第13話 帝国最強 (2)

その恐怖は笑いながらこちらにゆっくりと足を進めていた。そいつは何処かこの戦いを楽しんでいるかのようだった。

僕の足はすでに両方とも折れていて歩けない。ヴォルトの肩を借りないと、立つこともできない状態だ。


「グラス……一つだけ頼みがある……」


「なに」


「俺はお前を全力で守る!だからお前はあいつの倒し方を考えてくれ!」


なんと無茶な頼みに僕は思わず吹き出してしまった。そういえばこいつはこう言う奴だったなと妙な懐かしさを覚えていた。


「動けない奴に頼む事じゃないだろ。それに僕がそんな頭を使う人間に見えるか?」


「仕方ないだろ?だってそうしないと……お互いに生き残れない!」


「ふふ、そうだな。守ってもらえるんなら、贅沢は言ってられないな」


ゴリラテがこちらに向かって走り始めた。

ヴォルトは手錠のついた右腕一つで僕を抱きかかえ、左手で剣を強く握った。

ゴリラテが棍棒を振りかざすと同時にヴォルトも剣を引く。

二人の叫びが会場に響き渡った。そして間もなく、互いの一撃が激しく衝突した。


ヴォルトは劣勢だった。剣と棍棒がぶつかるたびに弾かれた。僕を抱きかかえながら戦うヴォルトはどうしても動きがおぼつかない。片手一本でゴリラテの一撃を防ぎ続けるのは厳しいものがあった。

しかし防戦一方と言うわけではなかった。どう言うわけかヴォルトにも攻撃のできる隙が生まれていたのだ。

先ほどまでのゴリラテの一撃は、ヴォルトの全力ですら防ぎきれないものだった。

ではなぜヴォルトはそれを防げているのだろうか。なぜ攻撃に転ずるだけの隙が生まれているのだろうか。

その疑問は、観察していれば自ずと見えてくるものだった。


まずゴリラテの棍棒の威力が明らかに落ちていた。棍棒を強く握れていないからだ。

ゴリラテは右手で棍棒を振り回してるが、その握り拳からドクドクと血が流れているのが見えた。ゴリラテの右手には僕の突き刺した剣が刺さったままだった。

拳に刺さる痛み、剣がつっかえて上手く握れないこの状態が、奴の一撃を幾分か軽くしていた。


しかし弱くなったからと言い、ゴリラテは最強の戦士だ。奴の一撃を受けきれるのはヴォルトくらいだ。少なくとも僕が受けようものならさっきのように吹き飛ばされてしまうだろう。

ヴォルトの生まれながらに神の与えた才能は、目の前の怪物とやり合うだけの力を与えていた。


そしてもう一つの疑問が、なぜヴォルトが攻撃に転じる隙があるのかと言うことである。

どれだけ攻撃を防ぐことができても、それは奴が隙を見せる理由にはならない。

ヴォルトは僕を抱えながら戦っている。僕を庇おうと激しい動きができないでいた。動けない対象をタコ殴りにするなど、奴からしてみれば簡単なことのように思えた。ならなぜヴォルトは攻撃ができている。動けない相手になぜ奴は隙を見せている。


ヴォルトとゴリラテの攻防を抱きかかえられながら戦況を見つめた。

ゴリラテの棍棒をどうにかして受け止め、剣を振るう。ゴリラテがその剣を避けるよう後退する。そしてまたヴォルトに向け突っ込んでくる。


「……なんで奴はわざわざ剣を避けているんだ?」


ずっと感じていた違和感に気がついた。

ゴリラテはずっとヴォルトの剣撃をまるで受けようとしていなかった。

ゴリラテはヴォルトが剣を振るう度に、避けるように後退することを繰り返していた。まるでヴォルトの剣から逃げるように見えた。


その認識が、この戦況の見方を大きく変えることになった。

ゴリラテがヴォルトを…いや、剣を恐れているのではないかと思った。

そう思いながら戦いを見ていると、そうとしか考えられなかった。


ゴリラテはヴォルトが棍棒を受け止める度に攻撃を中断した。その隙にヴォルトが剣を振るい、それを避けまた突っ込んでくる。

まるでターン制のバトルでもしているかのようだ。


もしもゴリラテが剣を恐れているのなら。ヴォルトが剣を見せる度一瞬の隙が生まれるのも説明がつく。剣を受けるのではなくわざわざ避けることにも説明がつく。


しかし、そんな事がありえるのだろうか。

ゴリラテは幾つもの戦場を経験したはずだった。今更剣に怯えるなんて事がありえるのだろうか。そもそも恐怖という感情が存在するのだろうか。


だけどもし…もし奴が怯えているのだとしたら!

あれが初めての負傷だとしたら…。初めて負傷した剣だったなら。僕らが初めて剣によって傷をつけた男だったなら!


僕らの剣が初めて、奴が恐怖する対象だったなら!


ゴリラテが突如として、地面の砂を蹴り上げた。

砂煙に視界が覆われ、姿が見えなくなってしまう。すると砂煙の奥から横振りの棍棒がこちらに迫ってきた。

突然の出来事に剣を振えず、受け止める事しか出来なかったヴォルトと僕は勢いよく吹き飛ばされてしまう。

吹き飛ばされながらも、僕が傷つかないように抱きかかえ、一緒になって地面に激突し、ゴロゴロと転がりながら次第に静止した。


「グラス!大丈夫か!」


抱きかかえたまま僕の顔を心配そうに見つめる。


「僕の心配してる場合か。ヴォルトは大丈夫なの?」


「俺はなんともない…ただ……」


ヴォルトの見つめる先には、彼の左手に持たれている剣があった。その剣には、既にヒビが入ってしまっており、原型を留めているのがやっとな状況だった。


「さっきからずっと受けっぱなしだったもんな。さっきの一撃でとうとう限界が来ちまった。もう次の一撃を受ければ、壊れちまうだろうな…」


ヴォルトが左手を強く握る。彼ですら顔に少しばかりの諦めの感情が見えるような気がした。


「なあヴォルト……まだ戦えるか?」


ヴォルトは驚いたような表情を僕に向ける。


「まだ戦えるか?全力はまだ出せるか?」


「まさか……勝てるのか…?」


「いいから答えろ…!まだ全力は出せるな!?」


「……!!当たり前だ!!」


「よし!今からいうことをちゃんと覚えろよ!!」


観客の声がない。まるで誰も見ていないかのようだ。

しかし観客はどうやら拳を上げているようだった。まるで誰かを鼓舞しているかのように見える。しかしこうも声がないと誰に対する鼓舞なのか分からない。自分の耳がイカれたかと思った。

ただゴリラテの足音、唸り声、棍棒を引きずる音、風の音が微かに聞こえる。そしてヴォルトの息づかい、心臓の音、そして魂を燃やしているかのような音が僕の耳に鳴り響いていた。

闘技場の中心の音だけがハッキリと耳に届いていた。


「………分かったか?」



「ああ……フッとんでもないな…!ほとんど運じゃないか…!!」


ヴォルトは笑いながら立ち上がった。肩を貸してもらい僕も一緒に立ち上がる。


「仕方ないだろ。…それとも、他に何かいい方法でもある?」


「まあ、ねぇわな!」


僕たちは互いに笑いながらゴリラテに体を向ける。ゴリラテも僕らに先ほどよりもハッキリとした笑みを浮かべていた。


「これが失敗したら今度こそなんだけどな…。なんでだろ、俺全然怖くねえや!」


「僕も同じだよ。なんでだろうな…」


恐怖心はあった。怖いものは怖い。死ぬなんて嫌だ。彼女と会えなくなるのもごめんだ。だけどそれ以上に、その恐怖よりも、今はどこかワクワクした気持ちでいっぱいだった。

僕たちの中に突如として宿った気持ち。

まるで希望のような幸福のようなそんな明るい気持ちが、状況を楽観的に考えさせ、僕たちの根源にある恐怖を覆い隠し、僕たちに笑顔というこの絶体絶命の場に似つかわしくない顔をさせていた。

なぜこの感情が突然として僕らに芽生えたのかは分からない。死という恐怖から逃れる為なのか。それとも本当にこの戦いを楽しんでいるからなのか。

ただ一つ言えることは、今の僕たちは負ける可能性というものを一切考えていなかった。


これに失敗したら僕たちはきっと死ぬ。きっと剣も体も限界を迎える。


チャンスは一度……。 


ヴォルトは僕を抱えたまま駆け出した!

