよね。でも、エリスがいなかったら本当に手がかかりそうだな」

ルークが 楽しそうに笑いながら 言う。

「うっ……それは否定できません……」エリスは力なく肩を落とした。


セシルが去り、場にはエリス、ディラン、ルークの三人だけが残る。

しばしの沈黙が訪れたが、すぐにルークがニヤリと笑いながら口を開いた。


「ねぇディラン、最近ずいぶんエリスのこと気にしてるよね?」

「……は?」

ディランは冷たい目でルークを睨む。

「いやいや、そんなに睨むなよ。俺、ただの客観的事実を述べただけだからさー」

「別に気にしてない」

ディランは そっけなく言い放つ。

「お前こそ、妙にエリスに絡んでるじゃないか」

「いやいや、俺はわりと誰に対してもこんな感じだよ?誰かさんとは違って」

ルークは 軽く肩をすくめ、どこか挑発するような笑みを浮かべる。

「ル、ルーク様、それは誤解ですよ!ディラン様は別に私に気があるとかではなくてー」

エリスは慌てて手を振りながら否定するが、その必死な様子を見てルークはますます笑みを深めた。


「おや?エリス、自分で“気がある”なんて言っちゃうんだ?」

「えええええ!?違いますからっ!」

エリスの声が中庭に響き渡り、周囲にいた人々やお昼寝中の野良猫まで一瞬こちらをチラ見した。

「……声が大きすぎだ」

ディランが顔をしかめると、エリスは

「す、すみません…」と縮こまる。


「ほら、エリス。そんなに慌てると余計に怪しく見えるよ?」

ルークは楽しげに言い放ち、ディランの眉間には深いシワが刻まれていく。

「……本当にくだらない話だな。やめろ」

ディランはルークを鋭く睨みつけたが、ルークは全く気にする様子もなく、軽い口調で続ける。

「でもさ、ディラン。君、エリスにはこうやってちょいちょい声かけてるよね?」

「……ルーク、お前は黙れ」

「うんうん、わかったわかった。でもさ、ぶっちゃけエリスとセシルちゃん、どっちがタイプなの?」

「なっ――!」

ディランの顔が一瞬で真っ赤になり、エリスはさらに慌てふためく。

「ルーク様、それ以上は本当にやめてください!話がややこしくなるから!」

「えー、気になるじゃん。ねぇディラン、教えてよ。ここにいるの俺たちだけだし、秘密にするからさ」

「信じられるか」

ディランは即答した。


「でもさ、はっきり否定しないってことはもう認めているようなもんだよね?」

ルークが茶化すように言うと、ディランはぐっと拳を握りしめた。

(まずい、ディラン様が本気で怒りそう……!これ以上混乱させるわけにはいかない!)

「ルーク様、本当にその辺にしておいてください!空気、凍りかけてますから!」

エリスは必死で場を取り繕おうとすが、ルークは止まらない。

「いやいや、ディランがどっち派なのか、俺としては重要な問題だよ?だって、友人と三角関係にはなりたくないしね」

「お前、黙らないと剣を抜くぞ」

ディランが低い声で言い放つ。

「えっ、剣!?剣抜くとか物騒すぎません!?ディラン様、ここは学園ですよ!公共の場でそんなことしないでください!」

エリスが慌てて制止する。

「ま、まぁまぁ落ち着いて。冗談だってば」

ルークは苦笑しながら手をひらひらさせた。

「……お前の冗談はいつも悪質なんだよ」

ディランは鋭い視線をルークに向けた。

「いやー、ディランがそんなにムキになるから、ついからかいたくなっちゃうんだよなぁ」

ルークはケラケラと笑いながら言う。

「ルーク様、お願いですからこれ以上火に油を注がないでください……!」エリスは疲れ切った表情で訴える。

「わかったわかった、もうこれ以上は言わないって。でもさ、ディランってやっぱりわかりやすいよなぁ。すぐムキになるし」


「……ルーク」

「はーい、もうやめます!」

ルークは両手を上げて降参のポーズを取った。

エリスは深いため息をつきながら心の中でぼやく。

(どうしてこんな流れになっているんだろう……。推しの幸せを応援するはずが、なんか妙な立ち位置になってきた。)

そう思いながらも、どこか満更でもない気持ちもあることにもエリスは気付いていた。


その時、「ただいまー!」とセシルが元気よく戻ってきた。

「セシルちゃん、戻るタイミング最高だね」

ルークがニヤっと笑う。

「え?何かあったの?」

セシルは首をかしげながらエリスを見た。

「な、なんでもないよ!本当に何もなかったから!」

エリスは 慌てて手を振りながら 必死に否定するが、セシルは 不思議そうに首をかしげる。

ルークの 含みのある笑み にも気づかず、無邪気な彼女はすぐに次の話題へと移った。


しかし、エリスの胸には 何ともいえない嫌な予感が残り続けていたーー。

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