宿敵は未だくすんだ灰色を着て

 灰色。すなわち無階梯。

 一般的に、貴族の子女が第一階梯である黒ローブの認定を受けるのは十二歳前後と言われる。

 そこから臙脂までの道のりが長く、平均で十六歳か十七歳。

 臙脂に至れば一人前ということで、大抵はそこ止まり。

 藍色を着るのは宮廷魔導師か導師志望だけで、二十歳までに袖を通せれば概ね食いっぱぐれない。

 というか、そこまでに至れないなら素質無しと見做される。

 とにかく。

 フランが藍色を着ていることと同じく、あるいはそれ以上に、クルーエルが灰色を着ているのは「あり得ない」ことだった。

 もちろん、悪い意味で。

 教室がざわめく。


「……ダストエンド? 知ってる?」


「知らない。ていうかルクレツィアって、無階梯でも入学できるの?」


 フランも知らない家名だった。ということは、少なくとも侯爵以上じゃない。

 おかしい。

 クルーエルは、伯爵家の出だったはず。


 囁きが聞こえているのかいないのか、当のクルーエルは涼しい顔で教室の最後列に腰を下ろした。

 気づけ! と念を送ってみるが、反応無し。

 フランの存在を認識しているかどうかも怪しい。

 むかつく。

 そもそも、なんで灰色なんて着てるんだ。

 藍色とは言わずとも、そこはせめて臙脂だろう。

 階梯なんか興味ありません、とでもいいたいのか。私は必死こいて藍色を着たのに。

 むかつく!

 そもそも虚偽申告じゃないか。

 なにが属性は氷、だ。

 氷と風と光、奇跡の三重属性だろう。

 しょうもない嘘を吐いて、何がしたいのか。


 暗くてドロドロしたものが、フランの胃袋の底で煮えている。

 なにより、本当に腹立たしいのは──


「どうして灰色が……」


「……名門に相応しくない……」


「どうやって試験を……? まさか裏口とか──」


 クルーエルが、侮られていることだ。


 先ほどから、ちらちら聞こえてくる同級生たちの囁き声。全ては聞き取れずとも、声の調子で意図は伝わる。

 不満なのだ。

 灰色風情が、名門のルクレツィアにいることが。

 気持ちはわからなくもない。

 貴族限定の教育機関とはいえ、ルクレツィアの入学審査は厳しい。

 生徒の大半は、長い時間を費やして対策してきたはずだ。

 そこに灰色の素人が混ざっていたら、当然に不正を疑う。

 アステリアは魔法の国だ。実力がない者は侮られる。

 でも本当は違うと知っているから、腹立たしい。

 どいつもこいつも、灰色だ灰色だと。

 いいかよく聞け有象無象ども。

 本当の本当の本っ当に癪だけど、そいつはあんたら全員が束になっても敵わないくらいの魔法使いで、たった十歳で竜種の精霊召喚をしてみせた天才で、本当は、本当は藍色を着たこのわたしよりも──

 パン。

 教壇の導師が、両手を打ち鳴らした。


「静かに。オリエンテーションを続けます。まず、単位の取得方法ですが──」


 ……まあいいか。

 別にクルーエルが軽んじられようが侮られようが馬鹿にされようが、自分には関係がない。

 大切なのは、あの女に勝つことだ。

 勝って、かつての屈辱を雪ぐこと。それ以外のことは、全て些事なのだから。

 

 初日は単位の取得方法や院内の案内で終わり、本格的な授業は翌日からということだった。

 すでに熟読済みの入学案内に記されていた説明を聞き流しながら、フランは折り紙を折っていた。

 親指大の鳥の形に整形したそれを、教室の誰も気づかないくらい繊細な魔力操作で飛ばす。

 紙の小鳥が降り立ったのは、クルーエルの机だ。

 紙にはフランからのメッセージが記してある。

 オリエンが終わったら、尖塔の裏手に来い。そこで五年前の決着をつけよう、と。

 ククク、とほくそ笑む。

 ついにこのときが来た。

 雪辱を果たして、過去の自分と決別するときが。


 †


「……ついに来たわね、この日が……」


 教室を足早に立ち去り、人気のない塔の裏手にやってきたフランはぽつり呟いた。

 なにせ五年越しの決闘だ。

 ぞくぞくと武者震いが背筋に走る。


「ふ、ふふ、ふふふ…………いや落ち着きなさいフランドール。そう、深呼吸よ……」


 すーはー、すーはー。

 駄目だ。どうしても冷静でいられない。

 フランは懐から「クルーエル攻略本」と銘打った手帳を取り出して、パラパラとめくった。

 これは五年間、フランがひたすら脳内で繰り返してきた対クルーエル戦のシミュレーション集だ。

 氷、光、風。三属性を持つ相手をどうやって攻略するか。竜種召喚にどう対抗するか。攻め筋は。受け方は。決め台詞は。

 当然、この日のために準備をしてきた切り札だってある。

 それさえ決まれば、あの化け物にも勝てる。


「ふ、ふふふ、くふふふふ……」


 駄目だ。まだ笑うな。

 笑うのは、あの女が地面に這い蹲って「ごめんなさいフラン様、私の負けです。これから一生フラン様の言うことを聞きます」と吠え面をかいてからでも遅くない。


「さあ、早く来なさいクルーエル……!」


 そのときがお前の命日だ……(殺さないけど)!


 †


 一刻後。


「──なんッで、来ないのよ⁉︎」


 フランは地団駄を踏んでいた。


「あいつどういう神経してんの⁉︎ 遅刻するならするで連絡しなさいよ! 社会のマナーでしょ⁉︎ 風属性持ってんでしょうが!」


 遠距離交信系の魔法は風属性の専売特許だが、クルーエルはその適性がある。

 つまり怠慢だ。侮辱だ。

 ぬがぁ! とフランは尖塔の石壁を殴りつけて涙目になった。おてていたい。


「ぐすっ……ううう。これも全部クルーエルのせいだ……」


 恨み言を呟きながら、フランは術式を構築した。

 クルーエルに送りつけた、紙の小鳥の所在地を探るのだ。

 自分の魔力なので、辿るのは容易い。

 小鳥は、別の尖塔の裏手にあった。

 はて。

 まさか、待ち合わせ場所を書き間違えた? 

 いや、確かに自分はここを指定したはずだ。

 まさか迷ってる?

 しょうがないやつめ。こっちから出向いてやるか。

 ぶつぶつ言いながら、フランは魔力の糸が示す方向へ歩き出した。

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