あたしと右腕の魔法 第4話

 じりり。

 動き出したのは地面。

 町角に敷かれた道路はベルトコンベアみたく、あたしたちの足元で流れ始める。けれどそれは水平にじゃなくて途中からたわんで空へ反り上がり、あった空をあたしの背へ押し出した。ままに足元へ落ちてすり抜け地面だったところを這って再びダブルイの背から頭の上へと昇ってゆく。

「なっ、なんだぁっ」

 もう宙に放り出された気分。ダブルイが言い切らないうちにもまた落ちた空はあたしたちの足元をすり抜けてゆく。止まることなく繰り返せばボールを転がすようで、次第に速度を上げて町角はあたしたちの周りで高速回転を始めた。

 すっかりバランスを失ったダブルイが、わああ、と叫んですっ転ぶ。あたしとロボが辛うじて立っていられるのはこうなるって知ってたからで、ドラゴンも驚き飛び上がると、回転する空を追いかけぐるぐる飛び回った。様子はすっかり混乱しているようで、目にしたあたしは今だ、ってまた巡って来た空を蹴りつける。次に繰り出す足で町を踏み、また落ちてきた空を背にダブルイへ飛び掛かった。

「あなたとあたしでこれまでのこと、全部ポリスへ謝るのよっ」

「はっ、離せっ」

 転げた時、放り出されタイソン女史が、どこにあるのかわからない地面を両手で探りながら後じさってる。

「タイソン様、助けに参りましたでございますよ。どうぞこちらへっ」

 すかさず駆け寄ったロボが手を取り立ち上がらせていた。

「お父様にもしっかり叱られなさいっ」

 視界の隅にとらえ、あたしは抵抗して突き出されたダブルイの手を掴むと押さえつける。男の子だろうとあたしより年下の坊やの力はあたしの全力といい勝負。あいだにもロボは回る景色に足をとられながら、バスのホイールへタイソン女史を導いてた。もう何回転目だろう。目の前へ落ちてくるタイミングをよんでる。

「オーキュ様っ」

 くぐる直前、あたしを呼ぶけど一緒になんて無理。

「いいから行きなさいっ」

 あーだ、こーだ、言わないロボは、余計なことをしていればホイールへ飛び込むタイミングを失ってしまいそうだからで、それきりちょうどと目の前に落ちてきたホイールへタイソン女史を抱え飛び込んだ。回転し続ける風景の中、二人の姿は風にさらわれたかのように消え去る。合図にタイヤはあたしたちを閉じ込めると、木っ端微塵に破裂した。

 脱出したのがロボと女史だけなのだから、外はきっと大混乱ね。でももう取返しはつかなくて、あたしはダブルイと向かい合う。

「聞いて。あなたが間違えたのは呪文を手に入れようとして起こしたことじゃない。それよりも、魔法がなければ自分じゃないって勘違いしたことの方。あなたは魔法じゃないし、魔法はあなたじゃないの。だって魔法が消えた時、あなたも一緒に消えてしまいやしなかったでしょ」

 そんなこと言われるなんてこれっぽっちも思ってなかったダブルイは、不意に動きを止めている。

「だのに自分が自分でなくなったみたいに勝手に不幸になっちゃった。そういうのはね、エゴっていうの。それもとっても大きくてみっともない。あなたはそのみっともなさに溺れて、おごって、惑わされて、ひねくれた子になっちゃった」

 見上げるその目から、あたしは目を逸らさない。 

「いいこと、あたしがお手本になってあげる」

 なれなきゃあたしもまたいつか、ダブルイと同じことを考えてしまいそうで怖かった。

 そんなあたしたちの下を空はまたすり抜けて、町角が天高く昇ってゆく。回り続ける景色の中で翻弄されていたドラゴンはもう疲れてしまった様子で、翼をたたむと空とも地面ともいえない回転する景色の中にうずくまっていた。あたしの魔法が尽きつつあるのかもしれず、それきり輪郭を溶かしてゆく。

「そんなのよけいなお世話だ。ボクの気持ちなんて分からないクセにっ」

「分かる」

 遠くからポリスのサイレンが聞こえていた。

「分かる」

 ブイトールのローター音も空を叩いて次第に近づいてくる。

「あたしだってもう、魔法はないんだから」

 えっ、とダブルイが表情を弾けさせた。

 パン、とそのとき周囲で景色もまた弾け飛ぶ。

 夢が覚めたみたい。山とスクラップが積み上げられたベルトコンベアが突き出す泡のドームの一角へ、あたしたちは放り出されていた。どこにあるのか分からなかった地面は今、転げて寝そべるダブルイの背にあって、上へのしかかるあたしはその襟首を掴むと荒い呼吸を繰り返してる。ついさっきまでいたはずの町角は今やはるか遠くで優しく明かりを灯していて、隔ててポリスのブイトールに車両があたしたちを隙なく囲い集まっていた。

「その場にヒザをついて両手を挙げなさいっ。ジュナー・タイソン誘拐の容疑で逮捕する」

 頭上のブイトールから降る声はおっかない。あたしとダブルイはもう何もできなくなって、互いは恐る恐る掴み合ってた手をほどくと言われるままにサーチライトの中でヒザをつくと両手を挙げた。

 でも身構えていたポリスは、すっかり溶けてマイクロマシン・ジェネレーターの小山と化したドラゴンと、子供みたいなあたしたちを前に拍子抜けしてるみたい。連行されるというより保護されて、あたしたちはポリスの車に乗せられていた。

 みんなと立てた計画ではドラゴンとダブルイを閉じ込めて、両親の元へダブルイを帰すつもりだったのだから連れて行かれるあたしを見たアッシュにハップは何かの間違いだ、と止めようとしてくれている。すっかり動揺してしまった先輩なんて、あの二人こそドラゴンに誘拐されたんです、なんて言い出すものだからもう大変。ただ中でも一番落ち着いていたのはタイソン女史で、あたしと女史だけがそれぞれの車に乗せられるさい目配せなんて交わしてた。

 走り出した車から、全てを少し離れた場所から見てるロボの姿をあたしは見つけてる。一人、取り残されたロボはあたしよりずっと心細くて、しょんぼりしているように見えていた。

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