第10話

~穂風~


夏葉はいつも門限の1時間前には家に帰す。

あたしはギリギリまで一緒にいたいのに。

「万が一遅くなって穂風の親の信用損ないたくねえ」だって。

大人だよね…。


さっきナナで夏葉のアプリの話を聞いてショックだったし腹も立ったけど、そのあと夏葉があたしのこと大切に考えてくれてたことだったと知って純粋にうれしかった。

そういう大人の分別あるところも好き…。

知らない年上のセクシーお姉さんと一晩飲み歩いたのはシンプルにムカつくけどね!

ナナから20分くらい車を走らせ、あっという間に家。

あたしには世界一短い20分に感じる。


「着いたぞ」

「ん…。じゃあね…」

名残惜しく夏葉の顔を見つめてから、ゆっくりと車を降りようとした。

ぱしっと腕を捕まれて、一瞬のうちに目の前には夏葉の顔。

そのまま息のつく間もなくキス…。

今日だけで何回キスされたんだろう。

夏葉はキス魔神だ!

唇が離れて、夏葉の顔と1センチの距離でしばらく動きが止まってから、夏葉がハンドルに「あ~…」と頭をつけた。


「どうしたの…?」

「まじ…無意識…」

「えっ?」

「俺、そもそもこんな人間じゃねえの。外でキスとかしねえし…」

そうなの…?

今日、めちゃくちゃされたけど…。

え、なんかすごく嬉しい…。

「ほら、早く家入れ…」

「あ、うん…。じゃあね…」

「ん。あとで電話する」

なんだかぼんやりしたまま車を降りて、家に帰った。


家にはパパとママの2人。

いつもはどちらか片方しか家にいないから、2人が家に一緒にいるとやっぱり嬉しい。

「ただいまー」

「おかえりー。あんた最近帰り早いね」

「うん。夏葉が早くあたしを家に帰すから…」

あたしがそう言ったら、夏葉はすごくしっかりしているとママが喜んだ。

良かったね、夏葉。

あたしの親の信頼、確実に得てるよ…。

なんだかほかほかした気持ちのまま、夏葉と電話をしてから眠った。


次の日は朝からMAKANAの新商品の広告を撮りに都内のスタジオ。

宣伝用の写真と、web広告用の動画も。

あとは普段のサーフィンしている姿と合わせてテレビでもCMが放映される。

「お疲れ様でしたー」

昼過ぎに撮影が終わって、用意してくれたお弁当をスタジオの隅で食べてたら、昔からお世話になってるMAKANAのスタッフさんが来た。

手に何か封筒を持ってる。

「穂風ちゃんお疲れー」

「お疲れ様ですー。どうかしましたか?」

「うん、今年、MAKANAが50周年ってことで記念パーティー開催するから、穂風ちゃんに招待状、会社から預かってきた」

そう言ってあたしに持っていた封筒を渡してくれた。

開くと、『パートナー同伴可』と書いてある。

「45周年のときもパーティーやったの覚えてる? 同じ会場だよ」

そういえば家族で行ったなあ…。

パーティー会場の敷地内の庭園の隅に綺麗な花園があった気がする。

すごく綺麗だったのに人が全くいなくて穴場だったっけ…。

パートナー同伴可なら夏葉連れてこーっと。


お弁当を食べてから、最近通い始めた車の教習所へ。

サーファーは車ないと不便だからね。

終わってからは夏葉の家!

2回目の家は前とほとんど変わってない。

古いし狭いけど綺麗でおしゃれな部屋。

一つだけ変わってるのは、壁に吊してある写真にあたしの写真が増えたことだ。

夏葉があたしをサーファーとしても気に入ってくれているのが嬉しい。

今は、あたしがマットレスでくつろぎながらテレビを見てる一方で、夏葉がキッチンに立って何か作ってくれてる。

夜ご飯を振る舞ってくれるらしい。

夏葉の手料理~!

あ、そういえばパーティーのことまだ言ってないや。


「夏葉~」

何か炒めてる夏葉にマットレスから声をかける。

「あ?」

「来月、MAKANAの50周年パーティーあって招待されたんだけど、パートナー同伴可らしいから夏葉も行こー」

火を止めて、夏葉が台拭きをテーブルに持ってきた。

「そこ拭いて」

「はーい」

テーブルの上を拭いてる間、夏葉が料理をお皿に移す。


「で? なに? パーティー?」

「うん、MAKANAの」

「堅苦しいのは面倒くせえ」

そんなこと言わないでよ~。

せっかくなら一緒にいたいのに。

「穂風ドレスとか着んの?」

「着るよ」

「仕方ねえな…。行くか」

やった!

夏葉、案外チョロい?

夏葉がお盆に色々と乗せてこっちに戻ってきた。

青椒肉絲と、冷やしトマト、春雨サラダ、お漬物、白いご飯にお味噌汁。

おいしそー!

