第五話 西園 杏


 日時は変わるが別の日の夕刻。

 西園茜。


 私は両親の仲が良かった事もあり結城とは幼馴染で仲のいい関係でいる。

結城はどう思っているのかはわからないが私の想いは決まってる。

聖堂結城という存在を愛している。恋などという軽く安いものではでない。

とてつもなく海のように深く広くなんの不純物もない綺麗な透明な水のような想い、私だけのモノにしたいというこの感情はもう抑える事は出来ない。

それが数日前から親戚と名乗る聖道真莉というどこぞの馬の骨ともわからぬ女が結城と一つ屋根の下に住み着いてるという事実だけではらわたが煮えくりける。この透明な水もぐつぐつと沸騰している。

このお湯をかけてやりたいくらいだ。それに聖道家に親戚などどいうものはもうすでに存在しないはずである。

なのにのうのうと目の前のこの女は何者なのだ。

そう、目の前とは西園茜は聖道真莉と名乗るこの女をここ数日ずっとつけているのだ。

あまりの結城への想い取りつかれていたのか茜は油断した、いや、過信した。相手が何者なのかわからぬのにこの数日の動きはただの女の子と変わらぬ行動であったからなのかもしれないが油断した。

周りから人影もなくなり脇道にそれたところで目の前の女は嗤って立ち止まった。

「まったく、そんな下手な尾行だと両親が泣くぞ」

茜は驚いて言葉が出ずに、唾を飲み込んだ。気付いたすごい汗が身体中から溢れ出ていた。

本人も気付かぬうちに無意識下での戦闘、恐怖への旋律に身体は反応していたのだ。

油断。ただ若さゆえの油断。自惚れ故の油断。

真莉は指を鳴らした。

辺りに透明な半球体の結界が張られた。

茜は言葉が出なない、出せないに近いかもしれない。額を汗が足らりと流れる。ひと汗ひと汗が鮮明に肌のキメを流れるのを感じるくらいの静寂と今まで感じたことのない恐怖に足が震えている事も自分では気付いていない。

「安心しろ取って喰おうとはしないから、西園茜」

茜は微かに漏れるように言葉を吐き出す。

「いつから? 」

真莉は嗤って振り返り茜と対面する。

「最初からだよ。それじゃ結城の助けにもならないぞ」

悪戯に嗤い笑顔を見せる真莉。

「一体何者なの? 」

「それは別に今は関係ないし、今回の物語にあなたも関係ない。無駄に命を消す必要もないからここまでだよ茜ちゃん」

「どういうこと? 」

「貴方の西園家といえばもともともとは隠密部隊の一族、家名を変えても動きを見れば分かるわ。それに貴方は聖道結城とは違ってこの街の事もある程度は把握しているはずよ」

ほんの一瞬だけ静寂が二人の間を流れた。

茜の一族はもともと隠密部隊として国に仕えていたが、志の違いか、何があったのかは茜は詳しく知らないが一族を抜けて西園としてこの街に移り住んで来たことは両親から聞かされ、小学生くらいからは肉体、精神面を鍛える訓練はして来たが実践は行う機会もないまま現在に至る。

「私はそんなのではない。ただ聖堂結城を守る」

そう言い放って右手からカッターナイフを真莉に向かって放り投げる。

カッターナイフの刃には赤い刻印のようなものが浮き出ており、凄い勢いで真莉の額目がけて進んで行く。

だが真莉の額に振れる直前にカッターナイフは浮いたまま止まった。

真莉は感心して鼻で嗤う。

「術式も学んでいるのか勉強熱心だな。ただ未熟、経験不足かな」

真莉は浮いているカッターナイフの刃の先に触れた、その瞬間に粉々になり塵となった。

目を丸くしている茜に、

「術間違っていない。ただ道具が悪いな、こんな物に刻んだところで術式に耐えられる訳がないだろ。一つ学ばせてやろう」

真莉は指を一本立ててから、指をクルクルと丸を宙に描き始め人差し指と親指で茜に向かって弾いて見せた。

茜は何が起こったのか分からずにいたが手に生暖かい何かが流れる感触があり手に視線を送ると赤黒い血だった。それを認識した瞬間に左肩に激痛が走り思わず両奥歯を嚙み締め痛みに耐える。

左肩に弾痕で打ち抜かれたような穴が開いていた。

どくどくと脈打つ血管、心拍数もあがってゆく。

「そもそも術式など描かなくとも頭でイメージし空気自体に刻み込めるものさ。適正はあるがね」

「結城君に何をするつもり? 」

「この状況でも結城の心配か? 面白いな」

「私の使命は結城君を守ること」

力強く言葉を吐き出す茜。

「それは道理に反しているよ、君達一族の使命は国だろ? 」

「私は私の心に従う」

「それは見事な愛だな」

真莉は拍手をした。



「私の本名はマリー・アリシアだ」

「えっ……」

茜は目を丸くして思わず言葉を漏らす。

「知っているのかな、聞いたことあるのかなどちらにしてもだ。聖道結城を生かす為にいるから心配はしなくていいし奴はお前よりも強い」

「わかっています」

茜は悔しかった。

自分がこんなにも弱くただ動けずに怯えている。

無力を感じるしかないこの状況が、この先も何度もこの瞬間を思い出すことになるくらいの弱いという事実に。

「恥じることはない。お前は強いただこれからの話だ」

「なぜ結城君なのですが? 」

「それはほら聖道家だからね」

茜は知っていた聖道家にもう昔の力は無いことを、ただの象徴として存在しているに過ぎない。結城の父親の死をもって聖道家の力は闇に落ちたのだと。

「でも聖道家に昔のような力はもうないと……」

「やはり知っていたな。ではこの街の存在価値も知っているな」

「えぇ、この街はちょっと前に国の特殊部隊の兵を創るために生まれた街。そして学園が世界から選び集めた兵養成施設として存在していた事……。

でも、それは今は昔の話。

結城の両親の暗殺、と同時に学園の襲撃により今はもうなんの機能もしていないただの象徴……」

「ご名答だ西園茜。その通りだよ、ただそれ故に結城を守ろうという想いも生まれたんだろ」

「いえ、それだけではないわ」

「どちらにせよ、お前たちは少あにがいたし思い違いをしているようだから事が終わるまでに真実を教えてやろうか」

「真実? 」

「聖道家は聖道結城をもって完成する」

何を言っているのこの人は、そんなはずはない一族は長が次の長へと引継ぎをして力を継承していく。それにはそれなりの肉体を洗礼された精神力が必要とされるのだ。

「なぜ、お前ら西園家が隠密部隊を抜けたかはわかるか?

お前が探している兄がそれを受け継ぐ前に捨てられたからだ」

「何故それを……」

そう私には10歳くらい上に兄がいたと聞いた事はあるが捨てられたとはなんの事だ。

「詳しくは両親に聞け、それよりも力の継承は考えている事で間違いはないが、ただしそれがすべてではない」

茜は話を聞いているうちに視界がぼやけ始め意識が朦朧と掠れてゆく。

マリーの声も遠くなり、そのまま眠りについた。


その姿を見ていたマリーは茜の傍に行き茜の左肩の傷口に手を当てた。

すると傷口は塞がり、小さな黒の蝶の模様が刻まれた。

「サービスだよ、小娘ちゃん」

そのまま茜は眠りに落ちた。

西園茜退場。

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