逆NTRの流儀

佐藤長幸

第1話 逆NTRの流儀

 私には好きな人がいます!

 中学三年生だった去年。

 当時高校一年生だったアナタを、たまたま知って恋に落ちました。

 そこからもう私の頭は有頂天ハッピーです!


「よーし! 待っていてね、星海聖夜ほしみ せいや先輩!」


 同じ高校に通うべく勉学に励んできました。

 バカでしたけど偏差値を大幅に上げて、相応しい人になるべくメイクやファッションにも磨きを掛けました。

 嘘に嘘を塗りたくった吐き気を催す営業面接も完璧でした。

 

 どれもこれも全てアナタのため!



桜峰結菜さくらみね ゆいなさん」

「はいっ!」


 入学式後のホームルーム。

 腰まで伸びた黒髪と、アクセントの赤いリボンを棚引かせ元気よく返事をする。チャコールグレーのブレザーがとても可愛い。

 

 ついに先輩とスクールメイトになれたんだね。

 北東北に桜はまだ咲かず、なんなら雪が舞っているけど、頭の中は鮮やかな桃色だ。

 ヒバが香る木製の校舎も、私の門出を祝福してくれる。


 少女と王子様が紡ぐ、奇跡と愛の物語が、今ここに幕を開けるのだ。



「先輩、居るかな」

 

 今は昼休み。

 もしかしたら教室を出て、何処かに居るかもしれない。

 まずはその存在を確認して網膜と脳内に焼き付けたい。それだけで白米が美味しく頂けるってなもんだ。

 先輩のお姿を思い返すだけで心が弾み、身震いする。

 

 あぁ早く会いたいな。何をしているんだろ。

 日差しを浴びながら静かに読書?

 それとも校庭で元気にサッカー?

 はたまたご学友とたわいも無いおしゃべりかしら。

 

 どの先輩も素敵。最高。カッコイイ!

 よだれが出ちゃう。だって女の子だもん。

 

 あたかも新しい学校を観察しているだけよ私は! 

 イヤらしい気持ちなんて微塵もミジンコもないんだからねっ! 

 勘違いしないでよね! ふんっ! 

 という脳内設定の元、キョロキョロと不自然に校内を見渡す。

 

 校庭、中庭、図書室、学食。

 

 やはり名門校だけあってどの場所も洗練されて美しいけれど、肝心の先輩がいらっしゃらない。

 

「流石に三年生棟には行けないしなぁ・・・・・・」

 

 昼休みも終了間近。流石にもう諦めて帰ろうかと、部室棟を彷徨っていたときだった。

 

「・・・・・・だろ? ・・・・・・はは!」

「ん?」

 

 声が聞こえる。

 楽しそうに談笑する声が、部室から漏れ聞こえてきた。


「この声は・・・・・・」


 間違いない。

 聞き間違えるはずが無い。

 半年ものあいだ恋い焦がれた、待ちに待ったあの声だ!


「先輩!」


 部室の引き戸は少しだけ開いていて、どうやら中の様子を窺えそうだ。

 やだもう。これじゃストーカーみたいじゃん。やだもう!

 それでも好奇心を抑えきれない私は、細心の注意を払いながら近づき、ドアの陰から覗いてみた。


「あ・・・・・・」


 居た。

 星海先輩だ。

 夢にまで見たその存在が、目の前にある。


 窓際に立ち、柔らかな陽光に照らされたお姿は、世紀末の救世主を思わせるほどに神々しい。

 さらりと流れる金色の髪。吸い込まれそうな瞳。スラッとした長身で、声はまるで声優のよう。

 伝統を感じさせる古びた校舎と相まって、それはまるで国宝級の絵画みたいだ。

 

「う、美しひ・・・・・・ぐへへ・・・・・・」


 思わず零れそうになる涙と涎を抑えながら私は、どうやってこの光景を写真に収めたものかとグルグル思案していた。


「んあ?」


 清楚でいたいけな新米女子高生が、盗撮魔として華々しいデビューをするかも知れないというまさにその時である。


 先輩の横に誰かがいる事に気付いたのだ。


 そりゃ談笑していたのだから誰かがいるのは当然だけど、先輩以外は視野の外へ置いていたので、数秒間気がつかなかった。


「んん?」


 ステイツのエージェントさながら気配を殺して更に深く忍び見る。あくまで気付かれないように慎重に、慎重に。


「ふぁ!?」


 そこで見えたのはこれまた美しい女性の姿。

 先輩と肩を時折触れあわせながら、並んで楽しそうに語り合っている。

 

 誰? は? この女誰?

 

 一体、どこの誰の許しを得て先輩と楽しそうに会話していると言うのか。

 我々のような愚民にはそのお声を拝聴するだけでも烏滸がましいというのに、その女は先輩との時間を独り占めしている。

 どうしてそのようなことが出来るのか。きっと大金を積んだか、家族を人質に取ったに違いない。

 おぉジーザス。かの雌豚に怒りの鉄槌を下したまえ!

 あぁ悔しい! 否、憎らしい! いや、悍ましい!

 

 ギリギリと削れて彫刻になってしまいそうな程に歯ぎしりをしつつ成り行きを見守っていると、二人がおもむろに距離を近づけた。


「えっ――」

 

 それは刹那の出来事だった。

 まるで子猫を愛でるかのように、星海先輩は優しくその女の髪を掻き分け、頬に触れる。

 そしてその女も合せて、さも当然のように、幸せそうに瞳を閉じた。

 

「なっ・・・・・・は? ・・・・・・え?」

 

 戸惑う時間も許されないまま、二人の唇が吸い寄せられていきそのまま――。

 

 ここで私、意識をスーッと無くしちゃったんですよね。えぇ。


 

 少女と王子様が紡ぐ奇跡と愛の物語、完。

 ここまでお読み頂き、誠にありがとう御座いました。次回作は来世です。

 

 「なんてこったぁああああああああああああああああああああああああい!」

 

 誰も居なくなぅた放課後の教室で、絶叫する変わり果てた少女の姿がそこにはあった。

 まさに急転直下のラグナロク。

 突然のハルマゲドンに、私の頭はマルハゲドンになりそうだぜ。

 バラ色だったはずの高校生活、これからどうなっちゃうの? 

 助けて神様!

 

「んなあぁあああああああああああああああああああああああああああああ!」

 

 とても花の乙女が出すべきでは無い、野太い奇声を発しながら、机に両の拳を打ち付ける。

 涙と鼻水でぐちゃぐちゃになりながら、メイクが崩れるのも構わず泣きじゃくった。

 先輩に褒めて貰いたくて一生懸命、練習したのにな・・・・・・。


「うぅ・・・・・・星海せんぱぁい・・・・・・」


 夕陽に照らされた薄幸の美少女と涙。

 画になる光景だけど、実際は勝手に恋して勝手に振られた女が、悲劇のヒロイン気取りで虚空を見つめているだけだ。

 

 しかもこの席、私のじゃ無ぇし。


 でも憂いをおびたいときは教室一番後ろの窓際と相場が決まっているのだ。

 そこに爽やかな風と、柔らかなカーテンがあれば尚良い。


 ちなみに本来の席は教卓の目の前という、どう前世で業を重ねれば当てがわれるのだろうと悲観して止まない場所なのだけど。


 まさに泣きっ面に蜂。否、泣きっ面に恥という方が的を射ているかも知れない。一人で黙々と勝手に盛り上がっていた情熱が、氷水にぶっ込まれた鉄球のごとく急速冷却されていく。


「・・・・・・クライ・・・・・・エンド・オブ・ワールド・・・・・・ロスト・マイハート・・・・・・」


 そんな感じで中二病がよく使いがちの英単語を、無意識に羅列しながら感傷へ浸っていると、廊下から声を掛けられた。


「おーい桜峰結菜さーん」

「シュシュ・・・・・・!」


 声の主は首藤朱理しゅとう しゅり。私の数少ない親友で、中学校からは唯一の知り合い。

 因みにあだ名はシュシュという、人類の英知を冒涜するかのようにヒネりが無い安直なものだ。

 ショートボブな髪型に、分厚い眼鏡をキラリと光らせて、気怠そうに見つめている。まぁ気怠そうなのはいつものこと。所謂、ダウナーでドライな少女なのだ。

 

「そろそろ帰ろう結菜。お腹空いたし」

「放っておいて! 一人になりたいの!」

「あ、オーケー。んじゃお疲れー」

「私を一人にしないでよっ!」

「どっちだよ」


 シュシュが面倒くさそうに頭を抱えながら側に立つ。

 

「うぅ~~シュシュ~~。私を慰めてぇ。頭を無限にヨシヨシしてつかぁさい・・・・・・」

「おーよしよし。良い子でちゅねー」


 そんな感じで携帯を片手で見ながら、雑に慰めてくれる。

 

「ぐすっ。ねぇ聞いてよシュシュ」

「ヤダよ面倒くさい」

「私ね、ずっとずっとずーっと星海先輩が好きだったの。本当に愛していたの。だからきっと彼とは恋人同士になれる、そう信じていたんだ」

「ヤダって言ったのに・・・・・・」

「所がどっこい。そいつはぁ問屋が卸さねぇぜ!」

「割と余裕があるな!」

「星海先輩にはなんと・・・・・・か、彼女が居たの――!」

 

 そう言ってワーと机に突っ伏す。今までの苦労や努力は何だったのか。今まで我慢していた感情が、親友の前で堰を切ったようにあふれ出す。

 

「おいおい結菜さんよ。現実は物語と違うんだぜ。そんなイケメンに彼女がいないわけないだろ? わかりきっていた事じゃ無いか」

 「うぅ。切ないよぉ・・・・・・苦しいよぉ・・・・・・」

 「まぁ、仕方無いんじゃね? 高校生活は始まったばっかりだし、新しい出会いに期待しなさいってこった」


 もう諦めるしかないのかな。


 描いた理想図を畳むしかないのかな。


 先輩は今頃、あの女と語り合っているのだろうか。

 それとも甘く愛し合っているのだろうか。

 その光景を想像するだけで悔しさが募る。


『君、今日も可愛いね。食べちゃいたいよ』

『いやん。ばかん。うふん。好きにしてぇ!』


 ムカムカムカムカ!

 

 私の先輩を誑かしやがって。

 私の方が絶対に先輩を大切にするし、幸せに出来るのに!


「・・・・・・いや」

「はい?」

「・・・・・・諦めきれない!」


 シュシュがため息を付きながら、ポンポンと軽く私の頭を叩いた。


「我が儘を言いなさんな。世の中には仕方が無い事もあるのだよ」

「だって私だってずっとずっとずーっと好きだったんだもん! こんな簡単に諦めきれるわけが無いっ!」

「まぁ、最初はそうかも知れないけどいずれは――」


 負けたくない。

 負けたくないんだ。

 彼女だからってなに? 誰が先とか、誰のものだとかなんて関係ない。

 結局は最後に旗を掲げたヤツが真の勝者なのだ。


 だから私は――


「・・・・・・奪う」


「は?」


 シュシュが珍しく驚愕の表情で固まった。

 

「無理。諦めるなんて無理! だったらもう―― 奪うしか無いよね?」

「馬鹿なことを。そんな非常識なこと、簡単に言うもんじゃないよ」


 だけど私はそんなの無視して机を叩き、勢いよく立ち上がる。


「要するに、私がその彼女さんより惚れさせちまえば良いんでしょ? てやんでぇ! やったろーじゃねーかい!」

「おいおい結菜、それがどんだけヤバい発言かわかってる? 相手の気持ちになってみなよ!」

「知らんし! 私のモットーは "天上天下、唯我独尊、ガタガタ言うなや、負けんのが悪い” だからっ! やったもん勝ちってヤツだよ!」

「うわぁ。親友ながらどん引きだ」


 苦虫を噛みつぶして、挙げ句の果てに飲み込んでしまったような顔をする親友の手を強く握り、私は目を輝かせた。

 

「やろうシュシュ! 二人で力を合わせれば何とかなるよ! 不滅の友情パワーだよっ!」

「やめろ。子供向けアニメの主人公みたいなセリフで、昼ドラみたいなドロドロした悪の道に引きずり込むんじゃない」



 後日。そんな感じで星海聖夜奪還計画がスタートした。


「勝手に始めるな」


 シュシュがジト目で睨付けてくる。


「まぁまぁ固いことは言わずに」


 私は早速、この一週間でまとめ上げた星海聖夜レポートを開示する。


「先輩は図書委員会で、毎週火曜日が当番らしいの」

「今日じゃないか」

「そう。それで昨日、徹夜で作戦を立てました。聞いて下さい」

「だからそんなに眠そうなのか」


 眠い目を擦りながら意気揚々とメモを見せる。 


「どれどれ」

 

