2-α 騎士の日常
ルシェは王都の石畳を歩きながら、巡回任務を淡々とこなしていた。
太陽が照りつける中、商人たちが声を張り上げる市場の喧騒が心地よい。
平和な日常――それが一番の理想だ。
しかし、次の角を曲がった瞬間、ルシェの耳に罵声が飛び込んできた。
「おいコラァ! 誰に物言ってんだ、アァ!?」
「テメェこそ何様だよ!? やんのかァ!?」
振り向くと、チンピラ風の男たちが数人、路地裏で睨み合っている。ルシェはため息をついた。
「……まったく。こんな些細なことで揉めるなんて、恥ずかしいと思わないのか?」
堂々と歩み寄るルシェ。しかし彼らは、罵声を続けた。
「おいおい、女騎士様のお出ましかよ。怖ぇ怖ぇ~」
「この場で説教始める気か? 聞く耳なんざ持たねぇぞ?」
ルシェの眉間にシワが寄る。いつもなら威厳を見せて剣を抜き、黙らせる場面だ。
しかし、周囲には市民が集まって見守っている。力で片付けるのは得策ではない。
「わかった、では問おう。 どうすれば聞く耳を持つ?」
「俺たちはアンダーブラウンドに生きるラッパー、言葉の刃が剣の代わりだ。 それが出来ないフェイクは用無しだ」
チンピラたちは韻を踏みながらルシェにパンチラインを繰り出してきた。
「そうか。では、お望み通り"言葉の刃"で勝負しよう」
ルシェが一歩前に出る。深紅の髪が風に揺れ、金色の瞳が鋭く光る。
「おいおい、マジかよ!? 騎士様がラップ? 笑わせるぜ!」
「レッドクリフ家の誇り掲げ、己を捧げる騎士の流儀
秩序守る剣の形見。ここで示すぜ言葉の真義
貴様らごときの浅き策 剣を抜かずとも尽きる術
一言だけで事は足る 騎士の威厳、ここに刻む」
チンピラたちの笑みが凍る。予想外の韻の踏み方に、周囲からどよめきが起こる。
流れるようなラップに、チンピラの一人が反応する。
「なめんなよ騎士様! ストリートじゃ俺らが頂点だ!
そんな優等生ラップじゃ 俺らには通じねえんだ!
俺らは自由さ、自由に暮らす ルールなんてクソくらえだ!
お前みてえな型にハマる生き方には 到底わからねえ、この生き様!」
ルシェの目が細まる。型という言葉が、彼女の心に引っかかった。
以前の戦いで学んだことを思い出す。
「型に囚われ生きてた頃 まるでかつての私の姿
でも今なら見える景色が 型を越えた先の光だ
剣だけ握り進んだ道 けれど今は別の価値に気付き
秩序を守る術はひとつ なんて狭い枠に縛られずに」
周囲の観衆から、小さな拍手が起こる。
「ちっ......なんだよ、急に説教くさくなってきやがって......」
「でもよ......なんか分かる気がするぜ......」
チンピラたちの態度が、少しずつ軟化していく。
「街を守る誇りの意味 剣の先だけじゃ語れはしない
時にはビートに載せて伝え合い 互いの心で繋げばいい」
ルシェの最後のラップが、石畳に響き渡る。
一人のチンピラがポケットに入れていた手を出し、顔を上げる。その目には敗北を認める色が浮かんでいた。
「まさか騎士様がこんな......」
もう一人が苦笑いを浮かべる。
「型破りな騎士様だぜ」
街角に集まっていた人々から、拍手が沸き起こる。
先ほどまでの険悪な空気は、すっかり消えていた。
「街の秩序は、剣だけでは守れない。言葉で分かり合うことも、時には必要だ」
ルシェは深紅の髪をなびかせながら、チンピラたちに告げる。
「お前ら、次はもっと建設的な方向でラップやれよな」
「......はい、騎士様」
チンピラたちは照れくさそうに頭を掻きながら、その場を去っていく。
見物人たちも三々五々と散っていった。
(まさか、自分がラップで問題解決するなんて......)
ルシェは空を見上げる。
以前のように剣一筋だった頃の自分なら、きっと違う解決策を取っていただろう。
あの戦いを経て、彼女は確実に変わっていた。
型に従いながら、時にはそれを超える。
その柔軟さこそが、新しい強さなのかもしれない。
「ルシェさん!」
振り返ると、銀色の髪が風になびく少女が手を振っていた。
「リリア殿? こんなところで何を?」
「買い物の帰りで......今のラップ、すごかったです!」
リリアの無邪気な笑顔に、ルシェは思わず赤面する。
「まさか見られていたとは......」
「素敵でしたよ。秩序を守るのに、色んな方法があるんですね」
リリアの言葉に、ルシェは静かに頷いた。
「そうですね。かつての私は、全てを剣と型に求めすぎていた」
ルシェは遠くを見つめながら言う。
「でも、カゴメイオリとの出会いや、あなたの型にはまらない魔力を見て......少しずつ分かってきたの」
「何が、分かってきたんですか?」
「強さには色々な形があるということ。時には型を守り、時にはそれを超える。その両方を知ることで、本当の意味で人を守れるのかもしれないと」
街角に夕陽が差し込み、二人の影を長く伸ばしていく。
「さて、私はまだ巡回の途中です。......このことは、あの引きこもりには内緒にしておいてほしいのですが」
「え? どうしてです?」
「だって......あの引きこもりが私のラップを聞いたら、また変なことを言い出すに決まってるでしょう?」
リリアが小さく笑う。
ルシェも思わず微笑みがこぼれた。
彼女は再び巡回へと歩き出す。背中には夕陽が映え、深紅の髪が美しく輝いていた。
レッドクリフの誇り高き騎士は、新しい一歩を踏み出していた。
(次は何が待っているのだろうか.....)
その問いに、彼女はもう恐れを感じなかった。
型を知り、型を超える──その先にある可能性を、しっかりと見据えながら。
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