殺し屋JK相羽芽衣
泰山北斗
エスカレート・エスコート
1.ヘルキャットと呼ばれる少女
今は使われていない廃墟となったホテルで、4つの影が動く。
人が滅多に立ち寄らない場所でこそこそと話をしているのだから、良からぬことを企んでいるのは明々白々だろう。
実際、現代日本において良からぬ取引をしているのだ。
「これで取引は成立だ」
「ああ、助かった」
刺青の男が銀のアタッシュケースを渡し、眼鏡の男からアルミコンテナを受け取る。軍服に用いられるような緑色、オリーブドラブだ。
容量100リットルのアルミコンテナの中身を確認した刺青の男が、チラと取引相手の両隣に控える背の高い男達を見た。
「しかし、おっかねぇ護衛だぜ」
刺青の男が吐き捨てるように言うと、白人の男とスラブ系の男はヒラヒラと手を振る。余裕がありありと伝わってきて、刺青の男から舌打ちが出る。
実際、刺青の男が払った金を取り戻そうと銃を抜いても、ほんの数秒で制圧されてしまうだろう。元は軍の特殊部隊にいたらしく、界隈でも有名な護衛だ。
そもそも、商売相手なのだから目の敵にする必要はないかと自分を諌めた。
「じゃ、俺は帰るぜ。また頼む」
「今後ともご贔屓に」
刺青の男と眼鏡の男たちが、それぞれ別方向に歩き出したその時だった。
「あっれ〜? ここどこだぁ〜?」
場違いな、若い女のよく通る声が響いて、全員声がした方向に注意を向ける。
廃ホテルなのだから、そういう声がすれば幽霊の類かと刺青の男は疑った。
しかし、足音が近づき、目に映った声の主は年端も行かぬ少女。
身長は高めだが、歳の頃は高校生くらいに見える。
クラゲウルフの綺麗な銀髪に、パッチリとした青い瞳、抜群のプロポーション。
懐中電灯に照らされる表情からは、自信と余裕が窺える。活発そうな少女だ。
「嬢ちゃん、こういう場所には気軽に遊びに来ないほうがいいぞ。俺も他人のこと言えんがな」
刺青の男が、砕けた態度で近づく。
この廃ホテルは心霊スポットとしても知られている場所であり、暇を持て余した春休みの学生が、季節外れの肝試しに来てもおかしくはない場所だ。
それ故に、男は気づかなければならない異常性に気づくのが致命的に遅れた。
「イワン! トマシュ! 奴を殺せ! 殺し屋だ!」
「あはっ、バレちゃった。じゃ、やっちゃおっか」
とぼけた表情が、一瞬にして猟犬の如き笑みに変わる。
既に間合いに入っていた刺青の男の首を、ポケットナイフで裂いた。
追撃に顎から深々と侵入した刃が、刺青の男の意識を瞬時に暗転させる。
イワンと呼ばれた白人の男が、ホルスターに納めていた銃を抜き、撃った。
スラブ系の男、トマシュも銃を撃ちつつ、眼鏡の男を連れて離脱を図る。
相手が小娘であろうと、驕らず行動できるのは2人が熟練の兵であるからだろう。
裏の世界において、年端も行かぬ殺し屋が決して弱くはないことを知っている。
だからこそ油断などしない。いや、できないのだ。
「無駄無駄! あたしを殺したきゃもっとゴツい銃持ってきな!」
少女は快活に、そして不的に笑い、ホルスターの銃【Hellcat】を握った。
防弾チョッキを着ている刺青の男の体を持ち上げ、盾にしながら接近する。
イワンはその盾を蹴りつけたが、少女は一瞬早くその場から離れ、銃口を向けた。
横っ飛びし、空中にいてなお、銃口は敵の頭部にピッタリと吸い付いている。
銃口から放たれる弾は当然狂いなく真っ直ぐ飛び、イワンの頭部に孔を開けた。
「ワンダウン」
少女は着地した後も目まぐるしく動き続け、トマシュに目を向ける。
「クソがッ!」
2人で逃げるのは無理と判断したトマシュは眼鏡の男だけを先に逃した。
確かに、守りながら追われるよりは今ここでやる方が簡単で確実だろう。
「おっと」
トマシュの銃口と目が合い、咄嗟に壁に身を隠した少女の遮蔽が弾ける。
牽制に何発も撃ちながら、トマシュは逃げ道を意識した。
そして、後退しようとトマシュが後退った刹那、少女が壁の遮蔽から飛び出す。
懐中電灯の光を絞り、強力な光をトマシュの顔に浴びせながら肉迫。
相手の場所を確認できていない銃撃など当たるはずもない。
少女はいとも容易く懐に入ることに成功した。
トマシュが持つハンドガンの腹に懐中電灯を這わせ、優しく銃口を逸らす。
「残念、あたしの間合いだね」
銃で膝を撃ち抜いて、体が崩れる力を利用し、顎を膝で蹴り上げた。
血を吐き、歯を飛ばしたトマシュの胸を突き放すように蹴り、頭部を撃つ。
これで残りは1人。
「その戦い方、その銃……お前、殺し屋ヘルキャットか!」
「その名前で呼ばないでくれる? あたし別に
「待ってくれ! 取引を──」
聞く耳を持たずに少女は額を撃ち抜き、仕事を完遂した。
周囲の音に耳を傾け、気配がないことを確認し、ふっと息を吐く。
マガジンを抜き、スライドを引いてチャンバーの弾丸を取り出すと、再びマガジンを差してHellcatのセーフティをかけ、ホルスターに戻してスマホで電話をかける。
「アオイちゃん、終わったよ」
『お疲れ様です、メイさん。例の物はどうですか?』
スマホには、桃色髪の美少女アバターが映し出され、おっとりした声で労った。
メイと呼ばれた少女は、刺青の男が受け取っていたアルミコンテナを開ける。
「ん、在日米軍経由で仕入れた物だろうね〜。MP5にM4、M17。それなりに出回ってて気付かれ難い銃ばっかり……横流しかな? あ、お金の方は結構な額だね」
『分かりました。
「りょうか〜い。あ、薬莢は拾ってくね」
『ありがとうございます。クリーナーに伝えておきます。おやすみなさい』
スマホから、桃色の髪の美少女アバター、アオイは姿を消す。
場が静まり返って、ふと思う。
なんともカビ臭い場所だ。
今し方殺し屋として仕事を終えたメイは、静寂の中で呟く。
「悪いね。あんたらももっと生きたかっただろうけど、こっちもこれが仕事なわけで、そもそも他者を恨むなんてお門違いの世界だし、恨むなら危ない橋を渡り続けた自分たちを恨みなよ。それがこの無法の中での、せめてものルールだからさ」
その言葉は、既に死んだ者たちに向けた言葉なのか、それともメイ自身に刻んだ言葉なのか。
どちらだとしても、どうせ意味のない言葉なのだ。答える者はいないのだから。
「ふぅ、終わった終わったぁ。早く帰ってシャワー浴びよっと」
場所は廃墟となったホテル。周囲には死体。未だ漂う硝煙の匂い。
そこに佇み、肩を回す場違いな少女。
彼女は仕事終わり独特の開放的な気分を味わいながら、気持ちよさそうに伸びをした。
これが、ヘルキャットと呼ばれる少女、
―――――あとがき的なの―――――
Springfield Armory 【Hellcat】コンパクトな銃なので、メイの手には少し小さいが、携行性と秘匿性に優れており、ナイフの取り回しに影響が出ないため愛用している。
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