いただきますして2人で食べた。

うまいし。

最高の彼氏だ。


「夏葉って何でも出来るよね」

「なにが?」

「料理も出来るし運動も出来るし外国語上手いし」

「それ穂風も出来んだろ」

まあ確かに。

頭もいいしね。

「そういえば夏葉って高卒?」

「学歴的には高卒だけど、一応大学は行って2年の時に中退した」

「えっ、そうなの? どこの大学?」

「明立大学」

私立上位のいいところじゃん…。

頭もいいんだ。


「なんで辞めちゃったの?」

「それまでもずっと養成所で勉強したりカメラマンのアシスタントバイトしたりしてたんだけど、本格的にプロとしてこの道で食っていきたいって思ったときに、ちょうど台湾行きの仕事が来て、チャンス逃したくなかったんだよな」

なるほどね。

でもなんかわかるかも。

大学でしっかり勉強したい気持ちもすごく大きいけど、自分の夢のチャンスが来たときにどっちを取るかと言われれば、あたしはサーフィンを選ぶ。

サーフィンはあたしそのものだ。


っていうか…。

急に、あることに気づくあたし。

今日、キスされてない。

キス魔神だったのに…。

直接聞いてみた。

「なんで今日チューしないの?」

「…したらそれ以上耐えられなさそうだから」

あ、そういうこと?

あたしとエッチしたいの?


「別にいいのに…」

あたしがそう言ったら、軽くおでこにデコピンされた。

「俺は、きちんと穂風のこと大切にしてえの。他の女とは全然違うから」

瞬間で心臓がぎゅんとなった。

きゅん通り越してもうぎゅんだよ。

そんなの嬉しすぎるじゃん…。

何も言えなくなったあたしは、代わりに一瞬だけ夏葉にぎゅっと抱きついて、すぐに離れた。

「…殺す気か?」

だって嬉しかったんだもん。


夜まで一緒にテレビで映画を見てから、夏葉の車で家に帰った。

自宅前に車が止まる。

「夏葉」

「ん?」

「チューしよ?」

あたしがそう言ったら、夏葉がにやっと笑った。

そしてあたしに一瞬だけキス…。

それだけ…?


「もっと…」

「また今度な?」

意地悪!

昨日あんなにしたのに!

「ほら、早く帰って寝ろよ~」

ケチ…。

夏葉の肩をパンチしてから車を降りた。

夏葉は笑ってたけど。

次会ったときは熱烈なチューかましてやる!

って、キス魔神はあたしじゃん …。


次の日学校でリアに愚痴った。

「のろけんな~」

「だってあんなに一昨日はキスばっかしてたのに昨日は全然なんだもん…」

「この前パパと鉢合わせしたじゃん? だから家の前は辞めといたか~、Sっぽいところがあるか~、調教されてるかのどれかだと思いまーす」

調教!?

「どういうこと?」

「おもちゃをねだる子供に、親が気まぐれに買ってあげたりあげなかったりすると、買ってくれるときのルールが子供はわからないから、子供はとにかくねだり続けるワガママな子になってしまうっていう心理学の研究があんだけど~」

「うん?」

「それと同じで、夏葉は穂風にそうやって気まぐれでキスしたりしなかったりして、穂風がいつもキスしてほしい子にしようとしてんじゃなーい?」

リアルがそう言ってキャハハと笑った。

あたしは調教されてたのか…。

って、そんなことある ?

結局、恋愛マスターのリア様の言うことについていけないまま、1ヶ月後、パーティーの日を迎えた。


パパとママも招待されてるから、2人と同じ車で行く。

パパとママの車で行ったら明らかに娘です!って言ってるみたいで嫌なんだけどね…。

本当は夏葉の車で行くはずだったんだけど、夏葉が仕事で1時間遅れることになっちゃったの。

しょうがないことだ。

今日のために用意した赤いドレス。

大人っぽさと華やかさがある感じ。

普段は基本的にすっぴんだけど、今日はメイクもちゃんとした。

早く夏葉に会いたいな。

立食形式のごはんを少しずつつまみながら、たまにお偉いさんから話しかけられて。

親の話めちゃくちゃされる…。

親は親であってあたしはあたしなんですけど!?

早く夏葉来ないかな、疲れたよー…。


そんなことを考えながら一人で隅の方でケーキを食べていたら、ふいに手に持ったフォークが誰かの口の中に…。

「夏葉!?」

横に夏葉が立ってる。

スーツだ…。

めちゃくちゃかっこいい…。

普段見ることのない夏葉のスーツ姿にドキドキした。

いつもはラフな感じだもんね。


「わりい、遅くなった」

「おつかれ! かっこいいね」

「そりゃどうも。穂風もすげえ綺麗だな」

「夏葉のためにドレス選んだ!」

「それ最高だな」

好き~…。

パパとママに挨拶するという夏葉を2人の所に連れて行った。

コバルトブルーのドレスを着てるママと、びしっと高級ブランドのスーツを着てるパパはかっこよくてすごく目立ってる。

ママがあたし達に気づいた。


「夏葉じゃん」

「お久しぶりです」

「いつも早めに家帰してくれてありがとね」

「いえ、大事な娘さんお預かりしてるので」

「あたしあんたのこと今のところかなり気に入ってるよ」

ママに夏葉気に入られると嬉しい!

