第39話

~穂風~


夏葉と1年以上も離れて暮らすなんて考えられない…。

今だって出張の多い夏葉に寂しく思ってるのに。

だけど、いつも優しくて大人であたしのことを優先してくれる夏葉がこんなに引かないなんて…。

夏葉がどんなに行きたいか分かってる。

あたしばっかり応援してもらって、夏葉のことを送り出せない自分にも嫌になる…。

リアに相談してみた。


「彼氏の進路を応援しないのはダメな彼女すぎる」

厳しく言われてしまった。

そうだよね…。

「ちなみにだけど、リアは郁とどうこうとかないの?」

「あたしと郁は恋愛で結びつかないもっと特別な関係だし」

そうなんだ…。

はあ…。

自分でも意地になってる部分があるのは知ってる。

だけどやっぱり夏葉に笑顔で「行ってきて」なんて言えないよ…。


それからモヤモヤしたまま何日かが過ぎた。

今日は夏葉の新車が納車される日。

あたしは大学があるから納車に立ち会えないけど、新車で迎えに来てくれる。

前の車も思い出深いからかなり寂しいけど。

でも新しい車は夏葉が頑張った結果の結晶だもん。

そうだよね、夏葉は頑張ってる…。

その背中を押すのはあたしの仕事…。


授業が終わって大学を出たら出てすぐのところにデカい車が待ってた。

中には夏葉。

手を振って駆け寄る。

新しい車はSUVのいわゆるアメ車。

カラーはオレンジでかなり目立ってるけどかなりかっこいい。

助手席に乗り込んだ。

前の車は左ハンドルだったけど今回は右ハンドル。

右側に夏葉がいるのが新鮮だ。


「お待たせ!」

「ん」

「車めっちゃいいね」

「な~! かなりテンション上がってる」

夏葉が車を発進させた。

今からドライブスタートだ。

「熱海の方まで行ってみっか」

「わーい!」

車はぐんぐん進む。

今までの車よりも車高が高いからなんか偉くなった気分だ。

ニール・ヤングをかけながら、窓を開けて海を見てると、付き合う前に夏葉と2人で葉山までドライブに行ったことを思い出す。

あの日は全部が胸いっぱいだった。

あれから色々あって…。

今こうやって2人で笑っているのが奇跡みたいだ。


2時間ほどで熱海に着いた。

「夏葉、お腹すいた」

「どっか入るか」

というわけでファミレスに入った。

海を見ながら439円のパフェを食べる。

「うまー」

「それ食ったら海下りてみるか」

「うん」

夏葉ってほんと優しいよね…。

今だって本当はあたしに世界に行く話を認めてほしいんだと思う。

だけど何も言わないであたしの言葉をただ待ってる。


パフェを食べ終わってから2人で海に下りた。

靴と靴下を脱いで水に足を入れる。

真冬の海水はすごく冷たい。

「夏葉~」

「ん? …って」

あたしが夏葉に足で水をかけようとしたらそれより先によけられた。

「そんな何度も引っかかんねえよ」

確かにあたし毎回やってるかも…。


「おりゃ」

夏葉があたしのことを海に押した。

濡れる!

