亜空庫の覇者 ~追放された俺が何でも収納できるスキルで地道にやってたら、信頼できる仲間が増えていた件

ぽんにゃっぷ

第1部

ドラスデン編

第1話 それでも、俺は生き延びた

 ――稼がなきゃ、飢え死にだ。


 所持金、銅貨2枚と半枚。

 宿代どころか、まともな食事すら危うい。


 一月前、パーティを追放された。

 依頼をこなしたのに分配金はゼロ。「お前の働きなんてタダで十分だ」と言われ、笑われ、捨てられた。


 魔法は使えない。スキルもない。

 この世界では、スキルがなければ無能の烙印を押される。

 冒険者登録こそできたが、何の戦力にもならない奴に、まともな装備が回ってくるはずもなかった。


 狙えるのは、初心者向けの小銭稼ぎだけ。

 見渡す限りの草原に、崩れた石の遺跡が点々とする――通称、原っぱダンジョン。

 名前も、出てくる敵も、緩い。スライムにラット。

 それでも、一瞬の油断が命取りになる。

 そういう優しい顔をしたが、ここだ。


「よしっ……」


 崩れかけた石段の前で立ち止まり、腰の短剣に手をやる。どれだけ惨めでも、生き延びなきゃ話にならない。


 遺跡へ一歩踏み込む。この先は、気を抜いた奴から死ぬ。


 仲間がいれぼ楽だけど……もう懲りた。

 怪我をすれば即赤字。それでも稼がなきゃ、生き残れない。


 崩れた遺跡を進む足取りは不安で重い。

 剥がれた石板、倒れかけた柱――。


「……うわっ!」


 足元の石板がわずかに沈む。反射的に飛び退くが、遅かった。


 床が抜け、虚空に足を取られた俺はそのまま落下した。


 途中で肩を強打し、背中が柱に叩きつけられる。呼吸が止まり、視界が揺れ、鼻先に立ちこめるのは湿った空気と腐臭。


(くそっ……どこだ、ここ……)


 薄暗い地下の空間。崩れかけた石壁と、古びた装飾の名残がかすかに見える。


 そんな中――俺はそれを見つけた。


 宝箱。

 ダンジョンでは貴重な収入源になる“当たり”だ。


 ……のはずが、俺が待ち望んでいた方ではなかった。


 ギリギリ……と軋むような音と共に、蓋がゆっくりと開き、ぎっしりと並んだ歯。濡れた舌が、にちゃりと地面を舐める。


「……ミミック……」


 ぞわりと全身に冷気が走った。


 本来のミミックはその場に潜み、接触した獲物を喰らう。

 けれど、こいつは違った。――動いた。


 箱の底から骨のような四肢を生やし、異様な動きで壁を這う。

 関節が逆に曲がり、軋む音と粘液を撒き散らしながら、天井へ――。


 信じられない。これはただのミミックじゃない。


 ギギギギギ……と歯を軋ませる不快な音が、闇に響く。


 ――異常種だ。


 その“顔”が俺の真上を覗き込んだ。

 ギギギギギ……と歯を軋ませ、不快な咆哮が闇を満たす。


 走った。


 だが地下空間に出口は見えない。狭く曲がりくねった通路と、天井の穴だけ。

 背後から迫る獣のような気配と咆哮。石を蹴る音。奴が迫ってきている。


(どこか……なにか使えるものは……!)


 目の端に、崩れかけた天井。岩が引っかかっている。支えるのは一本の柱――賭けるしかない。


 俺は肩で息をしながら、柱に体当たりした。

 ミシミシと軋む音。背後からは、湿った風と“ギギギ”という不快な歯の音。


 ドシャアッ!!


 岩が崩れ、通路を塞ぐように落下。粉塵と共に、ミミックの姿が飲まれた。


 だが、終わらない。

 瓦礫の隙間から、ねっとりと伸びた“舌”がうねり出す。


「まだ生きてる!」


 とどめを刺さねば、殺されるのは俺だ。

 放っておけば瓦礫を押し除け脱出するのは明白。だとしたらここで叩かねば。


 瓦礫をかき分け、唸るような声をあげるミミックの“舌”をよけ、俺は全身の力を込めて、短剣を突き立てた。


「……くらえっ!」


 刃が、肉に食い込む感触。

 当然待っていたのはぎっしり生えた歯による反撃、歯が肉を抉り、骨を擦る感触。

 熱い痛みが頭まで突き抜けた。


 逃げられない。

 だから、噛まれたまま突き立てる。


 全身の力を込め、腕ごと短剣を押し込んだ。

 手首から先が血にまみれ、視界が赤く染まる。

 それでも――止めない。


「……死ねぇぇッ!」


 歯列の隙間へ、渾身の力で刃をねじ込む。

 奥へ――奥へ――!


 ギギギギ……と、歯の軋みが濁りに変わる。

 粘液と血が弾け、ミミックの体がびくりと痙攣した。


 ……やがて、静寂。


 俺は腕を引き抜き、よろめきながら後ずさる。

 ズタズタになった右腕と、ミミックの骸に並ぶ無数の歯を見比べて、思わず笑いが漏れた。

 よくあんなとこに突っ込んだよな……我ながら無茶すぎる。


 ――と、そのとき。


(……なんだ?)


 崩れた骸の奥に、ひときわ異質な光が転がっていた。青白く、淡い光を放つ球体。まるで水面に落ちた雫のように、静かに波紋を広げている。


「スキル……オーブ?」


 希少な代物だ。

 誰もが欲しがる、冒険者の夢――。

 使えばスキルを一つ得られるが、中身はランダム。

 そして未鑑定のままなら、高値で売れることでも知られている。


 ギルドに持ち込めば、安くても万ルース単位。

 当たりなら十万ルースを超えるって噂もある。

 そんだけあれば高級宿で一年は贅沢できるし、新しい装備も揃う。

 飯も酒も女も選び放題。

 売るだけで、“ただの落ちこぼれ”からは抜け出せる。それだけの代物だ。


 けど、それじゃ足りない。

 俺は贅沢がしたいわけじゃない。

 俺を笑った連中に、“無能”って言葉を返させたいだけだ。


 たとえどんなハズレでも、俺にとってはだ。

 今の俺は、スキルひとつ持たないただの負け犬。

 だからこそ、これは――俺の人生を変える一手だ。


 たとえハズレでも構わない。

 俺にとっては“最初の一歩”だ。

 この手で掴んだなら、もう一度立ち上がれる。

 ――それで十分。いや、そうじゃないとダメだ。


 俺は、諦めるためにここへ来たんじゃない。

 成り上がるために足掻いてるんだ。

 ……そうだろ、ルイス。


 懐から、鑑定スクロールを取り出す。

 御守り代わりに買った代物。だが、いまこれを使う意味は、重い。


「……やるぞ!」


 静かにスキルオーブに重ね、スクロールを破く。


 瞬間、視界を満たしたのは――光でも闇でもない。

 星雲のように渦を巻き、瞬き、漂う、複雑な銀河の色彩。


(……なんだ、これ……!?)


 ありえない。

 普通、鑑定しても淡い光の中に文字が浮かぶのがせいぜいだ。

 宇宙のように壮大で、底知れない光景は初めてだった。


 その中心に、が浮かび上がる。

 抑え切れないほどの期待を胸に、黄金の光が、滲むように輝いた。


 ――『亜空庫あくうこ


「……これ、もしかして……異次元収納系じゃねえか……!?」

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