第7話 聖地イノカシラ

 ソジュンと共にマネキンに乗って西へ向かっていたが、中央道は調布インターを前に崩れ落ちていた。そう簡単に八王子に行けるわけでは無いとは分かっていたが、こんなに早くつまずくとは井上は想定していなかった。中央道はもはや高速道路の体をなしていなかった。阪神大震災のニュースで見た、高速道路がぶっ倒れている画が延々と続いている感じだ。

 「ソジュンさん、どうするよ。これじゃあ八王子に行けないよ。」

 「どうっすかねぇ。北上して中央線沿いに行けば着くんじゃないんすか?」

 ソジュンは淡々と、だが少し含みを持たせた言い方をした。京王線沿いに行っても八王子には着く。「中央線」に井上は少し引っかかったが、時間はたんまりとあるし、先ほどの一件以降ソジュンと揉めるのは避けたかった。だからソジュンの言う通り吉祥寺に向かうことにした。

 向かっている最中、横のマネキンに跨っているソジュンがチラチラと井上の方を見ているのが気になった。だが井上はこんな道なんて全く知らないし、なぜソジュンが殺気立ってきているのか分からず困惑した。


 「そろそろ井の頭公園だな。」

 井上がボソっと呟いたら、ソジュンの殺気がMAXになった。

 「おい!井上!」

 井上はソジュンに急に怒鳴られた。さっきまでは一応「さん」付けだったので困惑した。まごまごしている井上をよそに、ソジュンはさらに怒鳴り散らかした。

 「まだ思い出せないのか!井の頭公園でお前が俺の仲間を皆殺しにしたんだぞ!この空気、この雰囲気に見覚えが無いとは言わせないぞ!」

 井上は言葉が出なかった。

 「井上この野郎!黙ってんじゃねーよ!何とか言えや!」

 井上はやっとのこと声を絞り出した。

 「いやだって、そんなこと言ってもこんなところ本当に来たことないよ・・」

 「嘘をつくんじゃねぇ!」

 「いや、ほんとだってば!神に誓う!いや、マルクスにだって誓うよ!」

 いつの間にかソジュンに襟首を掴まれていた。ソジュンは真っ直ぐ井上の目を見て威圧している。井上は何もできずに狼狽えることしかできなかった。

 暫く無言の時間が続いた。ソジュンは目を離さず、「フン」と言いながら井上の襟首を離した。

 「いろいろと忘れているようだから現場に連れて来たが、本当に覚えがないようだな。なんだかバカらしくなった。」

 「・・・」

 井上は何も言うことはできなかったが、道路沿いに鎮座している井の頭公園の中から煙が上がっているのを視認した。

 「ソジュンさん、俺の知らない俺があなたとあなたの仲間に何かしたのは確からしい。俺に覚えはないが、謝るよ。許してほしい。」

 井上は一言添えた上、話を続けた。

 「話が変わって申し訳ないが、公園の方を見てくれ。煙が上がっているぞ。人がいるみたいだ。」

 ソジュンは再び「フン」と言い、井上が指を指した方を見た。そして少し驚いた顔をした。

 「どうする?ソジュンさん。行ってみるか?」

 「そう、だな。生きている人間がいるのは初めてだ。接触しよう。」

 「じゃあ向かうか。」

 「ちょっと待て。この化け物に乗って近づいたら警戒されるどころじゃないことも分からないのか。こいつらは片付けて、歩いて行こう。」


 井の頭公園の森の中に入ってすぐ、その焚き火を発見した。キャンプファイヤーの様な焚き火のまわりには30人ほどの人だかりができていた。よくよくその中心をみると、十字架のようなものに人間が括り付けられていて燃やされていた。その人物は既に息絶えているようであったが、表情には想像を絶する苦しみがあったことを見て取れた。

 不用意に近づいたら俺たちもこの人だかりに囲まれて火炙りにされてしまうかも知れない。井上もソジュンもお互いそう感じ、お互い顔を見合わせながら無言の意思疎通をした。


 「あれ?あまり見ない顔だな?誰だ?」

 井上もソジュンも後ろから急に声がけされ、心臓が止まる思いだった。火炙りを観察するのに夢中になって周囲の警戒を怠っていたことに後悔した。直ぐに後ろを振り向き、両手を挙げながらその男を視認した。

 「おいおい、あんまり警戒するなよ。お前らも異端審問を観に来たんだろ?」

 男は手に木でできたコップを持っており、中にはビールのようなアルコール飲料が入っているようだった。ソジュンがアドリブで応対した。

 「あ、はい。調布の方からここまで来ました。」

 男は特段井上たちには興味を示すことはなく話始めた。

 「調布か。畑が沢山あるから食料には困らないよな。俺もたまに買い出しに行ってるよ。」

 男はコップから酒をぐいっと飲み干した。

 「でも道中よく無事だったな。深大寺や神代あたりは化け物がよく出るだろ?」

 「化け物って四つ足ですよね。」

 「そう。あいつら知能を持ってるやつもいるから厄介だ。物陰で待ち伏せしたりするからな。」

 「今日は天気が良かったからエンカウントせずに済みましたよ。」

 ソジュンは相当適当なことを言っているのに、男とは自然と会話が成立していた。男が酔っているというのもあるのだろう。

 「そうだよね。俺らも調布に行くときは雲一つ無い天気のいい日に大通りの真ん中を歩いて行く。」

 燃え上がる人柱を3人で眺めながら他愛の無い話を続けた。

 「そろそろ暗くなりますし、四つ足は寄ってこないんですか?あいつら目は無いけど熱感知するじゃないですか。」

 男はキョトンとした顔をした。

 「何言ってるんだ?ここに四つ足が来るわけ無いじゃないか。ここは聖地イノカシラだぜ。」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る