右手一つで僕を抱きかかえ、その左手には何も握られていない。ヴォルトの剣は僕の手の中にあった。折れた足は今も力無くプラプラと揺れている。けれどその手に持たれた剣だけは、力強く握られている。


ヴォルトが雄叫びを上げながら、僕をゴリラテに向かって投げ飛ばした。

繋がれた手錠の鎖と共に空中に投げ飛ばされ、鎖の届く限界に来た時には、僕の体はゴリラテの頭上に来ていた。

あの時失敗した一撃をもう一度お見舞いしようとゴリラテの首を目掛けて、全ての一撃をこの剣に込めるべく雄叫びを上げながら突っ込んだ。


それ見ていたゴリラテは、素早く左腕でグラスに殴りかかった。


ゴリラテにとって今日の痛みはとても新鮮なものだった。自分の体が剣によって傷つくなど考えてもいなかった。それは何度も駆り出されら戦の経験が、自身の体の頑丈さを絶対のものだと信じさせていたからだ。

しかし今日の相手は違った。

なんらいつもと変わらない人間に思えた彼らは、自分の体に傷を負わせ、血を流させた。

ゴリラテは手錠に繋がれた彼らに恐怖すると同時に、初めて自分と対等に戦える相手だと、ある種の敬意を抱いていた。

初めての好敵手の記憶はこれまでの全ての戦争の記憶を一切除外し、彼らの動きだけが今のゴリラテの記憶を支配していた。


ゴリラテは今、目の前で飛び立ったグラスが先ほどと同じ動きに見えていた。自分の首を狙おうとこちらに突撃し、それを防ぐべく右手を出したあの記憶がすぐに呼び戻された。

つまりゴリラテの頭の中には、既にグラスがどう動くかという予測があった。

グラスがこちらに向かってくる動きは全く予測通りの動きだった。実際の映像と、頭の中の映像が一致すると、まるでゾーンにでも入ったかのように動きがゆっくりに見える。

ゴリラテはこれまでの乱暴的な戦い方と違い、どこか合理的になっていた。この一撃を防がないと。でも痛いのは嫌だ。だから右手ではなく、左腕を出そう。彼の剣が突き刺さらないように拳を握り、彼を殴り飛ばしてしまおう。


ゴリラテの頭には、グラスを殴り飛ばし、全身から血を吹き出し、そのまま死に至るまでの映像が浮かんでいた。そのイメージでしか、予測を立てられなかった。



これ以外の動きをされてしまったら、全ての判断が遅れてしまうというのに。



グラスはゴリラテの左腕を予測していた。

空中で宙返りをしてゴリラテの拳を避ける。ゴリラテの拳は空を切った。グラスの予想だにしない動きに体がほんの一瞬動きを止めてしまった。


グラスはそのまま固まった左腕を通り過ぎ地面に向かって落ちていく。ゴリラテの左腕に長い手錠の鎖が引っかかる。ゴリラテの腕を支点にして地面に向かって落ちていくと同時に、手錠で繋がれたヴォルトが空中に一気に引き上げられる。


僕たちの勝ち筋は、いかにしてヴォルトをゴリラテの首まで持っていくかだった。


僕が落ちて行くと同時にヴォルトが空中に上がっていく。その瞬間、僕たちの高さが同じになるタイミングがある。この瞬間を逃してはならない。この瞬間に僕はヴォルトにこの剣を渡さなければならない。まだ僕の手にあるこの剣が、ヴォルトの手に届かなければ、僕たちの負けだ。

僕が自然落下する力だけでヴォルトがどこまで上がるのか分からない。この剣をヴォルトに渡せるかも分からない。それでも全ての賭けに勝たないと僕たちは勝てない!


