第6話 遼君と同じベッ……部屋で寝ます(確固たる意志)
うわっ、懐かしい。昔、ゴールデンタイムにやっていたクイズ番組だ。確か、透花がゲストとして呼ばれた回を録画していたのかな。
『透花ちゃん、今日の意気込みは?』
『百点取りますっ!』
『あはは、可愛いね~』
『ありがとうございます!』
……久しぶりに子役時代の透花を見た。つやつやの髪に、まるで人形みたいな顔立ち。今、見ても抜群に可愛い。受け答えも子供とは思えないほどしっかりしていて、常にニコニコ笑顔で楽しそうだ。
『透花ちゃんは今の問題分かった?』
『んー、全然分かんなかったです……』
首をかしげる仕草がとても可愛らしい。他の共演者から「可愛い~」という声が漏れる。このDVDは間違いなく華やかな世界にいた頃の朝比奈透花だった。
こんなの見て大丈夫なのかな……。心配になり、俺は隣にいる今の透花をチラッと見た。
「~~~っ!」
その透花は、顔を真っ赤にして死ぬほど恥ずかしそうにしていた。あれ? 思っていた反応と違うぞ。
『透花ちゃんって学校に行けてるの?』
今やテレビで見ない日がないほどの大物司会者となったお笑い芸人と透花が話している。
『行ってます! 週に……三回くらい!』
たったそれだけの受け答えなのに会場が笑いに包まれる。本人も照れ笑いしながら、ぺこっとお辞儀をした。場の空気を読み、求められている言葉を瞬時に選び、完璧な笑顔を添える。久しぶりに見る子役の朝比奈透花は、俺の記憶よりもずっとすごいことをやってのけていた。
『ちゃんと宿題もやってますっ!』
『お〜、えらい! じゃあクイズもバッチリかな?』
『はいっ、一生懸命がんばります!』
明るく元気な受け答え。うん、可愛い。俺、この健気な感じが好きだったんだよなぁ。
「……まさか、こんな風にテレビに出ていた朝比奈さんを遼がつれてくるとは夢にも思わなかったな。こうして目の前にいるのに、今でも信じられないくらいだよ」
そのテレビを見ながら、母さんがぽつりと口を開いた。
「そ、そんなに好きだったんですか?」
「うん、毎日毎日、透花ちゃん透花ちゃんうるさいくらいでね。透花ちゃんのドラマを見るから、早くお風呂に入るなんて言ったりしてたんだよ」
誰かこのおばさんの口を一刻も早く塞いでくれ! 恥ずかしくて、顔から火が吹き出しそうなんだよ! 透花も今の話を聞いて、恥ずかしいのか嬉しいのかよく分からない顔しているし!
『透花ちゃんって好きな人いるの?』
『はい! 私、お母さんが大好き!』
『いや、そういう意味じゃなかったんだけどな〜』
小さな透花が、SSRの笑顔でそう答えた。
……昔の透花、こんなこと言ってたんだ。胸がズキっと痛くなる。なんで、こんなことになっちゃってるんだろう……。
その受け答えの直後、隣からは静かに息を飲む声が聞こえてきた。
「……透花、大丈夫?」
透花のことを見ると――目元にはうっすらと涙が浮かんでいた。
「ご、ごめん。テレビを見ていたら少し昔のこと思い出しちゃって……。こうして家族でご飯を食べることに憧れがあったなぁと思って……」
透花が慌てて、目元の涙をぬぐう。母さんと柚葉は、驚いた顔をして顔を見合わせていた。
「遼君と出会ってから泣き虫になっちゃった。前は平気な顔できてたのに……」
「俺がいつも泣かせているみたいに言うな」
ぽかっと優しく透花の頭を叩いた。テレビに映っている透花もお笑い芸人にぽこっとピコピコハンマーで叩かれていた。
「私、朝比奈さんの家の事情はよく分からないけど……」
俺たちの様子を見ていた、母さんがゆっくりと口を開く。
「ここにいていいよって言ったんだから、うちは自分の家だと思っていいからね」
「す、すみません……気を遣っていただいて……」
透花がまた涙を流しながら、母さんにお礼を言っていた。
「……ところでなんだけど、透花の炒飯全然減ってなくない?」
湿った空気になりそうだったので、少し気になっていたことをツッコんでやった。
「うっ!」
「まさかピーマンが入っているから……」
「全然、そんなことありませんけどねっ! なに言ってるのかな遼君は!」
透花が焦った顔をして、勢いよく炒飯を口にかき込んでいく。絶対に図星じゃん。うちの炒飯って余った食材は全部ぶち込むからな。
「朝比奈さんどう? しょっぱくない?」
「とても美味しいです! 美味しくていっぱい食べられちゃいます!」
「そう!? 遠慮しないでおかわりしてね」
「あ、ありがとうございますぅ……」
苦手なピーマンを前に、さっきの涙とは別の涙が目に浮かんでいる。でも、娘ポイントを稼ごうとして頑張っている。
……俺、色々と思うところはあるんだけどさ、これは育成ノートに書いておこうかなと思う。
“いつか透花の両親とちゃんと話をすること”って。
透花にSSRを超えるURの笑顔をと思ったら、この項目は必須だと感じた。傲慢かもしれないけど、俺、透花の抱えているものは全部救いたいよ。
◇
昼食を食べ終わった後、俺はいつも通り洗い物をするためにキッチンに向かった。基本は、俺が洗い物をして、母さんが料理をする分担になっている。母さんが仕事でいないときは俺が料理をして、妹が洗い物をする形になっている。
「あっ、私も片付け手伝います!」
「いいの、いいの、朝比奈さんはゆっくりしてて」
「でも……」
頼ってもらえず、しゅんと落ち込んだ顔をする透花。さっきの涙で、母さんの透花を見る目がかなり優しくなったような気がする。
「母さん、透花にもやらせてあげて」
「でも……」
「そういう子なんだ。ちょっとだけ頑張らせてあげて」
「じゃ、じゃあお願いしようかな……」
少し迷った顔をしながらも、母さんが透花に家事を任せてくれた。
「ありがとう、朝比奈さん。スポンジはこれで、洗剤はここにあるからね」
「はい、頑張ります!」
透花は袖を軽くまくって、真剣な顔でシンクに向かう。手つきはぎこちないけれど、一生懸命やろうとしているのがとても伝わってくる。
「じゃあ、透花はそのまま洗ってね。俺が皿を拭いておくから」
「うん!」
俺はもうとっくに慣れたけど、母さんと柚葉が必要以上に気を遣ってしまう気持ちも分かるなぁ。だって、さっきまでテレビに映っていた子が、今はうちのキッチンで食器を洗ってるんだもん。そんなの、中々慣れないよね。
「透花、泡残ってるよ。ほら、ここ」
「あっ、ごめん……」
慌ててまた水で流す姿が、ちょっと可笑しくて思わず笑ってしまった。
「そんなことで謝らなくていいから」
「うん、遼君優しい。大好き」
さらっとそんなことを言ってきやがった。あまりにも自然に言うのと、水の流れる音で、母さんたちには聞こえてないみたいで助かった。
「朝比奈さん、今日からうちに泊まるんだよね?」
それから少し洗い物を続けていると、母さんがまた俺たちに声をかけてきた。
「す、すみません、そうさせていただけると助かります……」
「うーん、じゃあ部屋はどうしようかなぁ。遼と柚葉を一緒にして、柚葉の部屋を朝比奈さんに使ってもらうか――」
「えぇえ!?」
透花から素っ頓狂な声が出た。
「私、遼君の部屋でいいですよ?」
「遼の部屋でいいって……。そういうわけにはいかないでしょう」
「私、遼君と同じベッ……部屋で寝ます」
母さんが固まった。リビングで携帯をいじっている柚葉も固まった。透花からは確固たる意志を感じる。
今、ベットって言いかけただろ!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます