第22話 朝飯前の兎茶漬け


「────! アルファ────!」


 チェルの叫びに驚いて覚醒。青空を背景にチェルの顔があり、長い髪が垂れ下がっている。逆光に隠れた表情は今にも泣きそうだ。アルファは辺りを見渡す。セザリンドやコルト、グロウやグルバッハ、ほかにも知っている冒険者仲間の姿があった。


「やっと起きた!」

「いやー。やっと、というより、凡ミスで負けたのが恥ずかしくてなかなか起きられなかったと言いますか……」

「なに強がってんのよ!? あんた死にかけだったんだからね!」

「いやー。自分、死んでもすぐに蘇生できる転生特典を持っていましてー。いっそのことトドメを刺していただければ、苦しみながら回復を待たずに済んだんですけどー。その点コルトシアさんはどうお考えなのですかねー。なんでトドメ刺さなかったの?」


 先日、コルトシアの雷撃を食らって即死した直後の蘇生は、一瞬で五体満足、痛覚ひとつなく蘇生できた。今回は日の傾き加減から、数分ほど時間が経過しているようだ。その数分間、意識が明滅する時があり、胸が破裂するような痛みが迸って、拷問を受けているように苦しかった。


「ねぇなんでトドメ刺さなかったの? ずっと痛くて苦しかったのに。え? お前マジで駄女神なの? 本当はできる奴だって信じてたのに……」

「あの状況でトドメなんて刺せるわけないでしょおおおお!?」

「なんだ周りの目を気にしてんのか? 別にすぐ生き返るんだからいいじゃん! 俺の仲間なら合理的に行こうぜ!」

「私の時はすぐ蘇生しなかったくせにぃいいいいい!!」


 それはそうだ。身から出た錆である。それはそれとして、今回のような場合には速やかにトドメを刺すことをお願いする。


「で? セザリンド。バッガロウたちと、街の人の様子は?」

「バッガロウの軍勢は帰路に就いた。街の人は混乱している。なんせ誰も死なずに争いが終わったのだからな」

「それが俺の世界では普通の戦争なんですがねー。とっととモラルを発育させたいものですねー。ああ俺が四歳の頃を思い出すぜ。お前らの精神年齢や秩序年齢は、俺の四歳ごろだからなマジで」

「ところで、お前は敗北する直前、コルトシアに蘇生魔法を指示していたな。あれは自分が負けると悟ってのことか?」

「ああ恥ずかしい! 勝ちを確信して油断してたのかしら! ……ちがうよ。確実にバッガロウを殺せると判断したから、すぐにバッガロウを蘇生してもらおうと思ったんだ。そのあと、お互いに治癒魔法や蘇生魔法を掛け合うように推奨するつもりだった。要は戦争のスポーツ化、その奨励だ。このこと、改めてセザリンドの口から言いふらしてほしい」

「…………ほぼ不可能に近いが、個人的には検討しよう」

「サンキューな!」


 聡明なセザリンドは、既にアルファとの会話の仕方を心得ていた。少しでも隙を与えれば説教臭い小言が始まる。理屈屋にして饒舌多弁。しかし合理的でもあるため、いちいちリアクションを取る必要はない。アルファも内心ではそれを望んでいる。そのため『ところで』と遮った。それは一見するとチグハグな会話に聞こえるが、結局お互い思いのままに語らったほうが意思疎通が捗ることを、セザリンドは見抜いていた。まったく面倒くさい男である。

 というのも、今しがたアルファが言った『サンキューな!』というセリフ。それは検討することへの感謝というより、アルファの小言を遮ったことに対する感謝の意味合いが強いと見た。セザリンドは、まるで心理戦のような会話を経験したことで、疲弊のため息をつく。


 それを見て笑うアルファは膝を叩いて立ち上がった。なんだかすこぶる体調が良い。これはどうしたことか。


「次いで、お前が倒れた時のことを説明したい。バッガロウからの伝言もある」

「ほう」

「お前が死に体で倒れた直後、しばらくバッガロウも動けなかった。やおら起き上がるなり後ろ首やのどをさすって、治癒魔法を唱えてお前に掛けた。瞬間系の治癒魔法ではなく、持続系の治癒魔術だ。《アース・リジェネレイト》と唱えていた」

「あぁそれで体調がいいのか。たぶん持続治癒の効果が低い代わり、肉体活性の効果もあるなこれ。たぶん自前の再生力と合わせて使うから、治癒の効果量は少なめでいいんだろう。戦術的な魔法だな。合理的だ」

「そうか……そのあとバッガロウは、我々に『次は死人が出る殺し合いではなく、今回のように互いに愉しい殺し合いがしたい』と言ってきた。それはお前への伝言でもある。そして奴は再び、お前に魔法を掛けた。《ソウルブラザー》という交信魔法だ」

「なにその直球なネーミングセンス! まぁいいけど……」

「あ、おい! その魔法は心の底から認めると────!」


 突としてアルファの目元・耳元・手元に、それぞれの部位に合わせたサイズの魔法陣が展開。ルールールーという連続的な音が鳴り、断続的に途切れたかと思えば、再びルールールーと鳴り響く。なんだかコール音のようだ。そして繋がった。目元の魔法陣にバッガロウの顔が映り、耳元から向こうの音声が聞こえる。手元にはホログラムデバイスのキーボードが表示された。ぱっと見、操作には慣れる必要がありそうだ。また、手紙が書けることもわかる。


《起きたか。アルファ。まさか本当に受け取るとはな》

「おう。なんだこれは」

《友情の証だ。魂と魂の表層で会話している。ま、俺の方から連絡することはないだろうが、何かあれば頼れ》

「そりゃありがたいが、なんで」

《魔族に偏見を持たず、俺と戦友になってくれただろう》

「なるほど。それはどういたしまして。ま、俺もあんま連絡するタイプじゃねぇからさ。そっちもなんかあったら呼べよ。暇だったら助けに行く」

《ハッハッハッ! 了解だ。では、またな》

「おう。またな。────これどうやって終了するの?」

《切りたいと強く思えばいい》

「えー! それお互いに切れなくて切りどころに悩むやつじゃーん!」


 そう言った途端、アルファは念話を途絶した。魔法陣が収束していく。


「いやちゃんと切ってるじゃん!? 割と容赦なく切ってるじゃん!」

「チェル。こういうのは一発ボケたあと、反応を待たず思いっきり切るといいんだ」


 なにはともあれ、ひとりダチ公ができたようだ。これは嬉しい。なぜならアルファは男友達が多くない。大抵は嫉妬心や恐怖心を抱かれて離れていく者が多い。女好きなところや死生観などの考え方が合わないのだろうか。そのため間男にはならないように気をつけているのだが、困ったものである。

 と思ったが、そもそもバッガロウは男なのだろうか? アルファは訝しむ。今度思い出したら聞いてみよう。ああ見えて女性の可能性も捨てがたい。自由に肉体変容する魔族相手に、外見で性別を決めるのは早計というものだ。そもそも性別すらない可能性もある。もしやプラナリアなのだろうか。


「ああ。なんか一回死にかけたせいか頭が混乱してるな。さっさと帰って休むかー。んじゃお前ら、心配かけたな!」

「……っ! もう! なによ! そんなに軽く済ませようとして! やっぱりあんた頭おかしいわ!」


 アルファは立ち上がり、喚くチェルの頭をひとなで。ほっと安堵のため息をつくセザリンドとコルトシアに礼を言って立ち去る。解散する人々。街の中に入って時計台を見上げれば、時刻はまだ朝方だった。


          「まったく。騒がしい朝の散歩だった」

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