ヴォルトが勢いよく上がっている。それと同時に僕も勢いよく落ちている。

その瞬間が来た。

僕は届いてくれと強く願いながら、ヴォルトに向かって剣を投げつけた。



ヴォルトの手に血が流れる。ヴォルトは持ち手ではなく、刃を握っていた。

届いた。僕の投げ渡した剣は、確かにヴォルトの手に届いていた。


そのまま勢いよく上がり、そしてついにヴォルトが宙を舞った。

ゴリラテの頭上にやってきて、その瞬間に剣にを突き刺すように構え、そのまま首に目掛けて突っ込んだ。

ゴリラテは新たに新鮮な恐怖を抱いた。首への一撃は防がねば。ゴリラテは咄嗟にヴォルトに右手を向かわせた。

ゴリラテは真っ直ぐ剣を握るヴォルトを恐怖の眼差しで見つめていた。



ヴォルトに右手を向かわせたその瞬間。ヴォルトは剣を横に投げ捨てた。

まるで邪魔だと言わんばかりに突如としてヴォルトは剣を空に放り投げていた。

ゴリラテの目線はただ放り投げられた剣だけを見つめていた。


ヴォルトはその瞬間を逃さなかった。

一瞬だけ剣に意識が集中したゴリラテはヴォルトへの視線をつい外してしまっていた。


気づいた時には、ヴォルトはゴリラテの首を締め上げていた。獣のような雄叫びを上げ、ゴリラテの首に裸絞めを喰らわしていた。腕で顎を固定し、足も使って太い首を体全体で絞めあげていた。


ゴリラテは激しく抵抗した。絞めあげるヴォルトを何度も叩いたり、闘技場の壁に激突して挟み込んだりして、なんとかヴォルトを引き剥がそうと努めた。

叩かれた衝撃で頭から血を流す。闘技場の壁に挟まれては口から血を吐き出した。それでもヴォルトはその力を緩めることはなかった。雄叫びを上げながら、ヴォルトはゴリラテの首をただひたすらに締め上げていた。


次第に締め上げる力が強くなる。そうすると、徐々にゴリラテの首から肉の筋のようなものが見え始める。

その神がかった力は、ゴリラテの首を外そうとしていた。

だんだんと肉の筋が外れていき、血が少しずつ噴き出し始めた。その瞬間耳を破裂させるような痛々しい悲鳴が闘技場に響き渡る。その悲鳴に体が細かく震えた。


しかしそんな悲鳴を上げて間もなく、ヴォルトがゴリラテの首を引きちぎった。

噴水のように血が音を立てながら噴き出て、体はそのまま地面に倒れ込んだ。

ドシンという音を立てると同時に小さく砂煙が舞う。首からは血が溢れ、ジャプジャプと音を立てる。


僕たちは最後の賭けに勝った。

ヴォルトの力を信じた。ヴォルトはほとんど全力で力を入れたことがなかった。それは力を入れる前に、その物を壊してしまっていたからだ。

彼自身も自分の力の限界を知らなかった。

それだけじゃない。そもそもヴォルトが上に上がるのか。剣を渡すことができるのか。

何もかもが賭けだった。

しかし僕たちはそれら全てに勝った。全ての賭けに勝ち、この国最強の戦士を倒した。


緊張の糸が徐々に溶け出し、体の力が抜けていく。金管楽器が遠くに聞こえ、観客の歓声もどこか曇ったように聞こえる。


「グラス!大丈夫か!」


今日の英雄の声だけがハッキリと聞こえた。

彼はゴリラテが倒れてすぐ僕の元に駆け寄った。そして心配そうに僕に声をかけるのだった。

僕は真っ直ぐに彼を見つめた。何を言うでもなく、ただ真っ直ぐに彼の顔を眺めていた。目が合うと、彼はまるで泣き出してしまいそうな、嬉しさが込み上げているようななんとも言えない満足そげな顔を僕に向けた。彼の顔を見た時、ふと自分も目に熱いものを浮かべていることに気がついた。きっと僕もヴォルトと同じ表情をしていたのかもしれない。


ヴォルトの肩を借り、僕たちはゆっくりと起き上がった。

あたりを見渡すと、観客の興奮したような笑顔が広がっているのが見えた。それを目にした時、徐々に音量を上げるようにハッキリと闘技場と音が聞こえてきた。

金管楽器の勝利の歓喜の音が奏でたと同時に、観客たちが僕たちに賛美の声と拍手をしてくれているのだと気がついた。


ふとアゲハ姫のいる方向に視線を向ける。

彼女はその場にはいなかった。ただどこかに立ち去ろうとするホーレン将軍が眉間にしわを寄せ、激しい怒りを感じさせる目を一瞬こちらに向けていたように見えた。


しばらくすると、観客たちが僕らの名前を交互に呼び始めた。この勝利をここにいる誰もが祝福してくれたかに思えた。僕たちは前と同じように、空に向かって拳を掲げた。観客の祝福がさらに大きいものになった。

僕たちはゴリラテを倒し、名実ともにこの国最強の決闘士となった。



この最強という称号が、僕たちの運命を大きく変えてしまったこと。これから起こる悲劇の引き金になる事を、この頃の僕たちは知る由もなかった。

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