2-2 カレーの日

「まさか...私が......負けるとは......」


 ルシェは手の中のカードを見つめながら、信じられない表情を浮かべていた。勝負を決めた「+4」のワイルドカードが、夕陽に照らされて妙に輝いて見える。


 マジックウノ、カードの背面を凝視すると数字が浮き出るタネも仕掛けもあるマジックアイテムだ。

 ルシェの敗北は必然だった。


「いやー、さすがレッドクリフ家の騎士だけあって手強かったね」


 ボクの軽い口調に、ルシェの表情が一瞬強張る。そして、ふとカードの山をじっと見つめた。


「……待て、こんな簡単に負けるはずがない」


 彼女は突然、目の前のカードを凝視し始めた。

 人差し指でカードの表面を軽く撫でる。何かを探るような仕草に、思わず声をかける。


「え、ちょっとルシェさん!? 何してるのでございますか!?」


 ボクはマジックウノのタネがバレたかと一瞬焦る。


「お前、何か仕掛けているのではないか?」


 彼女の金色の瞳が鋭く光り、剣を構える時のような緊張感が漂う。


「いやいやいや! ワイちゃんがそんな卑怯なことする訳ないじゃーん。 ただのカードゲームだよ! ほら、ちゃんと普通のウノだって!」


 ボクは慌ててカードをひらひらと見せるが、ルシェは全く納得していない様子だった。


「このカードの裏面、何か細工があるのではないか?」


 さらに彼女はボクの手元を疑いの目で見つめると、勝負を決めた「+4」のカードを取り上げ、日光にかざして確認し始めた。


「まさか……数字が透けて見えるような仕掛けが? それともカードの側面にヘコみがあるのか?」


「ええっ!? そんな古典的なトリックを使うわけないでしょ!」


 しかしルシェはさらに念入りにカードを調べ続ける。


「そろそろカレーが出来上がりそうですよ!」


 台所から漂う香りが彼女の鼻をくすぐる。

 ルシェは一瞬だけ動きを止めたが、すぐに「料理の誘惑には負けない」とでも言いたげに、再びカードを調べ始めた。


「このカレーにも、何かイカサマが仕込まれているのではないだろうな?」


「いや、カレーにイカサマってどうやるんだよ!?」


「例えばカードごとに異なるスパイスの香料を塗布することでカードを識別することは可能! 唐突にカレーを作り始めたのがその証拠ではないか?」


「ぎょええええ!? ワイちゃんルシェの推理力にギャグ漫画ばりにひっくり返りそうでした」


 彼女の徹底した調査に、ボクはただただ呆れながら肩をすくめた。


 リリアが席を立ち、台所から皿を運んでくる。その香りに、ルシェは敗北の屈辱を忘れかけた自分に気付き、慌てて背筋を正す。


「申し訳ありません。騎士団の任務で来たというのに、このような...」


「硬くならなくていいですよ。せっかく作ったんですから、一緒に食べましょう」


 リリアがそう言って、スプーンを並べる。

 そのカレーを作ったのはボクなんだけどね。


 ルシェは一瞬躊躇したが、カレーの香りには誰もが抗えない。それはレッドクリフ家の騎士とて例外ではなかった。


「ご厚意に甘えさせていただきます」


 ルシェは凛とした態度でスプーンを手に取った。


「堅苦しく考えなくていいよ。さあ、召し上がれ」


 ボクの言葉に、ルシェは一口目のカレーを口に運ぶ。


「っ...! この味は」


 思わず漏れた小さな声。レッドクリフ家の誇り高き騎士の表情が、一瞬にして緩んでいく。


「カゴメさんのカレーは美味しいですよね?」


 リリアが嬉しそうに同意を求める。ルシェは慌てて表情を取り繕いながら、スプーンを置いた。


「なまけものにしては、及第点といったところか」


 言葉とは裏腹に、すでに二口、三口とスプーンが進んでいる。


「おいしいなら素直に言えばいいのに」

 とツッコもうとしたが、リリアの笑い声が遮った。


「ルシェさんって、意外と可愛いところがあるんですね」


「か、可愛いだと?決してそのような...」


 テーブルの下では、ニャビィが静かににぼしをかじりながら、三人のやり取りを見守っていた。

 夕暮れの部屋の中で、いつの間にか緊張感が溶けていくような、そんな時間が流れていた。


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「本日は貴重な機会を頂戴し、感謝申し上げます」


 ルシェは立ち上がり、丁寧に頭を下げた。


「しかしながら……」


 その声が一段と引き締まる。


「カレーをご馳走になったことと、結界管理の怠慢は別の話です。よって今後も、なまけものがなまけていないか、しっかりと監視させていただきます」


「えぇ!?」

 リリアが心配そうな声を上げる。


「では」


 夕暮れの空を背に、ルシェの凛とした背中が消えていった。


「やれやれ……」


 ボクは溜め息をつきながら、窓の外を見る。空にはすっかり暗くなり、その中を星光竜が悠々と飛んでいた。


「ワイちゃんは静かに引きこもりたいんだけどなぁ」

 

「これは波乱の予感だにゃ~」


 ニャビィが残りのにぼしをかじりながら、ふふんと意味ありげに鳴いた。

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