私のことが大大大ッ嫌いなはずの双子妹の寝言がちょっとおかしい!

丸焦ししゃも

第1話 雛咲マユと仲悪妹

 双子が仲良いなんて幻想だ!


 同じ顔、同じ声、同じ体型。

 歩き方すら、妹とは、鏡の反射みたいに似ていると言われる。

 そんな自分そっくりの人間と仲良くできると思う!?


 双子がいつも一緒にいるなんて嘘ばかりだ!

 いつも二人一緒で育ってきた私たちは、お互いの顔を見るのがもう嫌になっている。


 双子の性格が似ているなんて誰が言った!?

 言っておくけどここが一番違うからね!


「なに朝からへらへらしてんの、きもっ」


 朝、洗面所で顔を洗っていたら、後ろから妹のホタルが現れた。


「別にへらへらはしてないですけど……」

「相変わらず顔がきもいんだけど」

「あんたと同じ顔だから!」


 開口一番、毒を吐かれた。

 双子の妹・ホタルは口がとーーっても悪い!

 まぁ、それ自体は慣れているからいいんだけどさ!


「はぁ? あんたと一緒にしないでよ。きもっ」

「きもって言うな」

「あんたと話しているとキモ虫がうつる」

「キモ虫ってなに!?」


 この通り何故か私は双子の妹に思いっきり嫌われているのだ。

 姉の威厳なんてどこへやら。もはや病原菌みたいな扱いである。

 いや、キモ虫が病原菌かはよく分かってないけどさ!


「あと口臭いから話さないで」

「それ女の子には絶対に禁句だから! それに毎日あんたと同じもの食べてるはずなんだけど!?」

「……」


 あ゛っ! 無視された。

 私のことをいないかのように扱って、ホタルが洗面台に割り込んでくる。


 ひたすら私への対応がしょっぱい。

 お母さんが作り方をミスった塩辛くらいしょっぱい。ついでに空気もお父さんがたまに吐く親父ギャグみたいに冷めている。


「はぁ……」


 溜息が出てしまった。どうしてこうなった。


 昔は、“仲良し双子ちゃんの雛咲ひなさき姉妹”としてご近所で有名だったんだけどな。


「じゃあ後はごゆっくり」


 私は顔をタオルで拭きながら、洗面所を立ち去ることにする。


 触らぬ神に祟りなし。仲悪妹なかわるいもうとに触れるべからずだ。


 こんなにギスギスしているのに、クラスも部活も一緒だなんてなんの皮肉だといつも思う。


「臭っ、もしかしておならした?」

「私のことなんだと思ってるの!?」


 双子の妹に汚姉おねえちゃんとして扱われる私こと雛咲ひなさきマユ……。

 今日も心の涙を流しながら、学校に行く支度をするのであった。






 

「ねえ、私って臭い?」


 お昼休み、私はクラスの仲の良い子にそんなことを聞いてみた。


「くんくん」


 同級生に髪の匂いをかがれる私。

 これで臭いって言われたら、私は一生立ち直れないかもしれない。


「赤ちゃんの匂いがする」

「それはそれで微妙」

「ううん、良い匂いがするよ」


 良かったぁ~。


 私、お風呂大好きだもんそんなはずないと思ってたよ!

 うん、絶対にそんなはずないと思ってたもん!

 別に自信がなかったわけじゃないんだからね!


「またホタちんになにか言われたの?」

「そんなとこ」


 この同級生の名前は来栖くるす美也子みやこ


 私たち姉妹の幼馴染である。

 漆黒の髪は腰まで長くてちょっと鬱陶うっとうしいと思う。


「まゆゆんとホタちんっていつの間にか髪型変えたよね」

「私は変えてないし。向こうが勝手に変えただけ」


 美也子みやこの言う通り、ホタルはいつの間にか髪型を変えた。


 昔は、低めのサイドポニーを、私が左に、ホタルが右に流す髪型をしていた。


 私は仲良し姉妹っぽくてとても気に入っていのだが、マユは高校に入ってから髪を下ろすようになった。


 なにがきっかけなのかはよく分からない。


 結果、私だけがいつまでも片思いしている女子みたいにサイドポニーにしているのである。


「この髪型、子供っぽいかなぁ……」

「え~、まゆゆんに似合ってると思うけど」


 ちなみに私の好きな色はワインレッド。ホタルの好きな色はエメラルドグリーンだ。赤と緑でお互いの好きな色を髪飾りにしている。これだけは今も変わっていない。


「匂ってるの間違いじゃなくて?」


 美也子みやことそんな話をしていると、私たちの前にふらっとホタルが現れた!