逆に夏葉のことをぐいっと引いてみた。

「うわっ」

海にこけそうになる夏葉を受け止めた。

そのまま腕にしがみついて大笑い。

夏葉があたしのことを急に抱き上げた。

「ギャーー」

そのままあたしのことを海に投げようとする。

「最低!」

「ははっ」

笑ってる夏葉にむくれる。

寒いし~…。


海から出て浜辺に出たら、夏葉が自分のハンカチであたしの足を拭いてくれる。

夏葉の肩につかまるあたし。

至れり尽くせりだな…。

「ったく、世話がかかるなお前は」

「ありがと~」

こんな寒い冬の海で何やってるんだあたしたちは…。

浜辺に腰を下ろした。

隣の夏葉も引っ張って腰を下ろさせる。

夏葉の肩に頭をもたれた。

夏葉があたしのおでこを優しく抑える。


「夏葉~…」

「あ?」

「夏葉って本当に優しいよね」

「ははっ。急にどうした」

「大好きだなって…」

そう言って夏葉に唇を向けた。

夏葉がそれに応えてキスしてくれる。

「リアムの仕事のことだけどさ…」

「うん」

「どうしても行かないとだめ?」

肩に頭をもたれたまま夏葉に目線を向けた。

夏葉があたしのことをまっすぐ見る。


「そうだな」

「…」

「例えば、もう穂風と一生会えないんだったら俺は穂風を選ぶよ。だけどそうじゃないから。俺はもっと頑張りたい。お前に肩並べて立てるように」

そっか…。

そうだよね。

あたしばっかり夏葉に応援してもらってる。

「行ってきて、夏葉」

「いいのか?」

「うん…。あたしも、もっと大きくなった夏葉を見たい」

夏葉があたしの言葉にふわっと笑った。

それからあたしのおでこにキスをする。


「ありがとな? がんばってくる…」

「うん…。毎日電話してね…」

「時差あっても絶対取れよ?」

「夏葉こそだからね!」

行かないでって本当は思ってるけど。

だけど頑張ってほしいっていうのも本当の気持ちだから。

しばらく夏葉に寄りかかって2人で海を眺めていた。


暗くなってきたので「帰るか」と2人で立ち上がった。

「寒い寒い」と言いながらお互いくっつきあって車に走る。

車に乗ったらエンジンをかけて暖房マックス。

「あ~足がかじかんでる~」

「足出して」

「はい」

夏葉があたしの足を両手で包む。

「かゆい~」

「我慢我慢」

しばらくそうしてたら治ってきた。


「よし、じゃあ行くか」

「うん、出発~」

「このままお前ん家直行して世界周ること報告するわ。今日どっちいる?」

「今日はどっちもいるよ」

「了解」

こうやってあたしの親にきちんと報告してくれるのも夏葉の誠実さだよね…。

あたしの家にはすぐ着いた。

平日のこの時間ならスイスイだ。

「ただいまー」

「お邪魔します」

夏葉が来ることは事前に連絡しておいた。

返事ないけど…。

リビングに入ると誰もいない。

みんな出てるのかな…。


「夏葉なんか飲む?」

「ん、ありがと」

コーヒーを淹れてあげて2人でソファに座った。

夏葉の手を取って握る。

「しばらくこの手にも触れられなくなるのか…」

「そうだな…」

見つめ合った。

そのままキス…

と思ったらお風呂からパパが出てきた。

夏葉が慌てて体を離して両手を膝につけた。


「なんでお前いるんだよ」

こわっ…。

「すみません…」

「連絡したじゃん! 見てない?」

「さっきまで海行ってて見てなかった」

夏葉がビビっちゃってんじゃん~…。

「今日どこまで行ってたの?」

「今日は勝浦」

「そっか。波どうだった?」

「イマイチ」

「だよね」

なんてことない会話で場をとりなす。


「ママは?」

「そよ子ならシェイプルーム」

ママも家にいたんかい!

「呼んでくる!」

夏葉を連れてシェイプルームに行った。

「ママー?」

言いながらシェイプルームに入る。

「夏葉じゃん、なんでいんの?」

ママまで…。

「すみません…」

「連絡したじゃん~…。ママも見てないの?」

「ごめんごめん」

キリの良いところまでいったらリビングに行くというママ。

また夏葉とリビングに戻った。


「お前飯食ってくのか?」

「あ、いいっすか…」

「なんか出前取るわ」

スマホの出前アプリを開いたパパをよそに、あたしは夏葉をソファに座らせてテレビをつけた。

夏葉は「世界の岩崎龍臣が出前取ってる…」って言ってたけど。

あたしには日常の光景だ。

この前合宿で撮影したCMがちょうど流れた。

「夏葉に撮ってもらったやつだ」

「そうだな」

なんて言ってたらママがリビングに来た。

夏葉がテレビを消す。

ママがあたしたちの座ってるのとは反対側のソファにどっしりと座った。


「で? なんか用?」

ママ…。

そんな言い方ある!?

「あ…っとですね、あ~…お二人にちょっとご報告が」

ママとパパが顔を見合わせた。

パパが眉間にしわを寄せてからこっちに来てママの隣に腰かけた。

って、なんか勘違いされてない!?

「まさか子供出来たとかじゃないよね?」

やっぱり!

2人が夏葉のことビビらせるから夏葉が必要以上にかしこまって変な言い方になっちゃったじゃん!


「違います!!!」

「違うの? じゃあ何?」

「いや~…俺、新しい仕事をすることになりまして」

夏葉が2人に説明した。

パパとママは夏葉の新しい仕事を喜んだ。

「良かったじゃん、がんばりな」

「ありがとうございます」

「でもよく穂風が行っていいって言ったね」

「ほんと感謝っす…」

あたしがわがまましたことは言わないでいてくれるんだ。

っていうかママにあたしが許さないって思われてるんだ…。


「報告してくれてありがとね」

「いや、これはちゃんとお伝えしないとと思ったので」

「あんた本当誠実!」

ママが夏葉の頭をぐしゃぐしゃに撫でた。

何はともあれ、これで夏葉はもう行くのが完全に決まった。

夏葉…。

寂しいけど、がんばってね!

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