若獅子戦(リオンス・マギア)
「
翌日。
フランは、アルフレッドの居室にいた。
父のかたわらには、例の家庭教師の姿がある。
「そうだ」
と、アルフレッドが重々しく頷いた。
「名前は知っているだろう?」
「もちろんです。魔法学院に通う貴族の子女が王族の前で魔法の技を競い合う、真剣勝負の場……ですよね」
魔法を学ぶ者として、当然知っている。
「今年の開催は来月だったかと。王都までご観戦に?」
「いや、少し違う」
と、父は続けた。
「今年は
「
従来の
入学前の若年層による大会。
新しい試み、といえば聞こえはいいが、狙いは王家による優秀な魔法使いの囲い込みだろう。
「その大会に、お前も参加しなさい」
それをわかっているのかいないのか、アルフレッドは決定事項としてフランに告げた。
「お前の才能は本物だ。必ず勝利し、レインフォレスト家の名を高めてこい」
超絶めんどくさいから嫌です。
なんて本音はおくびにも出さず、フランはスカートの裾を摘み上げた。
「承知しました。このフランドール、当家の名を辱めぬよう、精一杯努めてまいります」
どうせ頑張らなくても、楽勝だろうけど。
そう思っていた。このときはまだ。
†
二週間後。
フランはケイとその他の従者、数名の護衛を伴って、王都へ向かう馬車に乗りこんだ。
アルフレッドは、執務の関係でギリギリに出発予定だ。
王都へは馬車で丸三日。長旅は苦ではないけれど、ずっとご令嬢モードを続ける精神的負担は少なくない。
というわけで、道中の宿に滞在している間は、可能な限りケイと二人でいるようにした。
例えば、個室に備え付けの湯船で身体を洗うときとか。
たっぷり泡を作ったスポンジでフランの腕を磨きながら、やや皮肉っぽくケイが口を開く。
「随分、素直に受けたんですね」
「何の話?」
「若獅子戦です。フラン様なら、いくらでも断る口実を思いついたでしょうに」
「なんでわたしが断る前提なのよ」
「だって、お嫌いでしょう。見せ物の勝負ごとなんて」
「別に嫌いってわけじゃないわよ。勝負ごとは好き。ただ、気をつかうのが面倒なだけ」
泡の浮いた湯船から手を出して、天井の灯りに翳す。
室内を眩く照らす、魔道具の照明。
魔法の国、アステリアならではの光景だ。
他国は未だ、灯りのために本物の火を使っていると聞く。
「気をつかう?」
「いい、ケイ。貴族にはね、面子ってものがあるの」
「面子」
「例えばわたしが、伯爵家とか侯爵家とかの、概ね同世代の子と勝負するでしょ?」
「どういう経緯で?」
「どういう経緯でもいいわよ。とにかく決闘沙汰になったとして、まあわたしが勝つわけ。剣でも乗馬でもダンスバトルでも、当然魔法でも」
「随分な自信ですね」
実際、自信は満々だ。
多少相手が歳上だとしても、自分が負けるわけがない。そう確信している。
「このわたしが、ただのお嬢様に負けると思う?」
「残念ながら、何にせよフラン様がお勝ちになるかと」
「なんで残念なのよ。主人の勝利を喜びなさいよ。我が事のように」
話が逸れた。
「とにかく。何をやっても優秀すぎる私が勝つのは当然として、大切なのは勝ち方だってこと」
「必要以上にこてんぱんにやっつけて、ライバル貴族の顔面に泥を塗りたくるわけですね。さすがです、フラン様」
「違うわよ! あんたわかって言ってるでしょ。つまりそういうこと。相手に恥をかかせるような勝ち方をしちゃ駄目なの」
相手の面子を立てて、本気は出さない。
それがフランにはもどかしい。
「だから勝負事は嫌いなのよ。適当に実力を抑えて勝ちすぎないように勝つなんて、面倒で疲れるし──何より、つまんない」
はぁ、と憂い顔でため息をひとつ。
「あーあ。どこかに、本気のわたしと競える相手はいないのかな」
「フラン様……」
十歳にしてあまりにも傲慢なセリフを吐く主人の髪に泡をまぶしながら、ケイはしみじみと呟いた。
「本当に、クソ生意気にお育ちになられましたね……」
「ちょっと、口悪いわよ⁉︎」
伯爵家のメイドがクソとか言ってはいけない。
たまに私も言うけど。
「そこまで仰るなら、いっそ早々に負けてしまえばよろしいのでは?」
「それはない」
フランは即答した。
「敗北はありえない。お父様が勝てというなら、わたしは絶対に勝つ」
ケイの手が止まる。
「……まだ、ご自身の生まれを気にされているのですか。家中の者はもう、誰もフラン様を侮ったりは」
「してるでしょ」
フランは断じた。
「どこまでいっても、わたしは妾の子よ。だから、負けるわけにはいかないの」
フランは妾腹の子だ。
長女ではあるが、正妻の娘ではない。
アルフレッドと、高級娼婦の間に生まれた子だった。
なのにフランが長女として扱われているのは、魔法の才能があるからだ。
少なくとも、フランはそう考えている。
赤い髪も翠の目も、亡き母から継いだ。
だからこそ、証明し続けなくてはいけない。
自分が貴族に相応しい、優れた魔法使いであることを。
類稀な価値を持つ、金の卵であることを。
†
王都は国と同じ名前を冠する。
すなわちアステリア王国王都アステリア、だ。
見上げるほど高い城門を抜けると、メインストリートはちょっとしたお祭り騒ぎだった。
そこら中に屋台が軒を連ね、客を呼び込む声が飛び交う。
ケイが馬車から身を乗り出して、人が集う一角を指差した。
「フラン様、見てください! あの男性、剣を丸呑みしてます!」
「はしゃぎすぎ。田舎者丸出しで恥ずかしい。あんなの魔法に決まってるでしょ」
「そうなんですか?」
「ま、見せ物には丁度いいかもね」
貴族でなくとも、簡単な魔法を扱える者はいる。
魔法は学問だ。
表面的な技術を学ぶだけなら、いくらでも手立てはある。
「フラン様も剣とか飲めるんですか?」
「属性が違うから無理」
フランはちらと祭りの喧騒を見やり、玉乗りしながら火吹く巨漢を指し示した。
「あっちならいけるわ」
フランの属性は火と風。
剣を飲み込んでみせたのは、おそらく金属を操る土属性だろう。
いくら魔法の才能があっても、天性がない属性の魔法は扱えない。それが摂理だ。
だからこそ、類稀な二重属性には価値がある。
家紋を掲げた馬車は大通りを離れ、閑静な郊外へと進んでいく。
道中、背の高い塔を七つ備えた学舎があった。
「──ルクレツィア魔法学院……」
ぽつりと言葉が漏れた。
王都に五つある魔法学校のうち、もっとも古く、もっとも格式高く、もっとも実績があり、もっとも優れた学舎。
大魔女たる国母、ルクレツィアが初代院長を務めた学校だ。
それだけに入学には家格だけでなく、実力が要求される。
あと五年か、とフランは心の中で呟く。
あと五年。
それだけの月日が流れた後、わたしは、どれだけの魔法使いになっているだろう?
「……馬鹿ね、違うでしょ」
ならなくてはいけないのだ。
どれほどの魔法使いにでも。
父が求める、理想の娘であり続けるために。
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