♯3 メルボルンの願い

 メルボルンの船体後方は一見平坦だが、ミサイルの格納庫と発射機を兼ねた構造になっている。いくつも並ぶ四角いハッチの一つ一つが垂直式のランチャーなのだが、その中にあるべき本来の主は不在になって久しい。


「メル!このピーマンはもうとっちゃっていいよね?」

『良いでしょう。隣のナスも2本ほど収穫可能ですよ』

「そうかな、まだ色が薄くない?」


 現在そこはミサイルの代わりに土を詰めこまれ、艦上菜園とでもいうべき場所になっていた。ハッチを閉じれば波や大雨から作物を守ることもできるうえ、肥料の匂いが漏れることもない。ドロシィは奇抜だが理にかなった構造に感心していた。


「ドロシィはピーマンすき?」

「昔は嫌いだったけど、今は大丈夫よ。ペーストにさえしてくれれば」

「えらいねぇ。ボクも好きだよ」


 実際、ドロシィはピーマン嫌いを克服したというよりも味覚を喪失しただけなのだが、そこはあえて言うこともない。


 トマト、ナス、キュウリといった野菜がそれぞれ植えられたハッチのうち、一つは閉じたままになっている。

そこはメルボルンとナギサがグランマと呼ぶ人物の墓だった。



 彼女はナギサが造られた産まれたシドニーの研究所で主任研究員だった女性らしい。ドロシィの電動車椅子の元の持ち主なのだが、生後半年ほどのナギサを連れて研究所を脱出した時点でかなりの高齢だったようだ。

 シドニーという都市は、ドロシィにとっては〈連合〉の大規模拠点の一つという認識だった。しかしメルボルンによると、ドロシィが海底で眠っている間に〈人類最後の砦〉と呼ばれるようになっていたという。


 引き上げられてすぐのドロシィが海底で眠っている間の出来事を尋ねた時、メルボルンはこのように説明した。


『本部からの公式発表によると“〈連合〉はシドニー以北の重要拠点のすべてを失ったものの、果敢な反撃により〈同盟〉傘下の都市すべての壊滅を以て勝利を収めた” とのことでした。勝利の定義について本艦は審判員でも歴史研究者でもありませんので、公正な表現かどうかは判断しかねます』


 含みのある言い方だが、メルボルンの言わんとすることはドロシィにもわかる。


「勝ったなら船で逃げ出す必要はないわよね。とすると……〈同盟〉の置き土産があったんじゃない?」

『ご明察の通りです。〈同盟〉の声明があったわけでありませんので、これも公式発表や状況証拠に基づくものですが、ウイルス兵器と思わしき感染症が急激に蔓延し都市機能が失われました。拡散経路は不明ですがシドニーやオーストラリア大陸内だけでなく、他の大陸の残存都市にも同様の現象が起きていたようです』

「まさに勝者なき戦いね。そのグランマは平気だったの?」

『彼女はナギサの細胞から作られた試作のワクチンを自己投与し、難を逃れました。ナギサも免疫が強化されていますから、ウイルスの影響は受けていません。しかし念のため、グランマの遺体は水葬しました。彼女の遺言でもあります』

「じゃ、あのお墓は空なのね」

『えぇ、墓碑の下には幾つかの記念品が埋まっているのみです』

「ワクチンは自分だけに使って、二人きりで逃げだした理由ワケは……そこまで聞くのは流石に野暮か」

 ふぅと溜息をついて、ドロシィはメルボルンから得た情報を端的に整理する。


「あなたたちが出航する前の段階で人類滅亡は秒読みで、今日まで生存者の反応はない。おまけに全身義体フル・サイボーグの私とミュータントのあの子じゃアダムとイブには成れない。ハハ! つまり人類はおしまいってわけ」

『……その通りです』


 ナギサがいないのを良いことにやや品のないジョークを交え、自嘲めいて笑うドロシィ。悼むように言いよどむメルボルンの口調と対照的にな様子だったが、ひとしきり笑った彼女はスッと笑うのをやめ、小さくつぶやく。


「いっそあのまま海の中に……いや、さすがに助けてもらっておいて失礼ね」

『いらぬ気を回ししまったでしょうか』

「失言よ。忘れて」


 ドロシィはバツの悪い表情で言う。人工知能が相手とはいえ、気まずいものは気まずかった。


「それとも、後ろめたいことがあるのかしら。何か目的があって私を助けたとか」


 NOと答えさせて話題を切り替えるつもりの質問を投げかけるドロシィだったが。メルボルンは黙ってしまう。まるで図星を突かれたかのように。


「……なにか、あるの?」


 藪蛇をついてしまったことを悔やむが、こうなってはドロシィも話を続けるしかない。しばらくの沈黙の後、メルボルンはおずおずと願いを口にしたのだった。


『ドロシィ・L・タワーズ伍長へ、メルボルンよりお願い申し上げます──』

 


「ねぇドロシィ。ボク、お願いしたいことがあるんだ」


 人工知能であるメルボルンは眠らず、常に船を操りナギサを見守っている……ドロシィはそう思っていたが、ある時それが間違いだと知った。


 その日、メルボルンのとドロシィの覚醒時間が重なった僅かなタイミングで、ナギサはいつもの明るい表情を崩さないままお菓子をねだるように言う。


「ボクの殺し方、教えて!」

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