2-10 騎士の決断
「ご主人様っ! 状況が急激に悪化してますにゃ!」
ニャビィの緊迫した声がデバイスから響く。
目の前では、例外種がその姿を更に歪ませながら、複数の現実を重ね合わせていく。空間そのものが引き裂かれ、赤いデータの波が渦を巻いていた。
「逃げるのも、一つの手段だ」
ボクはルシェの背中に声をかける。
「......笑わせないでくれ」
ルシェは静かに剣を構え直す。その手には迷いはない。
だが、心の中では激しい葛藤が渦巻いていた。
「父上......申し訳ありません」
彼女は剣を水平に構える。それは、レッドクリフ家に伝わる型とは、明らかに異なる構え。
「型を破ることは、即ち秩序を乱すこと。それは騎士として、許されざる行為」
例外種の分身が一斉に動き出す。複数の現実が重なり合う中、どの攻撃が本物なのか、判別できない。
「しかし、このままでは......!」
ルシェは咄嗟に体を捻る。それは、正統な型からは大きく外れた動き。
だが、その予測不能な動きこそが、例外種の攻撃をかわすことを可能にした。
「今のはっ......!?」
ボクは目を見開く。ルシェの型破りな動きは、確かに効果があった。
だが例外種は、その動きに即座に反応する。
複数の分身が、まるで円を描くようにルシェを取り囲んでいく。その姿は以前よりも禍々しさを増していた。
それぞれの分身が剣を振り上げる。どれもが本物のように見える。
(このままでは......!)
ルシェは咄嗟に剣を構えるが、その手が僅かに震える。
レッドクリフ家に伝わる型は、常に最適解を求める。だが今、その型に従うことは、却って死地へと向かうことを意味していた。
「私は......」
迷いの一瞬。分身たちの剣が、一斉に振り下ろされる。
「system.analyze();《魔力解析、開始》」
ボクは必死でデバイスを操作する。
画面には複雑に入り組んだデータが流れていく。例外種の分身たち、その動きには確かに法則があった。
「ルシェ! 分身の攻撃、全て同じタイミングで放たれている!」
情報を受け取ったルシェの動きが変わる。
型に従えば、最適な反撃位置は正面。だが彼女は、その「正しい選択」を意図的に外した。
左に一歩。
ずれた位置から放たれた一撃が、幾つもの分身を貫く。
(今の動き......型を外したことで、逆に奴の予測を崩せた?)
レッドクリフ家に伝わる剣術は、相手の動きを読み、最適な反撃を繰り出す。その基本を知っているからこそ、型を崩す意味が見えてきた。
例外種の分身たちが次の攻撃を仕掛けてくる。重なり合う現実の中、どれが本物の攻撃か、判別できない。
だがルシェは、もう迷わなかった。
剣を振るう腕に力を込める。型を知り、型に従い、そして時には型から自由になる。
「守るべきものがあるなら、その為に型を破ることも——」
ルシェの剣が、新たな輝きを放ち始めていた。
だが、例外種も黙ってはいない。
分身たちの数が更に増え、現実が重なり合う空間そのものが歪んでいく。
「くっ......こんな数では!」
ルシェは剣を構え直す。しかし敵の数が増えるほど、型を破る難しさは増していく。
「なるほど......お前の狙いが分かった」
ボクは画面のデータを確認しながら叫ぶ。
「数を増やして混乱を引き起こし、ルシェを型に縛り付けようとしてるんだ!」
正面、背後、左右、上空。
あらゆる角度から分身たちが襲いかかってくる。攻撃の数が増えれば増えるほど、型に頼らない反撃は困難になる。
(私を、型に追い込む......?)
分身たちの攻撃が、型通りの反応を強要してくる。本能的に、体が正統な剣術の動きを求めていた。
「だが......!」
ルシェは咄嗟に、レッドクリフ家に伝わる基本の構えから大きく外れた体勢を取る。
通常ではあり得ない角度。それは型に従う騎士として、決して選んではいけない選択。
しかしそれこそが——。
「これが私の答えだ」
分身たちの攻撃が一斉に放たれる。
その瞬間、ルシェの剣が閃いた。
型を外れた角度から放たれた一撃。
不規則な軌道を描く剣が、例外種の予測を完全に狂わせる。
分身たちの攻撃が空を切り、その隙を突いてルシェの剣が襲いかかる。
「analyze.run();《解析、実行》」
ボクがデータを確認する。
例外種の動きに乱れが生じ始めていた。これまで整然と並んでいた分身たちが、混乱の渦に巻き込まれていく。
「守るべきものがあるから、型がある。でも——」
ルシェは静かに呟く。
「守るべきものを守れないのなら、その型には何の意味もない」
例外種が新たな姿を見せ始める。複数の現実が重なり合い、より強大な形へと変貌を遂げていく。
「お前のプログラムで、私の可能性を形にできるか?」
ルシェはボクを振り返る。その瞳には迷いはなかった。
「ああ。準備はできてる」
ボクはデバイスのプログラムを確認する。
「型を超えて、なお秩序を守る——そんな戦い方があってもいい」
ルシェは秩序の剣を強く握り締める。それは決して型を否定するものではない。型を知った上での超越。その先にある、新たな可能性。
「レッドクリフ家の剣術は、私の誇り。それは変わらない」
彼女は強い意志を込めて言う。
「だからこそ、その先へと踏み出す。型を知る者だからこそ、できる戦い方がある」
戦場に満ちる赤いデータの波。
その中で、新たな剣を生み出す準備が、確かに整い始めていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます