月と篝火

雪の洞窟へ

 翌日から授業はなく、各自旅装を整えて王都の外へ向かった。

 フランたちのように、ペアやチームを組むメンバーも少なくない。

 というか、フランは何人もの生徒から声を掛けられた。ごめんなさい先約が、で押し通したが。

 声を掛けてきた生徒の中には、シアの姿もあった。

 一応シアにだけは、正直に「クルーエルと雪兎スノウラビットを捕まえにいく」と打ち明けた。隠す理由もない。

 シアは何かもの言いたげに口を開閉した後、「そっか」と呟いた。


「やっぱり、クルーエルちゃんなんだ」


「え?」


「フランちゃんにとって、クルーエルちゃんは特別なんだよね」


「な、なによその言い方。別にそういうのじゃないってば」


 不本意な言葉に、フランの顔、もとい頭に血が昇る。

 ありえない。どんな誤解だ。別にわたしは、そんな。

 フランの顔をまじまじと眺めて、シアは視線を外した。


「気をつけてね、フランちゃん」


「……誘ってくれたのに、悪いわね。もしよかったら、シアも来る?」


「ううん。雪山に水属性の魔法属はいないだろうし、他を当たるよ」


 そう言って、シアは踵を返した。「他」をあたりに行ったのだろう。

 優秀で人懐っこい彼女には、たくさんの友人がいる。中には水属性使いもいるはずだ。


 学生鞄と杖だけを手に、フランはクルーエルとの待ち合わせ場所へ向かった。

 北の城門前につくと、すでに旅装姿のクルーエルが待機していた。

 雪兎スノウラビットの捕獲は一日がかりだし、向かう先は山だ。

 だというのに、フランだけでなくクルーエルも荷物を用意していない。

 代わりに、ルクレツィアの学生鞄を手にしている。

 これはルクレツィアの鞄が、無機物限定で無限に収納できる魔法具だからだ。

 寝袋やキャンプ用品、非常食の類はすべて鞄に詰め込んである。

 視線を交わして、そのまま城壁を抜ける。

 街道沿いにしばらく歩いた辺りで、フランは鞄の留め具を外した。


「ぼちぼち飛ぶわよ。箒は?」


「当然」


 二人は鞄からにゅるんと長柄の箒を取り出した。

 箒は杖と並ぶ、最古の魔法具だ。使い手の属性を問わず、マナを推進力に変えて空を飛ぶ。


「下手くそだったら置いてくからね」


「どうぞご自由に」


 ふわり、二人の身体が宙に浮く。 

 言うだけあって、クルーエルは箒の扱いも巧みだった。つくづくセンスの塊みたいな奴だ。

 競うようにぐんぐん加速して、風を切る。

 しばらく飛んでいると、やがて行く手に雪化粧を被った雪山が見えた。

 緑に芽吹く尾根のなかで、そこだけがぽっかりと白い。


「なるほど」


 と、箒に腰掛けたクルーエルが頷く。


「あの一帯だけ、地脈のマナが乱れてるのね」


「そういうこと」


 マナは大気中だけでなく、地中や水の中にも存在している。

 通常は無属性のマナだが、様々な原因で何らかの属性を帯び、環境に影響を及ぼすこともある。


「フラン、あれは? あの、ほら、煙が出ているところ」


「煙?」


 雪山に近づいた辺りで、にわかにクルーエルが騒ぎ出した。

 見れば、確かに雪山の山頂近くで白い煙がたなびいている。

 近くの高台に降り立つと、切り立つ岩に囲まれた泉が見えた。

 いや、泉じゃない。煙の正体は湯気だ。

 つまりあれは、


「なんだ、温泉か」


「なんだとはなによ!」


 何故か唐突にクルーエルがキレた。


「天然の温泉よ⁉︎ それも人の手が加わっていない、本物の秘湯! 大発見じゃない!」


「いや、地元の人とかは知ってるんじゃないの。なんか木の桶とか置いてあるし……」


「だとしても! ああ、素晴らしいわ。見たところ透明だし、炭酸泉かしら。だとすれば肌に良いし冷え性にも効果的だし、飲用にも最適よ」


「あ、そ。別にどうでもいいわよ、メイドもなしに入浴なんて出来ないし」


「……は?」


 クルーエルが幽霊を見るような目でフランを見た。


「そこに温泉があるのに入らない……? いえ、百歩もとい百万歩譲ってそこは置くとしても。あなた、まさか一人でお風呂に入れないの?」


「なんで風呂に一人で入るのよ。髪とか背中とか、誰が洗うの?」


「信じられない。子供でもあるまいし──待ちなさい。あなたまさか、寄宿舎の大浴場でも」


「ケイに洗ってもらってるわよ。面倒だから、大抵は汚れ落としの魔法で済ませてるけど」


 ルクレツィアの寄宿舎には浴場があり、水魔法によって給排水される仕組みが整備されている。

 ただ、フランはほとんど使ったことがない。

 五年の修行期間に師匠から汚れ落としの魔法を教わって以来、もっぱらそれで済ませていた。

 だって効率的だから。


「信じられない。不潔だわ」


「誰がよ。むしろ清潔でしょ。ていうか、そんなの貴族なら普通──ってそうか、あんたは知らないんだった……」


 クルーエルは十歳になる前から幽閉に近い扱いを受けていたらしい。

 なら、思春期以降に侍女に身体を洗ってもらった経験なんてないだろう。


「とにかく、温泉なんて二の次。本来の目的じゃないし、身体の汚れを落としたいなら生活魔法で充分だし──」


「フラン」


 がっし、とクルーエルがフランの肩を掴む。


「あなたは何も分かっていない。悪いことは言わないわ。一緒に温泉へ入りましょう」


「やだってば」


「いいから、入るのよ」


 いったい、熱い湯の何がそこまでこいつを駆り立てるんだ。

 結局、勢いに負けて一緒に入ることになった。

 理不尽だ。

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