第8話 選択の試練

 風の中心から、淡い光を放つ存在が現れる。

 それはナツイの先祖である天狗の霊だった。


「ここが、最後の試練の場だ」


 霊は静かに語り始めた。


「お前たちには二つの選択肢がある。一つは、山を救う……羽団扇の力を完全に解放すること。もう一つは、個人的に最も大切な願いを叶えること。ただし、選択をする前に試練を受けねばならない。それは、お前の心の奥底にある真の闇と向き合うことだ」


 その言葉に、陽太の心が大きく揺れた。

 彼の中にある切実な願い。それは、離れ離れになりそうな両親の関係が元に戻ることだった。

 陽太はナツイを見る。

 ナツイは真剣な表情で羽団扇を見つめていた。


「どうするんだ、陽太」


 ナツイの問いに、陽太は深く息を吸い込んだ。


「俺は……」


 心の中で葛藤が渦巻く。


「両親の仲直りが叶えば、俺は幸せになれる。でも、この山がこのままだと、多くの人たちや生き物が困るんだ」


 その言葉と同時に、周囲の景色が歪み始める。

 突然、陽太は見知らぬ部屋に立っていた。

 そこは彼の家だ。

 目の前には両親が冷たい表情で言い争う姿が映し出されている。


「お前はいつも役に立たないじゃないか!」

「この子がいなければ、私たちはもっと幸せだったのよ」


 両親の言葉は現実以上に冷酷で、心を深く刺した。


「やめて……そんなこと、言わないで!」


 陽太は叫んだが、声は届かない。

 膝が震え、涙がこぼれそうになる。


 そのとき、ナツイの声が頭の中に響いた。


「陽太、お前は何のためにここにいるんだ?」


 陽太は拳を握りしめ、震える足で立ち上がった。


「これは本当の父さんと母さんじゃない。 俺が勝手に作り出した幻だ!」


 涙を拭い、陽太は強く叫んだ。


「俺はこの山も家族も……自分の力で守る。逃げないぞ!」


 陽太は叫んだ。


「山を救う!」


 その言葉を口にした瞬間、心の中の迷いが晴れていくのを感じた。


「本当にそれでいいのか?」


 天狗の霊が再び尋ねる。

 陽太はしっかりと頷いた。


「両親のことは、自分の力でどうにかする。でも、この山は俺たちの選択でしか救えないから」


 その瞬間、今度はナツイの周囲の空気が揺らぎ始めた。


「今度はお前の番だ、ナツイ」


 天狗の霊が静かに告げると、ナツイの足元が崩れ、彼は暗闇の中へと引き込まれていった。


 気がつくと、ナツイは幼い頃の自分が立っていた場所にいる。

 そこには、かつて仲間だった天狗の少年が立っており、険しい表情でナツイを見つめていた。


「どうしてあのとき、俺を置いて逃げたんだ?」


 その言葉はナツイの胸に突き刺さる。

 過去の失敗、後悔、そして罪悪感が一気に押し寄せた。


「違う、俺は怖かったんだ。お前を助けたい気持ちはあったさ。でも怖くて足が動かなかったんだ!」


 仲間の幻影は冷たくナツイを見下ろす。


「足が動かなかった? お前は走って逃げたじゃないか。自分を守るために、俺を見捨てたんだろ!」


 ナツイは拳を握りしめ、膝をついた。

 涙をこぼしながらナツイは呟く。


「ゴメン……許してくれ」


 しかし、ふと陽太の声が心に響いた。


「怖いと思うのは守りたいものがあるからなんだよ。逃げたくなる気持ちはあるけど、進むことでしか守れないんだ」


 その言葉に心を奮い立たせ、ナツイはゆっくりと立ち上がった。


「たしかに俺は弱虫だった。でも今は違う。山も陽太も、どちらも守り抜く!」


 ナツイが力強く叫ぶと、幻影は風に溶けるように消えていった。

 羽根団扇をしっかりと握り直したナツイは自らに言い聞かせる。


「俺は、もう逃げない……」


 ナツイは目を閉じた。

 心の奥底にあった重たい鎖が外れるような感覚が広がる。

 気づけば、再び陽太の隣に立っていた。


「おかえり、ナツイ」


 陽太の言葉にナツイは微笑んだ。


「ただいま、陽太。俺はもう……自分を許すよ」


 二人は互いの存在を確かめるように頷き合い、再び羽団扇を高く掲げた。

 その瞬間、二人の心が一つになったかのように、眩しい光が溢れ出し、力強い風が山全体に優しく吹き渡った。

 枯れていた木々が青々と蘇り、止まっていた川が再び勢いよく流れ始める。

 大地が呼吸を取り戻し、山は生き返ったのだった。


 試練を終えた二人は、頂上から蘇った山を見下ろし、静かに達成感を噛みしめた。


「俺たち、やったな」

「そうだな」


 陽太とナツイは笑い合い、山を守ることができた喜びを胸に、ゆっくりと山を下り始めた。

 それぞれが、自分自身の中で大切な何かを見つけた夏の終わりだった。


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