一方、基本口数が少ないパパはじっとそのやりとりを黙って見てるけど…。

でもパパも結構気に入ってるよね。

この前一瞬うちに夏葉が来たときにまた来いって言ってたし。

彼氏が親に気に入られるって想像以上に嬉しいんだね。

しばらくパパとママと話してから、2人と別れた。


「緊張した~…」

「夏葉も緊張とかするんだ」

「当たり前だろ。岩崎龍臣と川村そよ子な上に彼女の親だぞ!?」

確かにサーファーにとってはレジェンド級の2人だしね…。

あたしから見ても2人はかっこいいし。

あと、パパとママ、普通にちょっと雰囲気怖いよね…。

夏葉のご両親はどんな感じなんだろ。

「あたしも夏葉のご両親会いたい」

「あー…、まあいつかな。高校生に手出したって知られたら母親からぶん殴られそうだし」

「お母さんそんな怖い感じ!?」

「なんつーか、うち母子家庭で、俺の他に姉が一人いるから、女手一つで子供2人育てて逞しくなったみたいな?」

なるほど。

会ってみたいな~。

っていうかお姉ちゃんいるんだ!


「お姉ちゃんいくつ?」

「10個上だから…32?」

「うそ!」

めちゃくちゃ大人のお姉さんじゃん…。

弟のことすごいかわいがってるんじゃない?

「弟の彼女として嫌われる!?」

「そういうタイプじゃねえから」

なら一安心…。


なんて夏葉としゃべってたら、何人かから声をかけられた。

今度は、親のことに加えて「穂風さんの恋人ですかー?」ってことも結構聞かれて。

みんな他に聞くことないのかなと思いつつ、夏葉が彼氏だと答えるのがなんだか誇らしかった。

でもさすがに疲れたな…。

パーティーが始まってから二時間くらい。

どこか静かなところに行きたい…。

っていうか、夏葉と2人になりたい…。

あたしがそう思ったちょうどそのタイミングで、夏葉も同じことをあたしに言った。


「2人になりてえ。最近なってねえし」

きゅん…。

2人になれるところ…。

あっ、そうだ。

「夏葉、こっち」

夏葉の手を引いて、会場から抜ける。

敷地内の庭園に出て、建物の裏側の小道を抜けた。

誰もいない、しんとした小さな花園。

いろんな色の花がかわいらしく咲き乱れてる。

夏葉は興味深そうに周りを見渡す。

1番奥のところにベンチがあるんだ。

夏葉の手を引いてベンチに座った。


「すげえな」

「へへ、穴場なんだ」

「ここなら何してもバレねえな」

「何してもって…」

夏葉はふっと笑って、あたしのおでこにキスした。

あ、なんかこの感じ久しぶり…。

今度はあたしから夏葉の唇に一瞬キス。

幸せ…。


「ドレス、まじ似合ってる」

「可愛いでしょ」

夏葉があたしの腕に手を回して引き寄せた。

ノースリーブのドレス。

夏葉の手が肌に触れている。

二人の距離がぐっと近くなった。

「化粧もしてんじゃん。これ、グロス?」

そう言ってあたしの唇あたりをなぞる。

なんかぞくぞくする…。

そして、また食べられるようなキス…。

しばらくキスしてから夏葉はゆっくりと顔を離した。


「調教されてる…」

「…何の話?」

リアから聞いた話を夏葉にした。

夏葉はそれを聞いて爆笑。

そのあとに、あたしのおでこにまた一瞬だけキスを落とす。

「やっぱ調教してんのかもな」

「…」

「穂風が俺から離れらんねえように?」

夏葉がそう言って、もう一度さっきと同じようにキスした。

続けていたら、こじ開けるように夏葉の舌が入ってきて。

はじめての感覚にびっくりするあたし。

でも、なんか気持ちいいかも…。


どう受け入れればいいのかわからなくて、それでも夢中になってキスを続けた。

ちょっとして、ゆっくりと顔を離した。

脳みそがとろとろに溶けそうだ。

夏葉がにやっと笑ってあたしの頭にぽんと手を乗せた。

「お前、最高」

なにが…?

なんだか胸いっぱいで、キスしている間をほとんど覚えてない。

「顔、エロいぞ」

「はい!?」

顔がエロいって…。

どんな顔…?

夏葉があたしの頬をなでた。

その愛おしそうな目に、苦しいくらい胸が締め付けられる。

大好き…。


1時間くらいそこで夏葉と過ごしてから、パーティーが終わる時間になってみんなの所に戻った。

二次会もあるらしいけど、未成年なのでパス。

本当はもっと夏葉と一緒にいたいけど、門限の時間に近いので泣く泣く親の車で帰った。

「夏葉、またね」

「ん」

窓から夏葉に手を振る。

夏葉は、パパとママにぺこっとお辞儀。

車が動き出して、窓から見える夏葉がどんどん後ろに流れていく。

さみしいな…。

もう会いたい。

あんなキス覚えちゃったら、あたしはもう夏葉から絶対に離れられないよ。

やっぱ調教されてる…。

車の後部座席で目を閉じながら、さっきのキスが反芻される。

その日、何度もあのキスが思い出されて、あたしはなかなか寝付けなかった。

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