第2話(2)

 披露ひろう宴が終わると、俺と岬は二次会にも参加した。


 二次会の会場には最近話題の洋楽が鳴り響き、店内はオレンジ色の照明で照らされていた。参加人数が減った分、今度はさきほどよりもしっかりと隼人と近況を話すことができた。

 もしかしたら今日子どもが生まれるかもしれない、と岬が言うと、隼人はまるで自分のことのように喜んだ。


「岬くんはきっといいお父さんになるよ!」


 隼人の顔はリンゴよりも真っ赤だった。


「僕心配してたんだ。ね、ほら……いろいろあったでしょう」


 隼人は床に視線を落としたあと、ちらりと新婦の方を見て言った。


「彼女、なかなか美人だろう? 僕にはもったいない、僕よりいい人がいるんじゃないかってずいぶん迷ったよ。でも岬くんが先に結婚式を挙げてくれたおかげで、僕も結婚してもいいかなって気持ちになったんだ。だから僕が結婚を決めたのは、岬くんのおかげなんだよ」


「今日だけだぞ、お前のノロケを聞いてやるのは」


 岬はそう言うと、俺を見やった。


「あとは優弥だな」


「俺?」


 俺は笑った。


「今のところ予定ないんだけど?」


「だって、なあ?」


 岬もずいぶん酔っているのか、歯切れの悪い言い方だった。


「俺も隼人も無事家庭に収まった。だから、優弥ももしおめでたな話題があれば、俺も隼人もつつしんでお祝いを申し上げるってことだよ」


 俺は自然と晴香がウェディングドレスを着る様子を浮かべた。驚くほど簡単に、想像することができた。想像ができるということは、可能性のある未来ということだ。


 名前しか知らないハリウッドの女優がドレスを着ている様子は思い浮かばないが、晴香が俺の隣に立ち、白いベールの向こう側で、硬い表情をしてこちらを見上げる姿は、ありありと思い浮かんだ。


 彼女は恥ずかしがり屋だ。睨んでいるように見えるのはおそらく照れくさいからで、本音では喜んでいる――


「そうだな」


 俺は呟いた。


「考えてみるよ」


 六時を過ぎると、別のグループが店内へやってきた。俺たちはそろそろ場所を移動するか、お開きにするべきなのだろう。次のグループの人数は俺たちより多く、列はお行儀よく一列に並んだまま、俺たちのすぐそばを通り過ぎていった。


 列の最後だった一人の女が、カウンターにもたれていた岬の背中にぶつかった。


「おっと」 


 岬が振り向く。


「すみません」


 謝った女は青のワンピースを着ていた。


 鮮やかな……青のワンピース。


 先日の奇妙な荷物が、否応いやおうなしに思い出される。それは一瞬で過ぎ去り、女もまた人々の輪の中へ消えていった。俺は腕時計を確認し、もう解散かなと言いかけ、岬が女の去った方向を凝視ぎょうししたまま固まっていることに気がついた。


「どうかしたか?」


 俺が声をかけると、岬ははっとしたように視線を泳がせた。


「い、いや。なんでもない」


 岬はあきらかに動揺している。


「なんでもないって……」


 岬はぎこちなく視線をそらし、おそらく尻ポケットに入っていると思われるスマートフォンを、わざとらしく叩いた。


「俺、帰るよ。さっき嫁から連絡が来たんだ」


「そうなのか?」


「ああ。だから悪いけど、今日はもう解散ってことで」


 岬は微笑みを浮かべた。二次会は三次会へと続きそうだったが、岬以外には顔見知り程度の奴らしかいない。俺は一瞬隼人を見やり、隼人が新婦の友人たちとなごやかに会話しているのを確認してから、言った。


「それなら俺も帰るよ」


 隼人のところへ別れの挨拶に行くと、彼が再び号泣しかねない気配となったため、二人がかかりでなだめすかし、なんとか感動の別れは回避された。


 まだ夜の七時前だった。俺と岬は最寄りの駅まで一緒に移動して、反対方向の電車に乗って別れた。岬は始終スマートフォンを気にしており、道中は静かだった。


 家に帰ると、玄関ドアの新聞受けに不在票が挟まっていた。


 嫌な予感がして確認すれば、差出人は先日と同じ「タナカマイ」とある。住所もおそらく一緒、静岡県。


 まだ宅配業者と連絡が取れる時間だ。俺は引き出物の袋を通路の床に置き、すぐにドライバーへ電話した。


 電話がつながると、不在票が入っていたが、心当たりのない荷物なので、そちらで引き取ってほしいと言った。それから、今後は同じ差出人の荷物は届けないでほしいと頼んだ。ドライバーによれば、こういった荷物は差出人のもとへと戻るらしい。それを確認して、俺は電話を切った。


 電話を切った瞬間、頭上で光がまたたいた。


 顔を見上げると、ドアの前にある蛍光灯がジーという音を立てながら、ちかちかと瞬いていた。こちらも近々管理人に連絡を取らなければなるまい。


 なんだかどっと疲れを感じて、俺は家へ帰った。


 リビングの床に重い引き出物を投げ出し、なんとか力を振り絞って窮屈きゅうくつなスーツを脱ぎ、クローゼットにかけた。俺は寝室の電気もつけないまま、下着姿でベッドに横たわった。


 ふと、どうして今日、二次会で岬があんなに動揺したのかと思った。


 その疑問をかき消すように、強い眠気が瞼の上から降りてきて、ささいな疑問などどうでもよくなった。眠りに落ちる前、誰かが耳元でささやいた。




 ――あの女が着ていた服も「青」ではなかったか?

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