第11話 二回目
時間が経つにつれ、観客の賑わいは数を増やし続けていた。既にあの日よりもその賑わいは大きいものに感じる。ざわざわと声を重ね、時より子供の笑い声がそのざわつきの上に乗っかるように闘技場全体にその声を響かせていた。
この日も晴々とした青空の下でこれから始まる殺し合いを心待ちにしている様子だ。
僕らはあの日と同じ闘技場の舞台の裏でその時が来るのを今か今かと待っていた。
薄暗いこの場所で観客のざわつきを耳にしながら、門から漏れ出る光の暖かさを右手に感じた。この場所に来るとあの日の景色と高揚感を思い出し自然と胸が躍った。しかしそれと同時に一つの寂しさ感じていた。
あの日は他の仲間たちも沢山いたが、今日は僕ら二人だけだ。
僕はここに来るまでつい彼らの存在を忘れてしまっていた。正確に言えば仲間意識が薄れてしまっていた。
あの時、確かな絆が僕と彼らの間にはあったはずだ。しかし僕が彼らの死を実感したのはヴォルトと二人だけで待つこの場所に戻ってきた今が初めてだった。
あれだけ多くの決闘士が並んでいたこの場所が、二人だけの空間になっているこの時間が僕にはひどく寂しいものに感じた。
この瞬間まで彼らの死を実感できなかった自分にとんだ薄情ものだと自己嫌悪に陥りそうにもなる。しかしあの日は彼らの死以上の幸福が舞い込んできたので、僕はついそちらが鮮明に脳裏に焼きついてしまっていた。
「今日は何だか静かだね」
つい漏れ出した寂しさに、ヴォルトは何も答えなかった。
しばらく待っていると奥の方から人の気配を感じ僕たちはそれの方に視線を向けた。あの日は向こうからオリヴァーが僕たちを鼓舞しに来てくれた。
しかし今日ここに姿を現したのはローク伯爵だった。初めて会ったあの日と同じ、不気味な笑みを浮かべ、ハゲた頭を摩りながらこちらに近づいてきた。
「ほほほ、体調の方はどうかな?」
「問題ありません。ところでローク伯爵、今日はどのような決闘なのですか?」
「ほほほ、そうですな。それでは早速、これをつけていただきたい」
そういうと警備の一人が何やら長い鎖のようなものを持ってきた。確認すると長さはおよそ3メートルほどで、その両端には手錠の輪が取り付けられていた。
「本日はこれを互いにつけて決闘をしてもらおうと思ってな」
「…この手錠をですか?」
「左様。これを互いにつけることで、観客の皆様に、あなた達は二人で一つなのだとアピールして頂きたいのです。あなたはこれからこの国を代表する黄金ペアとして歴史に名を刻んで頂きたい」
僕たちは互いに目を見合わせる。一瞬戸惑ったがすぐに了承した。元々断ることなど出来ないのだが、この程度でいいのならとどこか肩透かしをくらった気分だった。
ヴォルトの右手、そして僕の左手にそれぞれ手錠をはめた。多少は不自由かと思ったが鎖に相当の長さがあるので、鎖が僕らの腕の間でだらんとして、腕が少し重いと感じる程度でそれほどの不自由さを感じなかった。
「あの、本当にこれだけでいいんですか?正直これだとあんまり関係ないんじゃ?」
「ほほほ、何を言いますか!本日はあなた方が主役なのです!それをつけることで、観客はそのような縛りがありながら!と感心して頂くという魂胆です!」
さすがこの国で伯爵という地位の男が考えることはずる賢いと感心してしまう。しかしこうも出来レースが決まっていると心の持ちようをどうしようかと考えてしまう。
「されど油断は禁物ですぞ?相手だってあなた方を全力で切り掛かってきます…。まあ、あなた方の実力なら問題ないと思いますがな!ほほほほほほ…!」
伯爵が高笑いしていると外から金管楽器の耳を指す音に観客の歓声が聞こえてきた。
その音を聞いて僕たちはあの日の記憶が蘇り、胸を躍らせた。
「おや、もうそんな時間ですか。ではくれぐれも死なないように…。ご武運を」
そう言い残し彼はまた奥へと戻ってしまった。
伯爵が出て行ったのを確認すると、目の前の門が開き、日差しの眩しさで目を細める。どうやらもう出てもいいようだった。
僕たちは互いの右手に剣を握り、日差しの当たる闘技場の舞台へと足を進ませた。
歩くたびに手錠の鎖がジャラジャラと小さな音を立てる。
日差しの当たるところまで出ると、闘技場から割れんばかりの大歓声が僕たちに向けられた。あの時と同じように内臓を激しく揺らす叫びの振動が僕たちを待っていたかのように迎入れた。耳を刺すような金管楽器が観客の声にかき消され微かに聴こえるようになると、どこか心地よい音のように聞こえた。
あたりを360度見渡せど、人がひしめきあっており僕たちはあの緊張と高揚感を再び感じていた。
「グラス!あれを見てみろ!」
ヴォルトが指差す方に視線を向けると、アゲハ姫が笑顔でこちらに手を振っているのが見えた。咄嗟に僕もぎこちなく手を振り返した。
夢で何度も会っていたが、実際にお目にかかるのは数ヶ月ぶりだ。やはり夢で会うよりも実際に会えた方が彼女のことを強く実感できるような気がした。
周りの歓声で彼女の声は届かなかったが、僕の名前を必死に呼んでいるように見える。その健気な姿に心がスッと軽くなり、生きていてよかったと人生の絶頂を迎える気分になった。
「ああやってみると、やっぱり可愛いよな!」
観客の声に負けないよう、声を張り上げて耳元でヴォルトが声をかける。
「当然だ!なんせ僕の希望だからな!」
僕も負けじと声を張り上げた。
彼女に見惚れているとき、ふと横の男に目がいった。その男もまたこちらを凝視しているようだった。それもどこか恨んでいるような、鋭い目つきでこちらを見つめていた。
あの男の顔にはどこか見覚えがあった。あの髭面をまじまじと見つめふと、あっと気がついた。
あの日の登壇に立っていたホーレン将軍だ。彼女と初めて会ったあの日、彼女と一緒にあの場を離れたあの男。あの時なぜか気に食わなかった髭面の男が、召使いの持つ日傘の下で頬杖をつき、足を組みながら鬼のような形相をこちらに向けていた。
彼を見て驚いたのは彼の存在が理由じゃない。
なぜあの男はアゲハ姫の隣で座っているんだ。あいつは将軍という立場のはず…なぜこの国の姫と隣合うような席に腰を下ろしているんだ。
(ふんっいつまでその汚い面を私に向けているのだ)
私の愛しいアゲハ姫はあの男を見るや否や、日傘から飛び出し日差しの元であの男に対して手を振っている。あの男も彼女を見つけると、途端に笑顔でぎこちなく手を振りかえす。忌々しい光景に思わず顔をしかめ、軽く舌打ちをする。
だがあいつを見るのも今日で最後だ。ローク伯爵曰く、あの奴隷どもを殺す手筈は整っている。我が愛しの姫をたぶらかしたお前を私は断じて許さない!
闘技場で金管楽器の音が新しい音色を奏でる。それは司会者の登場を合図する音色だった。その音を聴くと、観客は再び熱狂し始め、そして盛大な拍手と共に司会者が目立つ位置でメガホンを片手に声を上げる。
「皆様!本日もお集まり頂き、誠に!ありがとうございます!!」
彼の声に反応し観客が歓声を上げる。
「今日はグラスたちが勝つ演目なのですよね?」
彼女はそうホーレンに問いかけながら彼の横にある椅子に腰をかけた。
「…そうですよ。今回は彼らが勝つはずの演目です…」
「まあ嬉しい!私、こんなにワクワクするのは初めてです!」
彼女の可愛らしい笑顔があの奴隷に向けられていると思うと途端に怒りに身が沈みそうになる。私は表情や声にそれが出ないようグッと押さえつけて彼女と会話を続ける。
「…相当お気に召されてるようですね。一体何がそんなに良いのやら…」
「あら、わかりませんの?周りをみてみなさい!この国の市民たちはもう皆んな彼らに夢中ですよ!」
彼女の言葉を聞いて、観客の顔を見渡してみる。これを見に来ているオリオロス市民が皆んなしてあの奴隷に期待の眼差しを向けているのが分かった。
「さあ!本日の主役は!あの蹂躙の演目を勝ち抜き、生き残った二人組!絶望的なあの状況を持ち前の力と技でことごとく覆した……ヴォルト、グラスのお二人です!!!」
割れんばかりの大歓声が闘技場を包み込む。
二人は観客に手を振ったり、剣を突き上げたりしてその歓声に答えた。
「彼らの強さはここにいる皆様は重々承知のことと思われます。かという私も彼らの強さには驚かされた者の一人でございます。皆様、うっすらと期待しているのではないでしょうか。はっきりと確信したいのではないでしょうか!……彼らが最強だと。彼らこそが歴代で最強の決闘士なのではないのかと!!!」
大歓声に包まれる中、横にいる姫様も嬉しそうに拍手を送る。
この群衆の期待も、姫様の笑顔も何もかもが憎たらしい。なぜ貴様たちのような奴隷が、こんな簡単に愛されねばならないのだ。
私だって群衆から愛されている。私だって戦争の戦果で市民から慕われている。しかしそれは、何度も何度も戦果を掲げた結果だ。幾つもの試練を乗り越え、国を勝利に導いた結果だ。幼少期からそれだけを叩き込まれた私の価値そのものだ。
それをたかが一回の決闘でもうこれだと?私の人生を賭けて得たものを、やつらはこんな簡単に…。しかも姫様まで………。
だから、お前たちにはここで死んでもらう。
「会場の皆様!知りたくないですか…?彼らはどれほど強いのか…。彼らの強さは本物なのか…。………どちらの方が強いのか。」
司会者が声色を変える。唐突な印象の変化に会場の多くが困惑の表情を見せた。
「皆様はご存知でしょう。隣国パルメシア王国。彼らもまたオリオロス帝国に牙を向く愚かな国の一つ。しかし奴らの実力を前に、帝国は未だ支配できずにいる。あの国は我々に次ぐ強国…。奴らが一斉に攻めてくれば、いくらオリオロス帝国でもただでは済まないと言われています。
ではなぜ奴らは帝国を責めないのか…。奴らが恐れているものは何か…」
司会者の言葉に徐々に観客はそれの存在に気づき始める。
冷や汗をかく者。驚愕し目を見開き、口を覆い隠す者。これから始まる決闘を予感し、思わず笑みを浮かべてしまう者。
「ホーレン将軍!?」
アゲハ姫もその存在がすぐに見当が付き、思わずホーレンに問いただす。
「ホーレン将軍!どういうことですか!話が違います!!」
「落ち着いてください姫様…。私は信じているのですよ…彼らが最強なのだと。この国最強の存在よりもずっと強い二人なのだと…」
「っ!今すぐこの決闘の中止をしてください!このままだと彼らが…!」
「無理を言わんでください、姫様こそほら周りを見てごらんなさい」
観客はその戦いに期待していた。どちらが強いのかをここにいる多くが見届けようとしていた。帝国最強がどちらなのかを知りたがっていた。
アゲハ姫はその観客の反応に思わず言葉を失う。この決闘をもう止められないものだと言う事に気がついてしまった。彼女は激しく避難するようにホーレンを睨みつけることしかできなかった。
姫様…申し訳ございません。しかしこれも姫様のためなのです。
彼らが生きているときっとあなたは私を拒絶する。希望を目の当たりにしてしまえば、目の前の絶望を受け止めきれなくなる…
私はどんなに姫様に嫌われても構わない。どれだけ恨まれても構わない。
しかしすでに決まった絶望は取り除くことができない。
だったらせめて、せめてそれ以外の道を消し去らねば!それを受け入れる以外に道はないのだと諦めさせなければ!
私だってアゲハ姫に幸せになってほしい。できることなら私で妥協して欲しかった。私を愛して欲しかった…。
お前さえ現れなければその道もあったはずなのだ!だから許さない…!
姫様に希望を与えたお前を私は絶対に許さない!!
さらに近づいてくる異様な空気に二人は思わず冷や汗をかいていた。
「僕たちって、今日は勝てる決闘だったはずだよね…?」
「さあ?けど、こちつはちょいと骨が折れそうだぜ…!」
剣を強く握り、その存在の姿を表す瞬間を見逃すまいと、体全体に力を込める。
門が開けられても、奥の暗闇がそれの姿をまだ隠していた。
姿を出さずとも暗闇の奥から異様な雰囲気を解き放っていた。何かを引きずるような音も聞こえていた。
「私は知りたい!どちらが最強なのか!この国で一番強いのはどちらなのか!だったら今日、証明しようじゃないか!奇跡を起こす決闘士か、帝国最強の抑止力か!!」
次第にそれに光が当たり、それの姿が徐々に見え始めた。
それにしてみれば門の小ささのあまり、潜るようにして門から姿を現した。
「さあ、戦え!私たちに教えてくれ!どちらが最強なのか!!奇跡を起こす決闘士ヴォルト、グラスペア対この国最強の兵士、ゴリラテーーー!!!!」
闘技場そのものを揺らす大歓声が会場の中心に注がれる。僕たちをあの時と同じように恐怖で体が震えさせた。
そいつは門から姿を表すと大きな棍棒を右手にもつ大男が現れた。身長が3メートル近くある異形の大男が二人を凝視するように見つめていた。
目の前に広がる信じられない光景に、二人は動けなくなってしまっていた。目を見開き、口をぽかんと開け、ゴリラテという化け物を凝視していた。
硬直してしまった体で、最初に動きを見せたのは二人の口だった。二人は思いがけない男の登場に、つい漏れ出した本音を同時に発していた。
「「デカ過ぎんだろ…」」
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