 ① 図書室で勉強中、私が貧血を起こして倒れる。

 ② 心配した先輩が保健室まで連れて行ってくれる。

 ③ 保健室のベッドに寝かせて貰う。

 ④ 同衾に至る。既成事実化。


「デデーン! どうよ!」

「綻びしかねぇな!」


 シュシュが呆れ顔で突っ込む。


「何がデデーンだよ! よくそんな自信満々で出せたな? 無理だよ! 特に③と④の間が無理すぎだよ!」

「先輩が私の可愛さに我慢できなくなればワンチャン☆」

「自惚れ乙! むしろそんなすぐ違う女を抱いちまう男で良いのかオマエは・・・・・・」

「だって私は浮気されないし」

「ビビるほど自信過剰だな!」

 

 さてミッションスタート。

 私はイヤホンを介して、教室で待機するシュシュと通話を繋げたまま、図書室へと向かう。


「やっべ。オラ、ドキドキしてきたぞ」

『まぁ成功率はマリアナ海溝よりも低いと思うけど健闘を祈る』

「サーイエッサー!」


 図書室の扉をオープン。まずは頃合いを見て貧血のフリを――。


「げっ!」


 なんと図書室。#激混み。

 見渡す限り人だらけ。三〇人はいる? とっとと帰れや勤勉気取りどもがよぉおお!


「うぅ仕方無い。人が捌けるまで粘ろう」


 肝心の先輩は――


「あっ!」


 いた! 受付に座り、優しい笑顔で生徒を捌いている。

 あぁんもう今日も格好良すぎて目眩しゅる。

 あのしなやかな指で触れて貰えると妄想するだけでどうにかなっちゃいそう。


「先輩。今日は先輩のためにお弁当、作って来ちゃいました!」

「ふっ、嬉しいよ結菜。さすが未来の花嫁さんだ」

「やだ、恥ずかしいよぉ。ほら見て下さい。先輩の大好きな明太子、いっぱい入れたんですよぉ」

「確かに美味しそうだけど、僕が最初に食べたい明太子は君の顔に付いている、可愛らしいコッチかな」

「あっ・・・・・・」


 ぶちゅう!

 なんちゃって☆

 もう大事な作戦中だぞ。それなのに楽しい妄想は尽きないんだからん! 本当に悪戯な脳みそ!


 壮大な計画と妄想を胸に秘め、ドッキンドッキンしながら少しだけ目線をずらすと彼の隣に


「聖夜。こういうときどうすればいいの?」

「あぁ、これはね」


 はぁあああああああああああああああああああああああああああああああああ?

 い・る・し! 彼女い・る・し! 畜生! 

 ウゼぇし! ダリィし! 邪魔くせぇええええええ!


「こちらコードネーム:スネーク。ターゲットを確認。今すぐ狙撃してどうぞ」

『できるかい。参謀本部としては今すぐ撤退したほうが懸命と判断するどうぞ』

「いや、このままチャンスを伺うどうぞ」

『私はもう帰りたいどうぞ』

「もう少し待っていて。お願い。アウト」


 再び目線を二人に戻す。

 くそがぁ。学校内でいちゃつきやがって!

 今からオマエを「ざまぁ」出来るのが楽しみで仕方ねーぜ。


『いや、誰がどう見ても「ざまぁ」される役回りはオマエの方だよ』


 忍耐力との勝負が始まる。徹夜明けの眠気が襲ってくるなか、気力だけで持ちこたえる。

 それでも時計の針が進むたび一人、また一人と生徒が減っていき、西日が強烈に差し込む頃には私と先輩、そして雌豚の三人だけとなった。

 相変わらず二人は幸せそうに、途切れることなく談笑している。


 くぅー! この女、そろそろ先輩から離れろよ。貧血大作戦ができないじゃない。

 メリメリとシャーペンを握りながら勉強するフリをすること数分。

 あの女が先輩の耳元で囁く。私は全神経を集中させて聞き耳を立てた。


「ねぇ聖夜。生徒もあの子しかいないしさ。少しだけ二人きりになれるところ行かない?」

「駄目だよ。これは仕事なんだから。定時まではいないと」

「むぅ真面目くんだなぁ。でもそんなところが・・・・・・好き」

「ありがとう。僕も愛しているよ」


 そう言って愛おしそうに彼女の頭を撫でる。


 ぐぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぃ!

 私は血の涙を流しそうになりながら怨嗟を込めてノートにグリグリとペンを押しつける。

 耐えるのよ結菜! これはアナタが選んだ茨の道じゃない! ここから全てをひっくり返すのよ!

 そんな感じで一人盛り上がっていると


「聖夜、私ちょっと出てくるね」


 と言って彼女が立ち上がる。


「どうかしたの?」

「もう。乙女の秘密だよ」


 何が乙女の秘密だ。虫唾が走る。

 正直にワレ、便所で汚水を垂れ流してきますと言いなさいよ。

 それはそうとして女が図書室を後にした。チャンス到来! 今しかねぇ!


「ミッションを開始する」

『まぁ程ほどにな』


 私は立ち上がるや、全身全霊を持ってフラッと倒れ込んだ。


「あっ・・・・・・! およよよよ~~」


 静かな図書室内に大きな転倒音が響く。


「えっ? 君どうしたの!」


 優しい先輩はすぐに立ち上がると、急いで私の元へ来てくれた。


「大丈夫か!」


 先輩が私の顔を覗き込む。

 うわぁあああああああああ! 距離近ぇえええええええ! うひょぉおおおお!

 かっけぇええええええええ! 

 声が甘―い! 髪の毛サラサラ! まつげ長っ! 女子かよ! やべぇ、一秒も直視できないよぉ!

 私はマンドリル見たく伸びそうな鼻の下を必死に押さえ込み、迫真の演技を続ける。


「うっ・・・・・・ごめんなさい。貧血みたいで・・・・・・」

「本当か? 今すぐ保健室に行こう」


 計画通り。私はニヤリと上がりそうな口角を、人差し指で無理矢理下げる。 

 このまま保健室まで――。


「あっ、でも流石に初対面の女の子を抱えるのは失礼だよね」

「は?」

「ちょっと人を呼んでくるから待っていて!」


 待て待て待てぃ! 暫く! しばらくぅ~~! それじゃ駄目なんだよぉおお!

 今すぐ運ばなきゃいけない演技をしなきゃ!


「ヴォエ! ゴホゴホッ! 痛だだだだ! ヒギィイイイ! ドドドドドドド!」

「ど、どうしたの?」

「ご、ごめんなさい・・・・・・持病の喘息と腹痛と頭痛と胸痛がぁあ! アバババ!」

『満身創痍にも程があんだろ!』


 迫真の演技に、先輩も狼狽える。


「何だって? 今すぐ救急車を!」

「い、いや、保健室に行けば秒で収まりますたぶん! 間違いなく!」

『オマエの体調、ご都合主義だな!』


 先輩は心配そうに悩んでいる。早くしないとあの女が戻ってくるかも知れない。時は一刻を争う。恥ずかしいけど、もう強行的に一歩踏み出すしかない!


「う・・・・・・うぅ・・・・・・せんぱぁい・・・・・・」

「どうしたの?」

「ごめんなさい・・・・・・お願いです・・・・・・保健室まで連れてってくれませんか?」


 瞳をこれでもかと潤ませて懇願する。

 その涙に心を打たれたのか、先輩は覚悟を決めたように


「――っ失礼するよ!」


 よしきたぜ! これで肩を貸して貰えるかと思いきや――


「よっと!」

「にゃあ!?」


 そう言って先輩は私の脇下と膝下に手を回すと――

 

 お姫様抱っこで持上げた。


 にゃぁああああああああああああ!

 おおおお姫様抱っこ? ゆゆゆ夢にまで見たお姫様抱っこ?

 なんてこったい。どんなこったい。何がどうでこうなんだってばよ! あわわ、もう私ったらテンパり過ぎちゃってまぁ!


「大丈夫かい? 行くよ! もう少し頑張ってね!」


 そう言って歩き出す瞬間、先輩からフワッと良い匂いが漂ってきて鼻腔をくすぐった。

 うひょぉおおおおおおおおお! 大丈夫じゃねぇええええよぉおおおおおおお!

 ヤバいヤバいヤバい! 心臓破裂する! 破裂死しちゃうぅうううううううう! んぎゃぁあああああああああああああああ! 良い匂いがぁあああああ! 柔軟剤の良い匂いがぁあああああ! 絶対記憶する! この匂い死んでも記憶する! 絶対同じのを探し当ててオソロにしゅりゅうぅうううううう! すーはーすーはーんふぅううううううううううう! きてるぅ! 鼻腔の奥の奥まで先輩がずんずん来てりゅぅううう! んほぉおおおおおおおおおおおおお! もう無理ぃ! 思考回路無理ぃ! もう人間じゃなくなってりゅう! 野獣になっちゃってりゅのぉおおおおおおおおお! でも仕方無いよね。先輩に触れられちゃったら仕方無いよね。だから私、やめる! 私は人間をやめるぞぉおおおおお!


 なんてトリップしてる間に、あれよあれよと保健室へ到着。

 畜生、近すぎんだろ保健室野郎! あと五キロメートルは離れろってんだ。


「失礼します!」


 保健室に入ると、これまたおあつらえ向きに誰も居ない。


「到着したよ。降ろすからね」


 そうして静かに優しくベッドへ寝かせてくれる。


「はぁはぁはぁはぁ・・・・・・」

「苦しそうだね? 顔も真っ赤だし辛いのか?」


 いや、ただ興奮しすぎているだけなの。むしろ絶好調なの。

 ここまで良い具合にミッション③まで完遂。

 あとは同衾に至るまでよ!

 でもここからどうやって持ち込むか。


 案①「汗かいちゃったから・・・・・・脱いでも良いですか?(セクシー作戦)」

 案②「一人だと心配で眠れないの。一緒に寝てくれませんか?(甘えん坊作戦)」

 案③「先輩、ヤろう!(漢の直球作戦)」


「やべぇ、どれ選んでもただの痴女だ」

『今更かよ!』


 何か無いかな? もっと自然に誘う何か。


「うーん保健室の先生いないな。探してこようか」


 まずい! このままだと先輩が行ってしまう!

 私は慌てて先輩の袖を掴む。


「え?」

「待って下さい。星海先輩・・・・・・。行かないで・・・・・・」

「え? 君、新入生だよね。どうして僕の名前を?」 

「えっ! そ、それは何となくたまたまです!」


 慌てて咳払いで誤魔化す。


「たぶん少し寝れば良くなりますから・・・・・・」

「それなら良いけど」

「でも、万が一ってこともあるかも知れませんので、少しだけ側で見ていて欲しいです」


 よく考えれば図々しいこと、この上ないけど、私だって必死だし!

 でも先輩は嫌な顔一つせずにクスリと笑って「わかったよ」と言った。

 あぁ神様仏様。星海聖夜という存在を、地上に産み落としてくれてありがとうございます!

 こうして私が天に感謝を伝えていると


「早く良くなってね」


 そう言って先輩は優しくはにかみ、その美しいお手々で私の頭を慈しむように撫でた。


 にゃぁああああああああああああああああああああああああああああああああ!

 おかしくなっちゃうのぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!


 興奮していた上に、更に予想外の至福が重なって、私そのまま意識がスーッと――。

 


 どのくらい時間が経っただろうか。


「んぁ?」


 目が覚めると何やら騒がしい。

 私の寝ている横で誰かが会話しているようだ。

 まさか絶頂死して異世界転生したのかと思いつつ、寝ぼけ眼で見れば星海先輩の背中が見える。


「ふぁ!?」


 しまった重要作戦中じゃないか! 何寝ているんだ私は! 


「せ、せんぱ――」


 慌てて起きようとして、目を開くとそこに飛び込んできた光景は


「もう、聖夜って本当に優しいんだから」

「だって苦しんでいる人を放って置けないだろ」


 私の頭を撫でてくれた手で、優しく相手の肩を抱く。


「ふふ。でもそんなところが好き」

「僕も」


 そうして二人は私の目の前で妖しく手を繋ぎ、顔を寄せてそのままLOVE。




「うわぁあああああ! 畜生めぇええええええええ!」


 その後、教室に逃げ戻りシュシュに当たり散らしたのは言うまでもない。


「残念だったね。まぁ想定通りだけど」

「うぅ・・・・・・星海せんぱぁい」

「どうする? もう諦める?」

「むむむむ・・・・・・否!」


 私は机を勢いよく叩いて立ち上がり、涙と鼻水を垂れ流したまま高らかに宣言した。


「この程度では折れぬ、挫けぬ、諦めぬ! 私たちの戦いは始まったばかりなのだから!」

「いや、だからで私を巻き込むな。しかも挫けた方が健全なのを忘れるな」

「待っていてね星海先輩!」

「聞いちゃいねぇ」


 結末はどうなるかわからない。

 でも恋する心は冷めやらないぜ!

 不肖、桜峰結菜! これからも頑張ります!

 

 




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