第4話 追跡者④

 一時間もしない内に、アルヴィスは酒場に戻ってきた。その表情を見るに、他をあたった結果がどうであったかは、聞くまでもない。

 空になったジョッキから顔を上げ、《森色》は店の入り口に立つアルヴィスの方へ向き直る。

「……そちらさんは?」

 アルヴィスの後ろに、人影があった。

 膝までの黒いローブに身を包んでいる人物へ、《森色》は訝しげな視線を投げ掛ける。人の出入りの少ないこの島において、見知らぬ人物に対して警戒するのは仕方のないことだった。

「連れだ。元々、この島に着いて協力者を手分けして探していたんだ。つい先ほど、店先で合流した」

 アルヴィスが答えると、ローブの人物は一歩前に出て、目深にかぶったフードを下ろした。肩まで伸びた鮮やかな金髪の女性が素顔を晒す。

 切れ長の目を見て、《森色》は眉をひそめた。

「キリです。よろしくお願いします」

 それだけ言って、キリはわずかに頭を下げる。

「おい《森色》、そろそろ観念したらどうだ? こちらのお二人さんはお前の依頼主になるんだ、少しは愛想ってもんを振り撒けよ」

 マスターに言われて、《森色》は観念したように目を閉じ、アルヴィスとキリへ手招きした。二人をカウンター席に座らせ、何か飲み物を出すようマスターにお願いする。

「一応、確認しておくが……協力者は見つからなかったんだな?」

「ええ、それどころか、まともに話を聞いてもらえもしませんでしたよ」

「……分かった。アンタの言う迷宮の案内、俺が引き受けよう」

 席を立ち、《森色》は右手を差し出した。

「リードだ。《森色》ってのは、ここでの通称だからな。呼ぶときは名前で呼んでくれ」

「分かった、リード」

 アルヴィスも席を立ち、握手に応じる。

「それで、依頼の内容を聞かせてもらう。迷宮のどこを目指すのかによって、話は変わってくるからな」

 その質問に、アルヴィスとキリは顔を合わせた。キリは一瞬だけ不安そうな表情を浮かべたが、アルヴィスは首を横に振る。

「私はここより北の大陸の某国で騎士団副団長を務めているんだが……先日、我が騎士団から脱走者が出た。それだけなら大事にすべき問題でもないが、その脱走兵は我が国と我が騎士団の情報を持ち出し、他国へ売り渡そうとしている、らしい」

「なるほどな、追手から逃れるために身を隠す場所として、迷宮はうってつけだ。けど、何で迷宮に居ると分かった? 他国へ情報を売り渡す気なら、さっさとその国に匿ってもらえばいいだろう」

「その理由は……これだろう」

 目配せすると、キリは頷いて懐からあるものを取り出した。

 ランタンのような容器に、小さな魔石のような石が入っている。

「《ハーフタグ》か」

 ハーフタグとは、魔石を加工して人物の所在地を探し当てるための魔道具である。加工した魔石を半分に割り、一つを人の手に、もう一つのこの容器の中に入れる。容器の中に魔素を流し込むことにより、もう一方の魔石の在り処が分かるという代物である。

「この《ハーフタグ》が、脱走兵はここに居ると示している。この島には、魔道具に精通する者も居ると聞く。おそらくは、そのまま他国へ渡ったのではすぐに所在が判明してしまうため、《ハーフタグ》の追跡の逃れるために迷宮に来たのではないだろうか」

「そんなもん、片割れの魔石を捨てればいいだけの話だろう」

「そうはいかない」

 ぺリースを外し、アルヴィスは自らの首元を見せた。太い屈強なその首筋に、濃藍色の小さな石が埋め込まれていた。

「我が騎士団は、入団の際に《ハーフタグ》を埋め込む。下手に取り除こうとすれば、血が噴き出す。件の脱走兵は、これを取り除くために迷宮まで来たのだろう」

 指先でカウンターを叩き、リードはしばらく黙っていた。脱走兵に、魔道具、思い当たる場所は一つしかない。

「迷宮の、第三層だな。そこには脛に傷を持つ奴らが集まってる。中には、魔道具に詳しいやつもいるだろうさ」

 頭を掻いて、リードは深く息を吐いた。

「迷宮に潜る準備をして来る。他にも聞きたいことはあるが、それは迷宮を進みながらにしよう。少し待っていてくれ」

 アルヴィスの返事も待たずに、リードは酒場の奥へと姿を消した。

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