第9話 多摩川
中央線の廃墟を西へ。ところどころ高架の崩れも見られたが、マネキンの脚力を持ってすれば何の苦労も無かった。敵になると怖いが、自分の道具となるとこれほど使い勝手の良いものは無い。立川に至るまでに数回銃撃を受けた。高架上はあまりマネキンの群れは通らないのだろう。各地の自警団の威嚇射撃かもしれない。マネキンの注意を引いて、集落とは逆方向に誘導しようという意図なのだろうか。井上たちの目的地は八王子だから、そんな銃撃も気にせずにただただ西進した。
立川を過ぎ多摩川に至った。しかし鉄道橋は崩落していた。
「ソジュンさん、どうします?」
井上は隣のマネキンに跨っているソジュンに指示を仰いだ。ソジュンはフンっと口を結んだまま応えた。
「川を渡るなんて、この化け物からしたらなんてことないことだろ?そのまま突っ込めばいいよ。」
そりゃそうだよな。こいつらのチート能力なら何でもありだもんな。
井上は何でもありだとファンタジーが糞すぎないか?でもここ異世界じゃないしな、と考えを巡らせながらマネキンに命じた。
「ハイヨー!シルバー!川を渡れ!」
その号令に呼応しマネキン達は川に突撃した。
「ちょ、ま、まさか川底を歩くつもりじゃないだろうな!?」
一瞬慌てた井上だったが、どういうわけかマネキン達はアメンボのようにすいすいと川を泳ぎだした。どう考えてもこんな物体が手足の表面積だけで水に浮くはずはない。物理法則とかどうなってるんだ?
「なんか水遁の術みたいだね。」
頭の中のハテナをかき消すために井上はソジュンに話を振った。
「すいとんのじゅつ?それって敵に水属性攻撃を食らわすやつだろ?何言ってんの?」
話が噛み合わない。多分ソジュンはゲームのことを言っているのであろうが、まあ頭の中のハテナは紛れ、無事に対岸にも到着した。
対岸の日野方面には人など住んでいないと思っていた。しかし、日野市役所があったと記憶している高台の方に狼煙が上がったのが確認できた。ヤバい。こいつらをしまわないとまた現地民に攻撃されてしまう。
「ソジュンさん。人がいるみたいですね。こいつらに乗っていたら瞬時に敵認定ですよ。情報収集のためにも一旦こいつらを仕舞いますね。」
「別にこいつらを使ってボコボコにして情報集めればいいんじゃないの?」
「いやいや、穏便に平穏にいきましょうよ。せっかくの生き残りなんですし。」
「大層な物言いだなあ!俺たちの仲間を虐殺したやつの言葉とは思えないなあ!」
ソジュンに激昂された。ソジュンの知っている俺はそんなに悪人だったのか。
「いや、それは記憶にないとはいえ、本当に悪かったです。とりあえずは平和に行きましょうよ。」
井上の低姿勢を見て、フンと言いながらソジュンはマネキンから降りた。
マネキンをゴマに戻して暫くしたら斥候らしき現地民が数名やってきた。ビンテージジーンズを履いているように見えたが、多分ただ同じジーンズを代々着続けて着古しているだけであろう。
「おい、お前ら、化け物はどこに行った!?」
頭にバンダナを巻いたヒッピーみたいな汚らしいおっさんが大声を上げた。井上は適当な話をでっち上げた。
「僕らは化け物から逃げるために多摩川を渡ってきたんです。化け物は武装した皆さんを見て逃げていきましたよ。いやー助かりました!」
「お前ら追われてきた割に、妙に落ち着いているな。服も濡れていない。」
バカそうな格好をしている割に洞察力が鋭いな。何とか警戒心を解くためにまた嘘を続けた。
「いや、濡れていたんですけど、化け物に囲まれてもみくちゃになって奮闘しているうちに乾いちゃいましたよ。」
「物見からの報告だと化け物が向こう岸に行ったという報告はない。」
「多分帰巣本能?で向こう岸に戻ろうとしたけど俺らを追うので体力使い果たして川に沈んじゃったんじゃないですか?とにかく助かりましたよ!」
井上は話を続けながらその男にジリジリと近づいた。男たち5名ほどはライフル銃を持っていたが、サーチしたところ弾は入っていなかった。両手を挙げつつ近づき、その男の手を握った。
「とにかく助かりました!ありがとうございました!あと、助けていただいたところ申し訳ないですけど、何か食べ物を恵んでもらえませんか?」
井上の腹が「グー」とちょうどいいタイミングで鳴った。男たちはそれを聞き、警戒心が緩んだようだ。
「しょうがないやつらだな。生きていただけで儲けものなのに食べ物まで強請るってか?まあいいや俺等の集落まで来いよ。」
井上の人たらしスキルが役に立ったようだ。井上とソジュンは彼らに続き坂を登っていった。
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