「なによいきなり」

「勝手に人の話をしないでほしいなぁと思って。目の前をうろちょろしているハエが気にならない人はいないでしょう」

「うぐぅ」


 私がハエならお前もハエだからな! 出てきたところは一緒だし!


 それにしてもこの思春期女子め……。

 別にそこまで言わなくてもいいだろうに。


「ホタルの悪口言ってるわけじゃないんだから良くない?」


 ホタルの強い言葉に美也子みやこが言い返した。


「ふんっだ。美也子みやこもそんなキモ虫と一緒にいたら、匂いがうつっちゃうんだからね」


 ホタルが悪態をつきながら自分の席に戻っていった。

 も、文句だけ言いにきたのかあいつ……。


「なにあれ! 感じ悪っ!」

「ごめんね美也子みやこ


 いつからこんな風になっちゃったんだろう。昔は、どちらかというと気弱な妹だったんだけどな。


「なんでマユが謝るのよ!」

「私、一応お姉ちゃんなので」


 こんな風に双子の妹にめちゃくちゃ嫌われている私だけど、別に私はホタルのことが嫌いなわけではない。


 そりゃ言われたらムカつくし頭にだってくるよ!


 双子が仲良いなんて幻想かもしれないし、いつかは離れていく存在かもしれないよ!


 でも、大切な妹だもん。


 それはこの十五年間変わらなかったし、今後死ぬまで変わらない事実だもん。私、どんなに嫌われてもずっとホタルの味方ではいたいなぁと思ってるんだ。


 ……できれば前みたいに仲良くしたいとも思ってるけどね。





 


「ふぅ~、いいお風呂だった~」


 お風呂に入った後、私は二階の自分たちの部屋に戻ってきた。


 私たち双子は部屋まで一緒。


 二段ベッドの上がホタルで下が私だ。



(うわぁあああん! 私、二階がいい! お姉ちゃん譲って!) 


(うぅう……ホタルは仕方ないなぁ……)



 子供の頃、こんなやり取りをした記憶が蘇る。


 実は私も上が良かったんだよなぁ……。

 私はお姉ちゃんだから我慢したんだっけ。


「げっ、もう寝てる!」


 部屋の扉を開けると既に真っ暗。


 時間はまだ九時を過ぎたくらいなのに、ホタルはその二段ベッドの上で既に就寝しているようだ。


「こ、こんにゃろう……!」


 私が風呂に入っているのを知ってて真っ暗にしやがったな!


 私、これから勉強もしないといけないのに本当に自分勝手なやつだ! そもそもお風呂だって、私の匂いがうつると嫌って言うから先に入れてあげてるのに!


 ムカつく。シンプルにムカムカしてきた。

 たまには少しくらいやり返してやらないと気が済まない。


「おでこに肉……いや鬱って書いてやる!」


 と、思ったけど私にはそんな難しい漢字書けないよ。

 書けたら書けたでおでこが真っ黒になって面白そうだけど。


「よーし!」


 私は自分の勉強机からマジックペンを持って、ベッドの階段に足をかけた。


 そういえば長らくこのベッドの二階部分は見たことがないや。


「すぅ……すぅ……」


 ホタルの穏やかな寝息が聞こえてくる。


 くくく、間抜け面で寝ているな。

 朝、泣きっ面を見せてやるんだから。


 ……。


 ……。


 ……全部、私と同じ顔なんだけどね。


 マジックのフタを取って、そーっとホタルの額にペンを近づけた。


「んぅ……」


 ホタルが寝返りをうった。

 やばい! バレる!

 

「すぅ……」


 ふ、ふぅ……危ない危ない。

 なんとかことなきを得た。

 こんなとこを見られたら、今度はキモ虫以上の罵倒が飛んでくるに違いない。


 私は再度、息を潜めて、マジックのペン先をホタルの額に近づけた。


「お姉ちゃん……」

「ふぇ!?」


 ホタルから変な声が出た。

 私も思わず素っ頓狂な声が出てしまった。


「お姉ちゃん……むにゃむにゃ……」

「なんだ寝言か……」


 ほっとひと安心。

 ホタルが幸せそうな顔で寝言を呟いている。昔の夢でも見ているのかな?


 それにしてもちょっとびっくり。

 寝言とはいえ、私のことまだお姉ちゃんって呼んでるんだ。


「……やめてやるか」


 私ってチョロい。

 それが嬉しくて、今日は勘弁してやるかって気持ちになっている。


 こんなんだからいつも妹に舐められるんだ。明日こそはガツンとお姉ちゃんらしいところを――。


「むにゃむにゃ……お姉ちゃんしゅきしゅき……」

「へ?」


 ホタルからまた変な寝言が聞こえてきた。


 え? 私、双子の妹に告白された!?

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