アーデンティア帝国編
第一章 感情がない彼女たちの日常
第35話 砂漠で遭難したんですか、そうなんです!
アーデンティア帝国を走っている、車という馬車。
荷台だけで馬もなく、下のタイヤが回転している。
スチーム動力らしいが、よく分からない。
サーヴァス会戦で、帝国の主動力を破壊した。
そのまま、帝国の技官らしい女2人を脅すように同乗。
ビクビクする彼女たちに構わず、しばらく移動した後で停車させた。
運転席にいる、ロリで長いピンク髪、ベティが訊ねる。
「ほんまに、ええんか? この砂漠を越えれば、サクリフィ王国とは違う国境になるけど……」
「構わない! 王国から遠ざかりたいし、帝国にいるわけにもいかない」
ベティは、こちらを見たまま、息を吐いた。
「好きにせい……。行くで、イヴ!」
紫色の髪で2つのお下げにしたイヴリンは、お姉さんっぽい雰囲気で俺を見たまま。
「えっと……。ベティさん?」
「あかんでー! ウチらも、いっぱいいっぱいや! だいたい、ティルをどう説明するん!? サーヴァス平原で戦車部隊を壊滅させたと知れれば、ウチらもタダじゃ済まんで!」
どうやら、俺を一緒に連れていく、と言いたかったようだ。
イヴリンは、無言で首を振る。
「分かりました……。ティルさん、これを!」
取り出した何かが宙を飛び、キャッチすれば、現金が入った小袋。
「どうか、ご無事で」
「……ウチらは、あんたを乗せたが素性を知らん。そういうことや!」
「ああ、世話になった」
彼女たちが乗る車は、走り去る。
「さて……」
俺が向きを変えると、線で区切ったように砂だけの地形が広がっている。
タスレドル砂漠だ。
風の加護で、地面から少し浮かびつつ、立ったままで膝を曲げてのホバー移動へ。
前が見えないほどの砂丘と、落下しそうな穴による立体的な地形で、どんどん速度を上げていく。
やがて、振り返っても砂漠だけに……。
風の抵抗による音がすさまじく、もはや何も聞こえないほど。
たまに人が住んでいたと思しき集落の跡が目に入り、あっという間に視界から消える。
「砂に埋もれていた……。井戸が枯れたか、砂嵐に呑まれたと」
独白している間にも、変わらぬ視界のままで、先ほどのような道しるべが見えては消える。
上からの日光と下からの暑さが、風の防護をしていても感じられた。
(まともに突っ込んだら、確実に死んだな?)
ベティたちの説明では、この砂漠を越えるルートは選ばない。
遠回りだが整備された街道と、途中にある街を利用するそうだ。
あるいは、帝国らしい飛空艇か、砂上艦と呼ばれる海上艦のような乗り物。
すると、ドンドン! という轟音。
(何だ?)
立ったままで回転しつつ、減速していく。
砂漠で片膝をつけば、鉄板の上にいるような熱さが伝わってきた。
(早くしないと……)
音の正体を確かめるために、風の防護を弱めている。
周りを眺めると、ゆらゆらした蜃気楼が並ぶ。
低い空中に街の建物などがあるものの、幻と考えていい。
じきに、ドンドンという重低音が響き、金属にぶつかるような音も……。
(あっちか!)
またホバー状態になり、まっすぐ向かう。
砂漠の上で、巨大な鋼鉄の物体が2つ。
海の上と間違えたように細長い艦体を浮かべつつ、並走するように同じ方向へ進みつつの砲撃戦が行われていた。
艦体に描かれたマークから、識別できる。
(所属不明の1隻に対して、帝国軍の1隻!)
前者の撃った砲弾の1つが、いきなり力強くなった。
それまで、カアアンッ! と弾いていた装甲をぶち抜かれ、並走する砂上艦はぐらりとよろめく。
反撃しつつ、離脱する方向へ舵を切った。
でも、巨大な艦体とあって、すぐに変わらない。
暢気に見物していた俺は、ザアアアッ! という轟音と同時に、視界が空に舞い上がった砂に覆われる。
「な、何だ!?」
地面が大きく揺れ、同時に足元がグラグラとしたことに――
「砂上艦?」
砂漠の上に出たのは、砲撃戦をしていた帝国軍と同型っぽい。
つまり、不意打ちだ。
所属不明の砂上艦は、それを視認したらしく、慌てて離脱する。
しかし、帝国軍の2隻が追いかけつつ、砲撃。
ダァアアアアンッ!
細長い筒から、耳が潰れそうな轟音が続く。
(帝国軍に勝たれると、俺もマズいか……)
両耳を塞ぎつつ、考える。
しかし、正体不明の勢力が野盗かもしれない。
風を集めた俺は、砲撃している部分を片っ端から潰して回る。
(艦体に傷をつけないから、とりあえず撤退してくれ!)
艦の上にいる俺に気づいたのか、下のハッチが開いて、マスケット銃を持った兵士が出てきた。
「何だ、貴様――」
一瞬で距離を詰めた俺の腹パンで黙った兵士は、後続へ投げつけられ、まとめて引っくり返る。
頃合いだ。
向けられた銃口から撃たれ、ヒュンッ! チュンッ! という風切り音を聞きつつの飛び降り。
もう用がないから、砂漠の上で高速のホバー移動へ。
しばらく追いかけ回され、どんどん撃たれたが、当たるわけもない。
砲撃できないことで、2隻とも退いたようだ。
「やっとか……」
減速して止まり、日陰で夜を待った。
昼とは真逆の凍りつきそうな星空の下で、俺は水が尽きたことに気づく。
砂漠の消耗を舐めていたようだ。
(マズい! 近くに水は……)
ない。
砂漠越えのうえ、艦隊戦にちょっかいをかけたことで、移動することも難しい。
(あ、終わった!)
氷のように冷たい砂漠の上で倒れつつ、星空を眺められるように仰向けに。
(マリカには、会えないか……)
都合よく飛んでくるわけもなく、俺は息を吐いた。
白い息。
吸い込めば、体の中が冷えていく。
意識がなくなっていき、もう女子のご機嫌を取らなくていいな、と思う。
次に生まれ変わったら、女難ではない人生を頼む。
グッバイ、この世……。
――数時間後
星々が輝くだけの夜に、紫がかった暗い青色が2つ。
少女だ。
濃い茶色の長い髪を揺らしつつ、2本の足が砂を踏むたびに、ザッザッと小さく鳴る。
倒れたまま死にかけているティルの傍にしゃがみ、話しかける。
「僕が分かる? うん、お水ね! 待ってて、今すぐ――」
何かをすくうように両手を合わせた少女は、なぜか両手で押し返すように。
「わー、バカバカ! そんなとこジュルジュルしたら、ダメだって!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます